デブ専とは二度と付き合わない。 03








 明後日なんてすぐだった。
 いよいよ五条が任務から帰ってくる当日、何度も確認したが任務は長引くことなく予定通りに進んだらしく、間違いなく今日帰ってくる。
 夏油が「さっきジュース買いに行ったら会ったよ」と言うので、報告書を出したらすぐにやってくるだろう。私は不安に胸を押しつぶされそうになりながら教室にいた。自室に逃げようかとも考えたが、結局それは問題の先送りにしかならず、何の解決にもならないと分かっていたからその手段を取れなかった。
 夏油も硝子もこの数か月の間、何度か五条に会っているのに、私だけ一目たりとも会うことがなかった。タイミングが悪かったと言われればそれまでだが、無意識に私が避けていた可能性も十分ある。そして出来れば、会う時は中途半端に痩せた姿ではなく、私が理想とする体型になった時がいいと矛盾するような気持ちもあるにはあった。どちらに転ぶにしろ、記憶に残してほしい姿は、決して先輩の為に無理をして太った姿ではないのだから。
 痩せて細くなった体型に合わせて、制服も少しカスタマイズをした。スカートの長さを少し短くして、上着も体のラインに沿うように少しタイトにした。硝子も夏油もその姿を綺麗だと絶賛してくれたけれど、五条はこの姿を見てどう思うだろうか。
 廊下の向こうからバタバタとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえる。「悟、もう我慢がきかないみたいだな」夏油が苦く笑いながら言った。たった数か月、毎日電話もメールもしていたし、五条からは自撮りの写真も送られてきていた。私の写真も送るように言われたが、それは断固拒否していた。写真写りが悪いから嫌だ、と言い続ければ五条は渋々ながらも引き下がってくれたから。ただし、任務から帰ったら必ずツーショットを取ることを約束させられている。
 バン、と大きな音を立てて教室の扉が開いた。思い切り引き戸を開けたらしく、壁にバウンドして戻っていくのを五条がまた押さえつけた。

!!」

 久しぶりに対面した五条に、思わず一瞬見惚れてしまった。いつもかけているサングラスが見当たらない。他の誰もが持ち得ない、美しい瞳が曝されている。本当に、五条の顔もスタイルも、私が今まで見てきた中でピカイチだ。先輩がフツメンに見えるくらいかっこいい。
 五条の彷徨わせていた視線がぴったりと私と合うと、一瞬驚いたように大きく目を見開き――その後何故か頬を紅潮させて、とてつもなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
 あれ、何で?
 五条は戸惑う私の元へ大股で歩み寄ってきて、私の腕を掴み立ち上がらせると力強く抱きしめてきた。

「やっと会えた……。すっげぇ可愛い。天使が俺を迎えに来てんのかと思った」
「え、あ、ありがとう……?」

 過剰な程の賞賛の言葉に、たじろいだまま訳も分からず、とりあえず褒められたらしいのだから、とお礼の言葉を返した。

「すげぇ痩せたな。今度は無理してねぇよな? まあ硝子もいたしそこらへんは大丈夫だったと思うけど。あーこのままお前を独り占めしてぇ……」

 そう言って五条は名残惜しそうに身体を離して、私の前に手を差し出した。ようやく腕の中から解放された私は、その差し出された手の意図が掴めなくて首を傾げる。いつまでも手を取らない私に痺れを切らしたのか、五条が私の手を掬い上げてそのまま軽く手の甲に口付け、蠱惑的な笑みを浮かべた。

「なぁ、そんなに痩せたら服のサイズ合うのほぼねぇだろ。これから買いに行こうぜ」

 拒否権など認められる前に連れ出された私は、五条に請われるがままに渡された服を試着しては脱ぎ、また試着して、という流れを数えきれないくらい繰り返した。
 すれ違う他のお客さんが皆ちらちらと五条を見ては囁きあっている。特に女性客なんかは声を掛けたそうに伺っているようだ。それも当然だろう。五条は十人中十人が振り返るくらい美しい容姿をしているし、身長も高いから周りから頭一つ以上飛び出ている。要するにただ黙って立っているだけで目立つのだ。一方五条はそんな周りの視線に慣れているのか、一向に気にすることなく両手に色違いのワンピースを持って真剣に悩んでいる。

「お前色白いから何色でも似合うから困るな。やっぱこっちの水色かなー。ピンクもすっげぇ可愛いけど、あっちのサンダルと合わせるならやっぱこっちだよな」
「有難いけど、そんなに悩まなくても。言えなかったけど、硝子に付き合ってもらって部屋着くらいは買い替えたから」
「はぁ? 今度学祭行くんだろ。そん時何着る気だよ」
「……制服でしょ?」
「せっかくのデートなのに? 制服デートもいいけど、そんなのこれからいくらでも出来んじゃん。な、このワンピ試着して」
「……でもこんな肩が出てるのはちょっと……」
「ネックレスでも付ければ気にならなくなんだろ。寒いなら上にカーディガンでも探すけど」
「アクセサリーなんてほとんど持ってないし、新しく上着探さなくていいよ。パーカーもあるし」
「サイズの合わない、な。全身俺がコーディネートするからなぁんにもお前は気にしなくていいの。後で小物類も見るし、まずはそのワンピ着て」

 背中を押されてもう何度も使っている試着室に入る。何を言っても五条は聞く耳を持たないスタンスらしい。硝子や夏油も、五条のやることに関して苦言を呈すことはあれど、基本的に放置している。どうせ無駄だからだ。とりあえず好きにやらせておこう、と諦めて渡されたワンピースを着た。

「あ〜〜めっちゃイイ。めちゃくちゃ可愛い。やっぱ学祭行くのやめて俺の部屋で映画でも見て過ごそうぜ。がこんなに綺麗になったのはすげぇ嬉しいけど、綺麗になりすぎるのも考えもんだよな。見せびらかしたい気もあるけど……。いっそ前の姿のままでいてくれたら俺だけがお前を独り占めできたのに」
「――え?」

 聞き間違いだろうか。今やけに自分に都合のいい言葉が聞こえた気がする。いやでもまさか。だって五条は、私がデブのままでいた方がいいっていうくらいのデブ専で、だから私に甘くて優しくしてくれて彼女になってほしいとまで言ってきて、なのに、あれ? 結局外見にしか興味がない先輩と一緒なんだろう、とそう思って痩せてやろうと決意した。けれど痩せた姿を見た五条は落胆の色すら見せず、むしろ前以上に喜んで前以上に甘くなっている気がする。
 聞き間違いだろうな。だって私はもう分かっている。そんな都合のいい話なんてあるはずがないと。でも、万が一。そう、万が一があっては困るから。中途半端に期待を寄せて勝手に裏切られた気持ちになって逆恨みもしたくない。
先程何と言ったのか聞き返そうとした時、私の携帯が鳴った。夜蛾先生の名前が表示されている。任務かもしれない。五条を見上げると、苦々しい顔をして「せっかくいいところだったのに」と小さく舌打ちをした後、私の手から携帯を取り上げて代わりに出てしまった。話の内容を聞く限りでは、早急に学校に戻ってこいという事らしい。

「夜蛾センセーが俺達二人ともにオシゴト入ったから帰ってこい、だってさ」

 言うなり、私の手を取ってレジに向かって歩き出した。店員さんにタグを切ってもらい、着たまま店を出た。私が試着している間にどうやら会計は済ませていたらしい。財布を出そうにも、荷物は全て五条が持っている。
 店の前にはすでに補助監督の運転する車が停まっていて、先程の言葉の意味を問いかけるタイミングを失ったまま、車が発進した。