デブ専とは二度と付き合わない。 04








 結局あれ以来五条の言った真意を確かめることが出来ないまま、学祭当日がやってきた。
二人で過ごしたい、だとか言っていた割に五条は学祭に出かけることを非常に楽しみにしていた。確かにこの高専に学祭はない。京都校との交流会があるけれど、一年生であるこちらにお鉢は回ってくることなく非常に暇を持て余していたということもあるかもしれない。それでも五条がこんなにも学園祭に行きたがるなんて思ってもいなかった。高校の学祭というのは、中学校のそれとはまるで違うらしいから、私だって興味が無いわけではないのだ。ただ、その学祭が先輩のいる高校でさえなければ。中学の同級生達の大半が通っている高校でさえなければ。
 私達がその高校に足を踏み入れたその瞬間から、周囲は大きな騒めきに包まれた。五条は目立つ容姿をしている。前に買い物に行った時もそうだったけど、男女問わず五条を注視している。囁きあっている内容までは聞き取れないけれど、きっと五条の容姿を褒めるものなのだろう。五条に声を掛けようか話し合って、けれど繋がれている手を見て気まずそうに眼を逸らしていく。制服で行こうと思っていたのだけど、「高専の制服なんか着てったら悪目立ちするだろ」と言われ、全員私服だ。硝子と私は制服でも普通の女子高生にしか見えないだろうけど、五条と夏油が制服で歩いていたら教師にマークされかねないな、ときっと五条が言った意味とは全く違う解釈をしているだろうけど、妙に納得してしまって言われるがままに先日五条が選んだワンピースを着た。
この学校には王子とまで呼ばれた先輩がいるし、変わらずこの高校でも王子だとの評判は聞いていたからある程度のイケメンじゃ皆反応しない。それでも五条は規格外だ。こう言うのもなんだけど、先輩と比べるラベルが違う。

「へぇ、やっぱ賑わってんな」
「毎年ここのお化け屋敷のクオリティが高いって評判らしいよ」
「行くの?」
「うーん、非術師の思う怖さを実感するにはいいかもしれないね」
「市場調査ってやつ? くだんねー」

 硝子や夏油がパンフレットを見ながら行き先の相談をしている。そう言えば、連絡をくれた子の一人がクラスでやっているカフェに来てほしいと言っていた気がする。言い方が悪いけど、その子はあまり裏を感じなかったから、一応付き合いとして顔は出した方がいいかもしれない。

「食べたい物にこだわりが無いなら、カフェに行きたいんだけど」
「カフェ? どこだろう、三店舗くらいあるみたいだけど」
「一年生が出してるのは一店舗しかないって聞いたような……パンケーキとか言ってたかな」
「あぁじゃあここかな。悟も硝子もいいかい?」

 ありきたりだけどそれなりに受けるであろうコスプレ喫茶だった。道中も五条は常に視線の的だったけど、やはり五条本人は何も気にせず楽しそうに校内を見ていた。すれ違う人が皆、繋がれたままの手を見て残念そうにため息をつく。夏油も硝子も、この手について一切突っ込んでこないのが逆にいたたまれない。気にしていないのか、それとも見えない振りをしているのか判断がつきにくいのだ。ずっとそんな視線の応酬を繰り返して、ようやく目的地に着いた。
 まもなく着くであろう頃にメールを入れたからか、出入り口で迎えてくれたのは私を学祭に誘った本人が来てくれた。私の姿を見て驚いた顔をしたけれど、連れがいることに気付いて、またその連れの面々を見て驚きながらも何も言わず席に案内してくれた。それで少しほっとしていたのだけど、注文を取りに来た子が中学の時からずっと私に「デブ」と言い続けてきた子だった。こちらに向かってくる顔が私をからかってやろうとでも思っているのかニヤニヤしたもので、息が詰まりそうになる。もう「デブ」だと言われるような体ではないのに。

「え、嘘でしょ! 何でこんなに痩せて綺麗になってるの……!?」

 太りすぎて彼氏に見放された惨めな女を笑いものにしようと待ち構えていたのだろうに、その当てが外れて随分驚いている。その子の声に気付いたのか、他の中学時代の同級生たちがこちらを見てくる。指をさして唖然としている人までいた。顔も知らない人も驚いていたから、きっと私が先輩の元カノだと知れ渡っているのだろう。
 私が先輩と付き合い始めたのは中学一年の秋前だった。中学生活の殆どを太った姿で過ごしていたし、中学時代の写真なんかも殆どが太った状態で撮っているものが多い。それに二年に進級する時にクラス替えをしてそのクラスで卒業を迎えているから、私が先輩と付き合う以前の細かった姿を知る人はこの場に殆どいないことになる。それは驚くのも仕方ないかもしれない。
 膝の上で不躾な視線たちに耐えるように拳を握ったら、その上から大きな暖かい手がそっと私の手を覆った。視線を上げると、五条がこちらを見ている。

「大丈夫。俺がずっと傍に居るから堂々としてろ」

 五条にそう耳元で囁かれ、小さく頷く。
 教室内にいる人々から好奇の目で見つめられて、これは一人だったら恐怖で逃げ出してしまいそうな程だった。けれど今ここには五条がいる。硝子も夏油もいる。

ちゃん、久しぶり。随分印象変わったね」
「久しぶりだね、綾瀬ちゃん」

 別に先輩と別れた後ダイエットしたことなんてわざわざ言わなくてもいいだろう、と軽い挨拶だけに留めた。私の顔をしげしげと眺めていた綾瀬ちゃんは、無遠慮な視線を段々下に降ろしていき、そのまま胸元に注がれたのを感じて、私は居心地悪げに身じろぎした。
痩せる時は胸から痩せるとよく聞くけれど、私は何故か他の部分から痩せて胸はあまり痩せずにほぼそのまま残った。そういう訳で、今の私は自分で言うのもなんだが、何というか……ちょっといやらしい身体つきになってしまったのだ。五条が選んでくれたワンピースだと、特に胸が強調されてしまってかなり恥ずかしい。けれど彼女は自分の胸と見比べて少し悔しそうに顔を歪めた。言いたくても嫌味が出て来ないらしい。

「あんなに太ってれば結果も分かりやすくて羨ましい。リバウンド気を付けてね。王子にすら見放されちゃったんだし」

 彼女の言っていることは殆どが的外れな事ばかりだけど、やっぱり私は周りから見たら「王子の愛情に胡坐掻いてぶくぶく太った挙句、見放された惨めな女」であることに変わりはないらしい。仕方のないこと、なんだろうけど。

は太ってても超可愛かったけどね。でもその王子? ってヤツがと別れてくれて本当に良かったよ。おかげでずっと好きだった子とこうして付き合うことが出来て、俺ってば超幸せ者じゃん?」
「……え?」

 五条が彼女らからの視線から守る様に、ぐい、っと私の肩を引き寄せた。周りから悲鳴が上がる。私が驚いて見上げると、五条はおどけた様に軽く片目を瞑って見せた。硝子や夏油が呆れた様にため息をついているのが視界の端に移る。

「へ、へぇ。新しい彼氏出来て良かったね。……そうそう、元カレの先輩、この後開催されるミス&ミスターコンに出るんだよ。見てったら?」

 そう言い悔しそうに注文取ってそそくさと裏に引っ込んでいった。

「……やっぱ学祭、来ない方がよかったな。に不快な思いさせた」
「ううん。庇ってくれてありがと」

 五条の珍しいくらい申し訳なさそうな声に、首を横に振った。そして自嘲する様に小さく笑ってみせた。

「でも、いくら庇う為とは言え、あんな心にもないこと言わせちゃったね」
「は? 何言ってんだよ。全部本心だけど」

 眉を上げて、いかにも不本意だとでもいうように抗議の声を上げる五条。思わず目を見開いて五条を見返した。

「前も言ったと思うけど、俺はお前を独り占めしたいの。周り見てみろよ、野郎どもが皆を見てる。ほんと、前のまんまだったらなぁ」

 やっぱり、私に都合のいい様に聞こえる。まさか。今度こそ聞き返そうと身を乗り出したところで、校内放送がかかった。

『これよりグラウンドにてミス&ミスターコンテストを開催いたします』

 明るい音楽をBGMに候補者の名前が読み上げられる。確かにその中に先輩の名前があった。

「なぁ、見に行くだろ?」

 そう言った五条が強引に私を立たせたから、そこでようやく私は思い当たった。
 もしかして五条は、先輩を見るために学祭に来たがったのではないか、と。