07 / 言葉が言えない









きりきりと痛む自分の小さな胃を抑え、冥加はため息を我慢した。
ちらちら、と女性陣が視線を寄越してくる。流石にはしゃぎすぎたと気付いたのか、少し声を抑え気味に、少しだけではあるが、遠慮をしているようだった。
しかし、目からは好奇心が溢れ出て、抑えきれていない。

もう、全部話してしまうのがいいのだろう、きっと。



「屋敷の者はあの方と婚約者候補殿を会わせないように気を配っておりました。しかし、婚約者候補殿がかなり気の強い方でして……強行突破しようとしたりと、まぁ色々ありまして」

「詳しく!!」



食いつきが非常にいい。
普段ならば話がいのある反応ではあるのだが、如何せん、内容がよくない。
もし、何かの間違いで話したことが殺生丸に知られたら、きっと命はないに違いない。止めてくれるであろうも、傍にいないのだ。
ちらり、と犬夜叉を見やれば、目が蝶をひらひらと追っている。
助けは期待できないようだ。





















































もう一週間は経っただろうか。未だ屋敷を出ることはかなわない。それだけじゃない。私に与えられた部屋のある、この離れからも出してもらえなくなった。殺生丸さんの意向(=私を泉に行かせない)だけが理由ではないようだった。どうやら、お客様がいらっしゃっているらしい。で、そのお客様と私を会わせると、まずいらしい。意味がわからない。
泉に行くことも出来ず、時間を持て余し気味の私に気を使ってくださっているのか、屋敷の人が構ってくれるし、前より殺生丸さんが傍にいる時間が増えた。ただし、どんなに「外に出せ」と言っても無視。せいぜい、離れの庭を散歩する程度だ。しかも、例によって私は抱えられることになる。
いい加減、私もフラストレーションが溜まってきているが、それを発散させることはできない。これをもし殺生丸さんにぶつけたとして、どう考えてもやり返された時に勝てない。そもそも勝負する気ないけど。殺生丸さんの強さは実際見てるので重々承知している。だって泉に行ってた頃、出てくる妖怪は片手で瞬殺だ。私がどうこうできるわけない。口で勝負したくても、最早無視されたら無意味。
最近、夜、寝る前は話し合いをしているのだが、大体口を無理やり塞がれてうやむやにされる。一番最初に、胸に押し付けられて喋られなくなったのを覚え、面倒になったらそれを実行することにしたようだ。甚だ迷惑な話である。

もう、半分諦めも入っているが、泉に連れて行ってもらおうと朝恒例の一悶着(ただし私が一方的に言い募るだけ)を起こしている最中、どこか慌てた様子で屋敷の人がやってきた。何だか色々と言っていたが、曰く、私に部屋に戻ってほしいようだ。それで何かを察したのか、殺生丸さんが私の腕を引いて廊下を戻っていく。
結構離れと母屋の出入り口に近いところにいて、遠目に、綺麗な衣装を着た女の人が見えた。本当に一瞬だけ。屋敷の人に阻まれて、こちらには入ってこれないようだ。
多分、あの人が私と会わせたくないお客様なんだろう、と思われる。



「あの人、どなたなんですか?」



殺生丸さんは答えない。ちらりと入口のほうを見やって、歩くスピードが早くなった。
部屋に押し込まれ、黙って読んでいろと言わんばかりに借りていた書物を渡される。
とにかく触れてほしくないことなんだろう、と私にしては大人しく引き下がり、渡された書物を開いた。しばらく黙って静かな空気が流れたのだけど、部屋の向こうの廊下からドスドスドスという効果音がぴったりな足音が近づいてきた。
その音の方向を殺生丸さんが睨みつけた(まじガクブルである)かと思えば、ス、と立ち上がり、部屋の入り口と私の間に立った。これで私からは外が見えないようになる。
なんだなんだ、と思っていると、スッパーン!! と勢いよく障子が開いた。



「殺生丸様!!」



座っている私には、その声の主が見えない。多分、向こうも見えないだろう。そもそも、殺生丸さんが身にまとっているもこもこが結構な面積を取っているので、横に随分ずれないと見えないようになってる。
そんなに会わせたくないのか、と首を傾げる。
女の人は高い声で、



「殺生丸様……お会いしとうございました……」



それでも感極まったかのように言ったあと、どうやら近づいてこようとしたらしい。



「入るな」



それは、殺生丸さんの固い声に止められてしまったけど。
それにしても久しぶりだ。殺生丸さんのそう、絶対零度ともいうべき感情の冷たい声。お前殺すよーと雰囲気が言ってる。思えば、初めて会った時の殺生丸さんはこんなんだった。慣れるのが早いのか、数日後には格段と空気が柔らかくなっていたが。人見知り? まさか。

女の人は殺生丸さんの声に気圧されたのか、ピタリと何もかもの動きを止めてしまった。
くるりと殺生丸さんは振り返って、ぽけーっと座ったままだった私を抱え上げ、そのまま部屋から出てしまった。
すれ違った時、女の人と目があった。
その時の表情といったら、マジで殺されるって。背中がゾク、っといったのだ。
これから、やっかいなことになる。いや、もうなってるんだろう、と何となく思ったのだ。
「泉に連れてけ」や「屋敷から出せ」そんな余裕もなくなる、と。

殺生丸さんがどこに向かっているのかわからないが、何となく聞けない。
さっきの冷たい声はもちろん私にだって有効なのだ。


















































「それからというもの、殺生丸様は徹底してあの方の傍を離れず、婚約者候補殿との接触をさせないようにしていたのですじゃ」

「四六時中?」

「朝も昼も夜も?」

「は、はぁ……左様ですじゃ」



ぐいぐいと押してくる女性陣に、先ほど見せたほんの少しばかりの遠慮は消え失せたように見受けられる。



「じゃあ何かその殺生丸の奥さんと婚約者候補の女の人でのごたごたはなかったんだ?」

「あまり揉めなかったってこと?」



冥加は少し考え込むように唸ったあと、口を開いた。



「全てを知ってるわけではございませんので……実際には何かあったやもしれませぬ。しかし、あの方はこの後数日、日記は書かれず、次に記載があった三日後には全てが終わっておりましたのですじゃ」

「終わってた?」

「どういうことだい?」

「殺生丸様とあの方がご結婚なされた、ということですじゃ」



犬夜叉はついに、後ろにぱたりと倒れた。
しかし、女性陣は一切構うことなく。というか気づいていないようだった。





END