10 / 彼女は知らない









このままではいつまで経っても解放されない、そう感じた冥加は、いよいよ逃亡することを決めた。
これ以上は自分の命が危ない。



「ワシは本当にわからないのですじゃー!!」



そう言い残し、がみょーん、と飛び出した。
元々小さい身体だ、草むらに紛れれば、もはや見つけることは不可能に近い。
匂いで探り当てられそうな犬夜叉も、今はショックで使い物にならない。冥加にとって非常に好機だった。そしてそれは成功する。



「ちょっと冥加じいちゃーん!!」



かごめや珊瑚の声から逃れるように冥加はそそくさと移動する。

もっと早く、こうしていればよかった、と思わずため息が出たのも仕方がないだろう。













































本当のことを言えば、冥加は居場所を一応は知ってたいた。もちろん、今もそこにいるかと聞かれれば絶対にとは言い切れないが。
しかしその居場所を犬夜叉一行に言ったところで、わからないだろう。



「冥加さん、絶対内緒ですよ」



そう言って楽しげに笑い、唇に人差し指を当てていたの姿が思い出される。
決して、殺生丸と喧嘩しただとか、愛想を尽かせたとか、もちろん離婚したとかそんなわけはない。



「やっぱり妖怪、って怖いですよね……。あ、冥加さん達のことじゃないです。道中出てくる殺生丸さんに屠られちゃう妖怪のことです。絶対に殺生丸さんがやっつけるっていう安心感はあるんですけど、ね……」



私にはきついものがありますよ。と彼女は苦笑いしていた。
殺生丸と犬夜叉の父・闘牙王が死んだときのことだ。遺言通り、天生牙をどうやって殺生丸に渡そうかとうんうん悩んでいるところに、が一人でやってきたのだ。




「殺生丸さんは私を絶対的に、一番に優先して守ってくれるんですけど。そこは疑いようがないんですけど。もう何十年も経ちましたけど、未だに慣れないんですよね……恐怖ってやつに。こればっかりは、どんなに殺生丸さんが強くて守ってくれてても解消されそうになくって」



彼女にいっそ預けて、渡してもらおうか、と冥加たちは考えた。
しかしはこちらに話しかける機会を与えたくないかのように、一方的に話し続ける。

そこでようやく彼らは気付いたのだ。
彼女の傍に殺生丸がいないことを。遠くからこちらを伺っているでもない。



「どんなに抱きしめてもらって、髪を撫でてもらって、キスしてもらってもダメなんです。いや、その場限りでは解消されるんですけど。いい加減同じことの繰り返しに、うざいなー、と自分でもうんざりしてきたんですよね。殺生丸さんは何にも言いませんけど……」



何だノロケか、と思いかけてきたところに、何だか雲行きが怪しくなってきた。



「だからですね。距離、置くことにしたんです。思えば私がここに来てから離れたことないなー、って。殺生丸さんはものすごく反対したんですけど、押し切ってきちゃいましたv」



ニコリと笑う彼女に、もう冷や汗が止まらない。



「……申し訳ないんですけど、今殺生丸さんかなり機嫌悪いので、会うときは気をつけたほうがいいです。私、今回ばかりは仲裁出来ないですし」



ていうか今姿現したらガチで監禁されます。と彼女は宣った。
血の気が引いた。気をつけるどころじゃない。殺される。自分たちとが接触したことは匂いで分かってしまうだろう。……殺される。



殿は、どちらに行かれるおつもりで……?」

「この世で一番安全で、何より殺生丸さんが簡単に手を出せないところってどこだと思います?」



彼女はそれはもう楽しそうに笑った。



「実は、以前からお誘いいただいてたんです。「妾のところにおいで」って。せっかくなのでお言葉に甘えようと思うんです」

「お、奥方様のところでございますか……」

「内緒にしてくださいね?」



ニコニコと楽しそうなと、可哀想なくらい顔が青ざめた冥加達。



「せ、殺生丸様は今どちらに……?」

「さぁ、知りません。あの人、油断してたんですよ。一人で闘牙王さんに会いに行って、その間に離れてきたんです。まぁ一応書き置きは残しておいたんですが。読んでるか怪しいもんですよね。とりあえず、追いついてくる前にお義母様のところに行こうと思って」



闘牙王が亡くなり、数日は経っているのだから、きっともう彼女はもう庇護下に入っているのだろう。



「まぁ、探しているかどうかも怪しいですけど。結構淡白っちゃあ淡白ですよね。自分の興味外のものにはとんでもなく冷たいというか」



彼女は分かっていないのだろうか。
殺生丸の興味を引いた唯一であるのだと。これでは殺生丸が少し可哀想だな、と同情してしまう。
きっと今頃、殺生丸は歯がゆい想いをしているに違いない。下手に自分の母親の元から奪ってしまえば、面倒なことになることをよくわかっているのだ。

彼女は笑っているが、正しく自分の置かれた状況を分かっていない。
先ほど笑いながら、「見つかれば監禁される」と言っていたが。最早それは笑い事じゃないのだ。



「私が寂しくなって会いに行っちゃうか、それとも殺生丸さんが迎えに来てくれるのが早いか……どっちですかね。私結構自信あるんですけど」



そんな賭けをしてる場合じゃないのだ。
殺生丸のに向ける感情は可愛らしいものなんかじゃない。結局、ここまでに正しく伝わることはなかったらしい。もし伝わっていれば、彼女はここにいないだろう。


彼女は知らないのだ。

あの屋敷にいた頃から。何一つ。
自身も妖怪でありながら、知らないままだった。

流石に、何が殺生丸の琴線に触れたかまではわからないが、それでもは殺生丸を惹きつけたことに変わりはない。

一度愛してしまえば、もう、それは絶対だ。何にも変えられない。
殺生丸は忘れない。何十年・何百年経とうとも、想いも風化しない。

彼女は知らない。

未だ人の感覚で恋愛をしている彼女には、殺生丸の愛は比重が違いすぎる。それこそ次元が違うのだ。
それを殺生丸は正しく理解し、隠していた。

けれど、彼女はそれを粉々にしてしまうに等しい行動をとった。
次、彼女がどんな理由であれ、殺生丸に会えば、もう二度と離れられないだろう。離してもらえないだろう。

こんなにもニコニコと楽しげに笑う彼女を見るのはこれが最後かもしれない、と冥加達は、手を振り去っていくを見送りながら、思った。


とりあえず、天生牙は鞘の元木に預けようと決めた。

















































「あーぁ、冥加じいちゃん見失っちゃったー」

「けっ。いーだろ別に。殺生丸の話なんて聞きたくもねぇ」



吐き捨てるように言う犬夜叉に、一同は小さくため息をついた。



「犬夜叉。お前、ほとんど聞いてなかっただろう。意識飛ばしてたんですから」

「そうだよ。ぽけー、とした顔晒しちゃってさ」

「おらがつついても反応せんかった」

「てめぇら……っ!」



いつものように七宝の米神を攻めようとするも、かごめに止められる。



「それにしても、せっかくだし、見てみたかったよねー、殺生丸の奥さん」

「結局どうして今いないのかわかんないままだしねー」

「あーもーいいじゃねーか! 殺生丸の野郎のことなんて! オラ、さっさと行くぞ!」



思えば長く話し込んでいた。日は沈み掛け、このままではまた野宿になる。
そのことに気づいた一行は、どこかの村に行こうと立ち上がり、移動を開始した。

道中の話題は、やはり先程までの話の延長で。
犬夜叉がそれにキレて怒鳴り始めるのも、そう遠くないであろう。











FIN