デブ専とは二度と付き合わない。 02







 
 今にもデートだと言って飛び出しそうな五条だったけれど、夜蛾先生が持ってきた任務に旅立っていった。
 位の高い呪術師である五条は、それはもう任務に引っ張りだこだった。それは夏油も一緒だったけれど、御三家の一つである五条家に直接持ち込まれる仕事もあって、五条はそれこそ幼い頃から任務漬けだったそうだ。ある一定の駄々は捏ねるが、五条は最終的には任務を必ず熟す。それは五条にとっては当然の事なのだというけれど、大人しく任務に向かう五条の姿は、普段の五条の行いから少しズレているように感じて少し可笑しかった。

「毎日メールするし、寝る前には電話するから。任務終わったら速攻お前のところ行くし、そしたら今度こそデート行こうぜ」

 待ってろよ、と言って任務に行った五条は、その言葉通り毎日欠かさず甘い言葉の入ったメールを送ってきたし、必ず寝る前の時間に電話をかけてきた。先輩と付き合っていた頃は、こちらが送らない限りメールは来なかったし、電話なんてかけることも出来なかった。

『すっげぇ大好き。早くに会いたい』

 そんな言葉を見る度に、私がしている事はやはり間違いなのではないか、と罪悪感に胸が痛んだ。
 あの日以来、私は今まで行っていた太るための努力を全て放棄し、痩せる為に全神経を注いでいる。
 まず食事を、無理やり詰め込んでいた一日五食の肉料理から、一日三食の野菜を中心とした健康的なものに変えた。スナック菓子や砂糖のたっぷり入ったお菓子の摂取を減らし、時間が出来たら高専の広大な敷地内をひたすら歩き、たまにジョギングを行なった。校舎周りを一周するだけでも大分距離を稼げるのだ。さらに、このダイエットに硝子が非常に協力的で、まるでトレーナーのようにメニューを組んで私を見張ってくれた。
 その甲斐あって、ふくよかだった体はみるみるうちに細くなり、本来の姿を取り戻していった。そもそもが、今までの生活に無理があったのだから、当然と言えば当然なのだけど。唯一心配していた、急激に痩せた事による皮膚の弛みも硝子がくれたオイルで念入りに毎晩マッサージをしたおかげか、特に肉割れの跡が残ったりする事も無かった。
 服もこれまで着ていたものだとサイズが全然合わなくてほぼ一新した。制服のスカートも何度もサイズ変更して、最終的にはベルトで調整している。
 今の私を見て、数か月前の私と同一人物だと思う人は恐らくいないのではないだろうか。もっとも、今の私の姿を知るのは高専関係者以外誰もいないのだけど。
 五条は任務に出て以来、繁忙期に忙殺されてまともに顔すら見れていない。六月が終わればマシになるかと思いきや、梅雨や台風が長く続いたせいか、地味に呪霊の発生件数が例年より多かった。五条だけではなく、夏油や硝子も忙しくしていたし、私自身も補助監督志望として手伝える事務仕事に追われていた。何度か五条から、『担当の補助監督になって』という嘆願というか我儘が夜蛾先生のところに届いたらしいけれど、そもそも私はまだ車の免許を取れる年齢ですらなくて、任務に同行できる条件すら揃っていないから、と全て却下されたそうだ。電話で拗ねた口調で何度も同じ話をされたからよく覚えている。
 私と先輩が別れたことは、既に先輩の在学している高校や元同級生たちの間に知れ渡っているらしい。『あの勘違いデブがとうとう王子に見捨てられた。王子の愛情に胡坐掻いてたあの体型じゃ無理もない』と巷では笑いものになっているそうだ。その事は、少なからず私の心を傷つけるものではあったし、いくら痩せて元の姿を取り戻したとはいえ、中々外に出る気にはなれなかった。だからこそ余計に高専に引き籠って事務仕事に精を出していた。
 けれども、来週先輩の高校で学校祭が開かれるらしい。元同級生からいくつか招待のメールが来ていた。それらは私を気遣うような内容ではあったけれど、その後ろに太りすぎて彼氏に見捨てられた惨めな女を笑いものにしようという魂胆が見え隠れしているように思えてならなかった。行きたくなんかない。私の事を気遣ってくれるなら、ただただ放っておいてほしかった。

「ふぅん。じゃあ俺もと一緒に行く」
「……え?」

 毎晩恒例となった寝る前の電話で、五条がようやく任務に片が付いたと嬉しそうに言って、その流れでこちらの近況を聞かれた。特に何も考えずぽろ、っと学園祭があることを話したら、五条は何かを考えるように少しだけ黙った後、軽い口調で言ったのだ。

「来週だろ? 明後日には戻れるだろうし、もう繁忙期もいい加減落ち着いただろ。夏休みも碌に無かったし、傑や硝子も誘っていいから皆で行こうぜ」
「……でも」
「それにその学校って都内でも学祭人気高いとこじゃん? 高専に学祭なんてねぇし、ちょっと見てみたい」

 な、いいだろ? と言われてしまえば否やを言えるはずもない。同級生全員で出かけることなんて無かったし、そういう機会はあってもいい。けれど行き先が先輩のいる学校だというのは考えただけでため息が出そうだ。
 それに、まだ五条は痩せた私の姿を見ていない。変わってしまった私を見て、五条は一体どんな顔をするだろうか。怒るだろうか。それとも失望するだろうか。
 五条に何と思われようが、自分のなりたい私になろうと決意したはずなのに、今の私には、それが何よりも恐ろしかった。