紙っぺら一枚の重量














私は18年生きてきて一度だけ、イタチにもの凄い説教をされたことがある。今でもトラウマになっているくらいで、あの説教のせいで私はある一定ラインからイタチに逆らえない、と思うようになったのだ。逆らおうとは思ってたわけじゃないんだけど。
あれは、私が15歳、ナルトが10歳の誕生日を迎える1ヶ月前の頃の話だ。
馬鹿みたいに晴れた日で、私の仕事場にてイタチとミカドの三人で茶を飲んでいたところに、少し暗い顔したナルトがやってきて、



「……俺と姉ちゃん、って兄弟なのに何で似てねーの?」



と聞いてきたことからあの事件は始まった。イタチマジギレ事件だ。いや、あれがマジギレなのかどうかはわからないんだけど、私がイタチと知り合ってからは初めて見るものだった。



「え? そりゃあ、私とナル君は血ィ繋がってないからねぇ」



言ったことなかっただろうか、と記憶を漁りながら返した言葉は、ナルトにとって相当ショックを受けるものだったらしく、今にも泣きそうに顔が歪んでいた。
ミカドが、湯呑を片手に「あちゃー……」なんてやっちまったな、という顔で私を見てくる。それに首を傾げるしかできなかった。



「言ってなかった? ……けど、結構見た目でわかんない? ナルトは金髪で蒼い瞳だけど、私は黒髪黒目……外見も相当違うでしょ? っていうかその前に、苗字も違うし」

「……それはっ、そうだけど!!」

「……何、誰かに何か言われたの」

「俺に家族なんていない、っていうから姉ちゃんがいる、って言ったんだけど、顔とか頭の出来とか全然似てないくせに、って!」

「顔とかは、まぁ。さっきも言ったけど、血縁関係にないですから」



頭の出来もまた、違う話だし。遺伝とか関係ないし。



「じゃあ何で俺は姉ちゃんと一緒に暮らしてんだ?!」

「……ナルトは今年で10歳だっけ。もう少し早くに話せばよかったねぇ。いや悪い悪い」



机の引き出しの奥から、一枚の書類を取り出した。私の予定としては、ナルトが18歳になったら、その時に誕生日のプレゼントとして渡そうと思ってた。



「君が2歳のとき、孤児院から引き取って、姉弟というカタチで、つまり契約しました。これがその契約書。君が18歳になるまで、私とナルトは姉弟である、という内容なんだけどね、大まかにいえば」

「18?」

「ナルトが18歳になったら選択権があるんだよ。私という保護者がいらなくなるしね」



お酒は20歳からなのに、こういう戸籍系の選択権利は18から発生するって面倒だ。っていうか私もまだ18じゃないんだけど、そこらへんはどうなってるんだろう。
そもそも忍者だから年齢が早く前倒しになってくるのは理解できるけど。



「つまり、私とナルトはこの紙っぺら一枚にまとまる契約によって成り立っている擬似家族……とでも言おうか? だからナルトが18になるまでは私と君は家族だよ。君のお姉様なんだよ。周りが何と言おうと」

「……この紙で……?」

「まぁ、これはコピーだけどね。本物は役所に保管されてるよ」

「そういうことじゃないってばよ!! ……家族って、ケイヤク、とかでつくるもんなの?」

「私たちは、社会的にそういう関係ってことになる。……大体、家族ってどんなものなのか、なんて法律でだって決まってないんだから。一緒に住んでれば家族なのか祖父母も含むのか、血が繋がっていることが第一条件なのか……」

「お、俺と姉ちゃん、ってば! そんな紙だけで表されちゃうような薄っぺらいもんなのか、ってことだってばよ!!」



何を言われているのかわからなかった。何でナルトがこんなに泣きながら叫んでいるのかもわからない。
そうとう訝しそうにしている私の顔を見たナルトが、大きな泣き声を上げて走り去っていった。



「……どこぞの少女漫画だよ……」

「おま、追いかけなくていいのかよ?」

「はぁ? 何で追いかける必要があるのさ?」



本当にわからなかったのだ。
まぁ、確かにナルトは私を姉ちゃん姉ちゃんと慕ってくれていたので、ショックを受けたのだろう。でも、いずれは必ず話すことだし、それが今だっただけだ。私個人としては遅かったとも感じる。



「何で、って……。お前な……」

「事実を知ってショックを受けたかもしれないけど、本当のことなんだし、自分でしっかり理解しないと」

。あの言い方だと、期間限定の家族だと言ってるんだが」

「その通りでしょう。ナルトが18になれば、ナルトに選択権が出るんだから。それまでだよ。元々他人だし、いや、今も他人なんだけど。今私とナルトが姉弟という設定なのも、その方が都合がいいからであって、別に私がナルトの姉である必要はないわけだし。あの時私たちがあの任務についてなければ、ナルトとは姉弟になることもなかっただろうね」

「……薄っぺらい関係だと、思わせたままでいいのか?」

「ナルトがそう思うのなら、構わないんじゃない? ナルト、忍者になるみたいだし、希薄な関係の方がいいかもね」



がたん、と音を立ててイタチが立ち上がった。
普段、モノにあたるなんてことをしない人だから、その行動に私もミカドも驚いた。

冷静に考えれば、イタチも弟を持つ身。しかも相当可愛がっている。もしイタチが弟にナルトが言ったようなことを聞かれたら、私みたいな解答はしなかっただろう。
「周りが何と言おうが、血が繋がってなかろうが、私たちは家族なんだ」と一言言ってやればよかったのだ。ナルトは私と里の間で交わされた契約の内容の詳細なんて求めてなかったのだから。それに気づいたのは、何時間にも及ぶイタチの説教を聞かされ、フラフラになってからだった。



「……どうしてあんなこと言ったんだ」

「ナルトは一人で生きていかなきゃならないと……思ってるから。すぐ側で庇護してくれる保護者なんて、何がきっかけでいなくなるかわからない世界だから、だから一人でも生きていかなくちゃならないんだと」

は死ぬ予定があるのか」

「人間の死亡率が何%か知ってる? 100%だよ」

「そういうことじゃないだろう」

「忍びなんだよ? 今この瞬間、何があるかわからない世界だ。明日の命も保証されない」

「だからといって、今の家族関係を壊すような発言はしなくてもいいだろう」

「壊そうなんて思っちゃいない。もちろん、薄い関係だとも思ってない。私にとってナルトは血が繋がっていようがなかろうが弟であることに変わりはないんだから」

「何で最初からそう言ってやらなかったんだ!!」



言う言葉が間違っている、とイタチは厳しい声で言い放った。
あぁ、そう言えばイタチも兄だ。しかも相当に弟を大事にしているようだし。世の中のキョウダイが全てイタチとその弟くんみたいな関係だとは限らないだろうに、それでもイタチには私の態度が気に食わなかったんだろう。思い返せば、確かに酷いことを言っていた気もする。



「……は言葉が足りなさすぎるんだ。しかも客観的に話すから、の思いはどこにもない。そんなんじゃ、ナルトは不安を募らせるばかりだ」



腕を掴まれ立たされ、部屋から追い出された。



「いますぐナルトを追って、きちんと話せ。ナルトと一緒に帰ってこなければ……ここに入れないからな」



そこ、私の研究室なんですけど。間違ってもイタチの所有ではない。というのに。
逆らえず、私はナルトを追いかけるため走り出した。











                          To be continued......









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珍しく題名から浮かんだ作品。何だか続く予感です。








                           2011/10/15