03 / 前しか進めない









「いくら仲良いって聞いても、やっぱり信じられないわよね。だって、殺生丸だし」

「まぁ、そうじゃのう。おらには想像もつかん」



犬夜叉一行はいまだ殺生丸の奥さんの話で盛り上がっていた。



「そう言われましても、わしは実際にこの目で見ておりますし……」

「もっと話が聞きたいな、冥加じいちゃん」

「はぁ、では……」



いつの世も、女の子というのはこの手の話を聞きたがる。
犬夜叉は青い顔をして、耳が垂れ気味であった。そもそも、兄の話など一切興味ないのだ。
しかし、その兄の妻となった女に興味がないわけではないので、黙っているのである。















































一週間経った。進展はない。
泉に通いつめてもダメ。好意に甘えて、文献なんかも見せてもらったけどダメ。というかそもそも文字が……。全く読めないことはないけど、ほぼ読めない。ただの曲線にしか見えなくて困る。解読にかなりの時間がかかってしまい、いまだに読み終わった書物はゼロという有様で話にならない。
しかし、収穫がなかったわけでもない。帰る方法は全然見当もつかないけれど、今私がいる場所は大体把握した。どうやら過去に来ているらしい。それも数百年も前。全部文献からの情報だけど。ここの屋敷にいる人たちと話をしても、妖怪と人間で違うからか、人間の世界のことはわからないのだ。着ているものも、私が資料集で見た物とはやっぱりちょっと違うし。
ただ、私に用意された着物と、文献からいけば、多分平安時代だと思われる。まさか生で十二単を体験するとは思ってなかった。

今日は泉に行かなかった。いや、行けなかった。朝、いつも通り部屋の前で待っていると、やってきた殺生丸さんが「今日は吹雪いてるから危ないよ」的なことを言ったからだ。吹雪いてる中出かけるのは無理。コート無いし。
ぽっかりと一日空いてしまった。一日どころじゃないかもしれない。「吹雪は一日で止むか分かんない」みたいなことを言ってたから。
しかし、そうするとやることがない。いや、あるんだけど、一日中あの読めない文献と格闘するのもちょっとご遠慮したい。
出かける気満々だったから制服のまま、ぼけー、っと縁側に座って庭を眺めていた。もちろん手元には文献が広げてある。ポーズではない。
この屋敷は、天気など関係ないようで、吹雪いていると聞いたのだけどそれが信じられないくらい天気がいい。擬似桃源郷って感じ。春のイメージだ。
……そして隣には殺生丸さんが座っている。迎えに来てくれて、そのままずっと一緒にいるのだ。ちなみに会話はない。ぼけー、としてたけど、一応手元の文献を読んでいたためだ。それに、殺生丸さんは寡黙な人だし。

しっかし読めない。読めない本を読むのはキツイ。そして春の陽気で眠く……なりそうだ。文字と眠気と戦っていると、殺生丸さんが動いた。顔を渡り廊下の方に向けられた。つられてそっちを見やると、しばらくしてぞろぞろと女性がやってきた。手には色々な着物を持っている。
何だ何だと見ていると、私たちの前で礼をとった。



「失礼します」



よく私の世話をしてくれる人だった。後ろに控えている人たちはすぐ後ろにある部屋の中に入り、何やら作業を始めた。
殺生丸さんは興味をなくしたようで、もう顔がそっぽ向いている。



「お世話、させてくださいませ」

「は、」



がしぃぃ、と両脇を固められ、部屋の中に連れ込まれた。何だ何が始まるんだ、と部屋の中を見回すと煌びやかな布が転がり、衝立には着物が掛かっている。



「さ、お好きなものをお選びください」



と言いつつ、侍女さん方は勝手に布やら着物やらを私の体に当てていく。何だか非常に楽しそうだ。



「では今日はこれとこれを合わせてみましょう」



きゃいきゃいと若い(ように見えるけど、多分実際は私よりだいぶ年上だろう)女性たちがはしゃいでいる。全て着せられ、解放された頃には疲れ果てていた。そして重い。何で昔の人はこんなの着ようと思ったのか甚だ疑問だ。
閉じられていた障子を開くと、変わらずそこに殺生丸さんがいた。私が放置した文献はきちんと片され隅によけられていた。
立ち上がって歩いたはいいが、着物が思っている以上に重くて辛い。さっきまで座っていた場所に腰を下ろした。殺生丸さんはちらりとこっちを見て、またすぐ視線が戻った。……何かこう、感想とか言ってくれてもいいんですけども。期待はしてなかったけども。



「せっかくですし、お庭を散歩されてはいかがでしょう」



そう提案したのはお世話をしてくれている例の女中さんで、にこにこと人好きの良い顔で笑っている。
何がせっかくなのかわからない。私は動きたくないんですけども。ていうかこんなんで歩いたら疲れるし、着物の裾を引きずるのも嫌だ。
おほほほほほ、と笑って下がっていった女中さんを見送った。なんだろう、ああいう人って何かに似てるんだけど、何だったか。きっと、世話を焼きたいんだろうな。
す、と音も立てずに殺生丸さんが立って、こっちを見る。「散歩、行かないの?」みたいな目だ。……え、行くの? 歩きたくないんですけど。



「無理です。重くて動けないです。絶対十歩もしないで歩けなくなりますよ……」



ちらりと地面を見ると、いつの間にか沓が置いてあった。え、ガチで散歩するの……? この沓、硬いしものすごく歩きにくいんだよね……。
それに、やっぱりこんなに綺麗な着物を地面に引きずるなんて出来ない。汚れる……!
無理無理、と首を振る。すると、光が一瞬遮られ、次の瞬間、浮いていた。いや、浮いていたというとちょっと違う。しっかりと支えられ、抱き上げられていた。



「え?」



はた、と我に返った頃には、すでに縁側から離れていた。相変わらず静かに動く人だ。



「あ、あの……」



ちょうど同じ高さくらいにある顔を見ると、しっかり目があった。「これならいいんでしょ?」と言ってるようである。



「重いでしょう」

「軽い」



嘘だ、と思って支えてくれてる腕に触れてみた。が、しっかり安定しているし、重さで震えているわけでもない。



「……すごく……力持ちなんですね……」



十二単ってかなり重いらしい。確か資料集で見たときは、20kgくらいまとっていた人もいたとか。今私は6枚着込んでいる。それでも重くて動きづらいな、って思ってるのに。
殺生丸さんは鼻を少し鳴らして、先に進んだ。しかしこれって散歩か? 殺生丸さんのトレーニングとしか思えない。でも私はすごく楽だ。歩かなくていいし、綺麗な庭は見れるし。うん、文献を読んでいるより明らかに楽しい。
綺麗な着物も着せてもらって、私は非常に上機嫌だった。あの花はどうだとか池の魚が何だ、と中身のないことを一人で話していた。もちろん返答はほとんどなかった。けれど、私が何かを目に止めるたびに立ち止まり、その場所に近づいてくれる。

殺生丸さんは非常に優しい人である。人は見かけによらないとはまさにこのことであろう。
けれど、どうやら私はこの件で殺生丸さんにひ弱だとでも思われたのか、外を歩くときは抱えられ、屋敷の中を歩くときは手を引かれるようになってしまったのである。
ちょっとその誤解はといておかねばならないのだが、何度訴えても柳に風、聞いているのかどうなのか、今のところ全く無視されているのである。















































「……偽物ってことでいいのかしら?」

「おい、冥加てめぇ、嘘言ってんじゃねぇよ」

「ありえないよ。あの殺生丸だよ?」

「まるで過保護ではありませんか」

「おら信じんぞ」



犬夜叉一行は首を横に振る。今聞いたことは幻聴に違いない、そう思いたい、と顔に出ている。



「じ、事実でございますぞ!!」



がみょーん、と冥加は叫ぶ。



「この時はわしもしっかりとこの目で見ておりました。嘘などではございません!」

「でもねぇ……」



あの、殺生丸だよ? と皆口々に言う。



「まぁ、信じられないのも無理はないでしょう。その方を我々は見たことがないわけですし」



そういった弥勒に、珊瑚がジト目で見た。



「法師様、やっぱり……」

「い、いや、別に……っ」



ふと、かごめが何かに気づいたように顔を上げた。



「そういえば……」

「どうしたの? かごめちゃん」



少し迷った風を見せ、かごめは続けた。



「そんなに殺生丸が大事にしている人なのに、どうして傍にいないのかな、って。だって、話に聞く限りじゃとても過保護だもの。いつも一緒にいてもおかしくないでしょ? りんちゃんは一緒にいるわけだし」

「……確かにそうですね。りんも邪見も一緒に行動しているのはよく見ますが、その奥方様のみ見ないというのは些かおかしいですね」

「けっ。どっかに隠してんじゃねーのか」



冥加は俯いて唸っている。



「ね、どうなの? 別れた、ってことはないのよね。結婚してるって言ってるんだし」

「もちろんですじゃ! で、ですが、そのぉ……」



言いづらそうに冥加は口を動かし続ける。
一同はそれを訝しげに見ては首を捻るのだった。







END