君ありて幸福
「チームメイトとして、披露宴の仕切りは俺に任せてくれるんだよな!」
「ナニイッテルノ……」
強いて言うなれば、死んだような目、だろうか。
終業時間丁度に研究室にやってきたミカドは、片付けもそこそこに私を連れ出した。飲み屋に。個室もあるその飲み屋を何度か利用したことはあるけど、大抵カウンター席で飲むから、こうして個室に入ったのは初めてだ。
ミカドはさっさと自分と私の分の飲み物(二人ともウーロン茶)と摘まめるものを頼むと、まだお絞りしか載っていないテーブルにいくつかの雑誌とパンフレットを広げた。
「やっぱり結婚式ったら主役は花嫁じゃん? お互い金はあるんだし、好きなことできるだろ。あ、でもうちはが結構格式ばった感じのやりそうだよな……。まぁでも挙式はそっちに合わせるとしても、披露宴やるだろ。流石に披露宴くらい自由にさせてくれるよな。ダメでも二次会的な?」
ドレス着たいもんなーとどんどん話が進んでいくけれど、頭が追い付かない。何でミカドこんなに張り切ってんの? ていうか、え、ちょっと待って。
「……イタチにプロポーズされたの、昨日なんだけど」
「あぁなんだ知らねーの? 有名だよ。ていうかさぁ、いくら人気が少ないったって、人目は多少あるんだぜ、あの橋。もう皆忍びの力最大限活用して出羽亀してたってよ。気づいてなかったのかよ?」
馬鹿だなーと笑われるが、それどころじゃない。ちょっと待ってよ、見られてたってどういうことなの!! 今になってようやく、職場の上司がやけにニヤニヤしてて仕事の進みが遅かった理由がわかった。くっそー知ってたってことか!!
「……じゃあまだ返事してないってコトも知ってるんじゃないの」
「知ってる」
「じゃあ!」
こんなの、とパンフレットを指さすが、鼻で笑われた。
「どーせ結婚するんだから準備勧めといたほうがいいって。式場だって暇じゃないんだぜ? 予約取れなくて、お前が返事すんの待ってたら、いざ式挙げるぞって時に場所取れねーよ」
「な、何よそれぇ……」
「しかし笑える。お前、顔真っ赤にして脱兎のごとく逃げ出したんだってな? 余りにも可愛かったから追いかけるのやめた、ってイタチ惚気てたぜ」
「な、何てことを……!」
「あ、この後イタチ来るから」
「はぁ?! イ、イ、イ、イタチ来るの?!」
どんな顔して会えって言うの!!
おまたせしましたーウーロン茶でーす、と妙に間延びした店員さんの声がタイミングいいのか悪いのか、割って入ってきた。
嫌にバクバクと動悸の止まらない心臓を落ち着かせようと、来たばかりのウーロン茶を半分ほど飲んだ。
「さっさと返事して、んで色々決めちゃおーぜ。プラン的には……」
「いやおかしいってやっぱり!! 何かこう……色々と納得いかない!!」
「はぁ?」
私の言っていることは間違ってないはずだ。何一つ間違っていないはずだ。百歩譲って、プロポーズの返事くらい、私のタイミングでさせてほしい。いや、というか譲る必要もなくない? って思うんですけど!
しかも、しかももし万が一返事するとして、その場所のセッティングがミカドっておかしいでしょ。
「いや流石に俺席外すよ? 少しだけどイチャイチャ時間だってあげるよ?」
「そうじゃない!! ていうかい、いちゃいちゃとか……ないから!!」
「えー? でも気分盛り上がっちゃったらキスの一つや二つや三つくらい、したくない?」
「何でそんなことをミカドに心配されなきゃならないのよ……!」
もう流石にこれは怒っていいような気がしたけど、怒鳴り声をあげるほど弁えてないわけじゃない。とにかく落ち着こう、とこのままミカドのペースに乗せられてはいけない、と運ばれてきたサラダを取り分けた。
⇔
「すまない、遅くなった」
黙々と料理の消費に力を注ぐようになってから、30分は経過した頃に、今一番会いたくない気配を店の外に感じた。逃げたところで意味がないからそのまま焼き鳥串を銜えていた。
「いやいや、思ってたより早かったよ。何飲む?」
「あぁ、案内される途中でもう頼んできたから、大丈夫だ」
「そ? じゃ俺ちょっとトイレ行ってくるわー」
そう言って去り際、ミカドがこちらにウィンクを飛ばしてきた。無性に腹が立った。
「何だ、目が座っているぞ。……酒を飲んでいるわけじゃないみたいだが……」
もう、何なの。
昨日の今日で、何でそんなに普通なの。信じられない。
「あぁそうだ、昨日は間に合わなかったんだが、」
平常通りのテンションで話し続けるイタチは、徐にポケットから小さな箱を取り出した。
昨日の今日で出てくる小さな箱の中身くらい、流石に察する。
「ちょっと待って、」
「サイズは、あぁ、問題ないな」
止めようと出した手をそのまま取られて、あろうことか、そのまま薬指にリングが通された。
ピンクダイヤだろうか、小さな石がちょこん、と乗っている。正直、私の好みだ。
「ねぇ、ちょっと……」
「よく似合っている」
指輪がはめられた手をがっちり掴まれていて振りほどけない。
「昨日は逃げられたからな。今日は返事を聞くまで離さない」
そう言ってイタチが意地悪そうに微笑んで、手の甲に口づけた。
指輪を勝手にはめて、まずは受け取ってくれとか、そういうお伺いを立てるんじゃないの? 私が色々夢見すぎなの?
熱くなった顔を空いている右手で隠すけれど、きっと隠しきれてない。目の前のイタチがくすくす笑っている。もう、勝利を確信している顔だ。
大体、昔からイタチは女心というものが分かっていない。何だかちょっとズレてる。昨日のプロポーズだってそうだ。もうちょっと場所とか考えようがあっただろうに。やっぱり女の子としてはロマンティックなシチュエーションに憧れるものだ。指輪だって、飲み屋の個室じゃなくても、って思う。思う、けど。でも、嬉しい、なぁ……。
イタチ、ちゃんと私の好み分かってるんだなぁ、って指輪を見たら分かる。それだけで、何かもう、いいかな、って気分になる。色々ハズしてくるイタチだけど、ここぞいうところだけはガッチリ掴んでくる。まぁ、多分、どんな指輪だろうときっと、嬉しいには嬉しかっただろうけど。
色々シチュエーション外してきて、諦めもついたけど、でも、一つくらい私の我儘を叶えてもらおう。
「……ちゃんと返事するから、そうしたら、ぎゅ、て抱きしめてキスしてほしい……」
精一杯目を逸らして、ギリギリ聞こえるかどうかってくらい小さな声になってしまったけど、イタチにははっきりと聞こえたらしい。
「……あぁ、分かった」
笑い交じりの声だったけど、馬鹿にされているわけではなさそうなので、良しとする。
掴まれた手はそのままに、イタチが隣に座ったのを感じ、覚悟を決めた。
顔を上げてしっかり目を見つめて、口を開いた。
今までに、こんなにイタチが嬉しそうに幸せそうに笑ってるのを、見たことがなかった。
END
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何か、イタチ長編、人気あるみたいだったので。
2017/10/29