09 / 手さえ届かない








「ほ、本当にワシは知らないのですじゃ!!」



必死に首を振る冥加に、ますます怪しいと詰め寄るかごめと珊瑚。
傍から見れば、か弱いお年寄りをいじめているようだ。しかしそんなこと、誰も気にしない。だから冥加がキョロキョロと目を泳がせて助けを求めても、一切の無視だ。



「嘘でしょ、冥加じいちゃん。絶対何か知ってるんでしょー!」

「教えなよー!」

「言えません言えません無理ですじゃ!」



その言葉に、二人はニヤリと笑った。とてつもなく悪い顔をしている。とんでもない悪役顔だ。その顔に、七宝は「ぴぎゃっ!」と声を上げて涙目でふるえている。
冥加の顔は青さを通り越して真っ白になってしまっている。



「あ、あの」

「やっぱり知ってるんだー?」

「言いなよ、冥加じいちゃん」

「し、知られたら殺生丸様に殺されてしまいます!!」



冥加がぷるぷると体をふるわせているが、そんなのお構いなしである。
もしここが、狭いコンクリートで固められた部屋で、目の前に机があってカツ丼でも置いてあれば取り調べが出来るだろうか。



「大丈夫よ! 私たちしか聞いてないし、もちろんこの先言う事もないし!!」



可哀想なお年寄りに救いの手はやってこない。



















































どうしてこうなった。
結局、私に発言する機会は与えられることはなく、いや、発言しようとさえしなかったわけだが。
何も話さない。肯定も否定も口にしない。大した抵抗にもなりゃしなかった。ていうか殺生丸さんも普段から話す人じゃない。二人共何も言わないから、勝手に何もかも進んでいく。多分、殺生丸さんはある程度のコントロールをしているんだろうけど。

いや、もう済んでしまったことは仕方ない。過ぎたるは及ばざるが如し、ってやつだ。……あってるよね?
今、どうすべきか考えなくてはいけないのは、現在私が置かれている状況だ。
おはようからおやすみその後までマジでべったりと傍にいた殺生丸さんと強引に引き離され、一人でここに連れ込まれた。
目の前にはにやにや笑っている殺生丸さんのお母さんが座っている。そしてずらー、と女中さんが控えている。手には色とりどりの着物。今私が着せてもらっている単とは違うようだ。ちらちらともこもこも見受けられる。タイプ的には殺生丸さんのお母さんが来ているのと同系統のようだ。殺生丸さんのお母さんは、ここに連れ込み、殺生丸さんに入ってくんな命令をした後、にっこりと笑って、



「妾のことは"義母"と呼ぶがいい」



と言って満足げに何度も頷いていた。その後、呼びかけるときは「お義母様」とどこかしらにつけないと反応してもらえなくなった。非常に面倒である。



「そもそも妾はあの娘が気に入らん。お前……といったか? のことも然程知ることもないが、まぁあの愚息があれ程の執着を見せたのだし、妾が口を出すことではあるまい。お前は思っていることが顔に出て、非常にわかりやすい。見ていて面白いし、妾は気に入ったぞ」



褒められてんのか貶されてんのかどっちなのか不明だが、まぁ嫌われてないらしい。
女中さん達は「よかったですね」と笑っている。
嫁姑問題は起こらなさそうではあるが……。まぁ、もういいのだ。どうせ後になんか引けないんだし。


目いっぱいお人形として遊ばれたあと、ようやく解放された。
単よりは幾分か動きやすく、でも、もこもこはちょっと暑いけど、着物を着替えさせてもらい、私は格好だけはお義母様と似通った。
解放されたとたん、間もなくぴたりと殺生丸さんがまさに張り付いた。格好については何も言ってこない。どうせわかっていたことではあるのだ。

世間一般の認識として、いわゆる夫婦というものなってしまったわけだが、大して生活は変わっていない。相変わらず屋敷に軟禁の状態は変わっていない。お義母様がいらっしゃっている間だけ、一日に幾度かお茶を飲む会があったりもするのだが、それだけだ。
そしてある程度の期間がすぎ、私が何もかもを諦めたのだと感じたのか、殺生丸さんは傍にぴたりと張り付く監視を緩くした。
何かよくわからんが、武者修行の旅? みたいなのに出る予定らしい。いや、結構頻繁に出かけては着物を赤く汚して帰ってきてはいたんだけど。
殺生丸さんは、そろそろ私を連れて行きたいらしい。何寝言言ってんだ、とは思ったんだけど、まだ言ってはいない。そうすると決めた殺生丸さんの訳のわからない行動力は身に沁みてわかっているからだ。
しかしどういうつもりなのか。今でも屋敷の庭の散歩程度ですら抱え上げての移動を強いられているのに、一緒に外に出たところで、同じことをするつもりなんだろうか。

つらつらとそんなどうでもいいことを考えていれば、数日後、いよいよ連れ出すことにしたのか、準備万端の殺生丸さん(別に普段と変わりない)が、まるで泉に行っていた頃と同じように



「行くぞ」



と迎えに来た。
「どこに?」とか聞いても無駄だから黙って部屋から出る。そうしたら驚いたことに、殺生丸さんは普通に手を繋いできたのだ。一体どんな心境の変化だというのか。結構内心焦っていたんだけど、せっかく繋がれた手を離すのは惜しいと思ったので、何も言わずそのまま手を引いてもらうことにした。
すれ違うお屋敷の人たちは「たまには顔見せてね」的なことを言って見送っている。


久しぶりの外は、青空が広がっていた。
















































「……その後、お館様がお亡くなりになった時にお会いしたきり、わしも今までお姿をお見かけしておりません」

「……その、犬夜叉のお父さんが亡くなった時は殺生丸と一緒にいたの?」

「ご一緒でしたぞ」

「えー、じゃー結局どうして今一緒にいないのかわからないままじゃない」



つまんないのー、とでも言いたげなかごめに、しかし珊瑚は目を鋭くさせて冥加を見た。



「まだ、何か隠してないかい?」

「ぎく」

「今ぎくって言った!!」

「いえいえ、本当にお見かけしていないのですじゃ……!」



冷や汗をだらだらと流している冥加に詰め寄る珊瑚を、弥勒が形ばかりではあるが、まぁまぁ、と宥めている。
一方犬夜叉は、ようやくかごめが、倒れ込んでいることに気づいてくれたおかげで、体を起こしてはいた。しかし、多分意識は未だ倒れたままらしい。



「冥加じいちゃん、絶対知ってると思うんだけどなー」



かごめのその声は、犬夜叉の耳には入らないで、騒がしい空気の中に消えていった。







END