02 / 意味などない








「まぁ、とりあえずその人は犬夜叉のお父さんの屋敷に行ったのよね?」

「えぇ。そこであの方とお会いしたのです」

「待ってください。冥加様はどうしてそんなに詳しくお知りなのでしょう。こちらの世界に来てからの事ならともかく、あちらの世界の事まで……」

「……あのお方は日記を付けてらしてました。こちらにいらしてから1週間くらいの事です。記憶は薄れていくものですから、前にいた世界の詳細を忘れていってしまうことを恐れたのです。なにより、帰る手がかりを忘れてはいけないと思ったようですが」

「慎重な人だったんだね」

「左様。それに、行動力のある方です。屋敷に住むようになってから、1日たりとも自分が現れた場所へ行くことを怠りませんでした。大抵それには殺生丸様がついて行かれたのですが……」



その言葉に、皆驚いたような顔をした。
犬夜叉は持っていた湯呑を落としそうになる。



「え、でも今の所聞いている限り、殺生丸はその人の事疎ましがってない?」

「ですが、打ち解けられるのはお早かったですよ。3日目には殺生丸様自らあの方を迎えに行っておられたようですし」



犬夜叉は今度こそ湯呑を落とした。





























闘牙王さんのお家にお邪魔するようになって、私は毎日あの泉に通っていた。
殺生丸さんのお伴付きで。曰く、「土地勘もない場所に一人でいくには危険すぎる。なにより森には怖い妖怪もたくさんいる。一人では心細かろう」という闘牙王さんの言葉により、殺生丸さんが護衛をすることになったのだ。もちろん、殺生丸さんは嫌がった。けれど、何だか言いくるめられたみたいで、渋々と一緒に行動してくれた。私が少しでも遅れると、無言で睨んでくるし、話しかけても無視される。相当嫌なんだろう。だけど、闘牙王さんの言ったことは正しいので、私も謝ったりしなかった。だって、言われたことが起こったら怖い。自分で何とか出来る自信もない。
だから、会話は早々に諦めた。
というか、そもそも、私一人では屋敷からも出られないのだ。どうやら、人間の住む場所とは一線をかすというか、境界がうんたら、とか……なんかそんなん。スペックが人間なので、空を飛ぶとかポケモンみたいなこともできない。殺生丸さんが渋々ながらも付き合ってくれるのは、もちろんお父さんに言われたからなんだろうけど、私としては移動手段として来てくれてる感じである。


2日目も同じように泉に向った。殺生丸さんにお願いしてついてきてもらって。
成果があったかと問われれば、沈黙するしかない。1日目だって何にも成果はなかった。泉に向って石を投げただけだ。泉の中に入ってみようかと思ったんだけど、冬だし、水かなり冷たかったし、何より入ろうとした時、殺生丸さんに睨まれた。「濡れた身体を連れて帰れってか」と言ってるような気がする。確かに、拭くもの持ってきてない。
2日目は一応タオル替わりを借りてはきたけど、水冷たいし、ちょっと断念。風邪をひいては元も子もない。仕方ないから石を投げて水切りに挑戦だ。失敗するけど。



「明日も来るつもりか」



疑問じゃなかった。
というか、反応が遅れた。一番最初に会った時以来だった、まともに声を聞いたのは。
だから殺生丸さんを凝視してしまう。しかし不機嫌なオーラが漂い始めたので、すぐに口を開く。



「来ますよ。だからまた殺生丸さんにお願いしますね……」



殺生丸さんの目が眇められた。
無駄な事を。
そんな目だ。分かるよ。私もただこうして石を投げて何か変わるなんて思っていない。
でも、「何もしない」ことはしたくないのだ。



「……正直、明日も何も変わらないんじゃないかとは思ってます。でも、何かふとしたきっかけで帰れるかもしれないと思ったから、私はこれをやめられません。無駄だと思います。どうしてやってきたのかわかんないんです。迷い人って結構すぐに帰れちゃうらしいですけど、もし帰れなかったらどうしよう……夜はそんなことばかり考えてます。考えても全く答えとかいい案は浮かばないんですけど」



長い話を聞いてくれているらしい。隣で黙って泉を見ているけど。
……いつ隣に来たんだろうか。



「継続は力なり、なんて言いますし……ひと月は最低でも続けるつもりです。だって私、帰れなかったら困りますもん。この世界で私は生きていける自信がありません。来る途中に会った妖怪、殺生丸さんは簡単に倒してましたけど、私は間違いなく殺されます。私はここじゃ生きていく能力がありません。人間はえさ、みたいですし……私もその内食べられちゃうんでしょうか……」

「お前は妖怪だろう」

「そうですか? 私はにわかにも信じられません。だって今までも人間としてしか生きてきてないんです。妖気?でしたっけ、感じたこともありません。体に変化が起こった覚えもありません。外的にも内的にも。何かが欠如したとか増えたとかもありません。だって、殺生丸さんの耳は尖ってますけど、私のは普通。爪だってそんなに鋭利じゃないです。毒もないし。長生きだとかそんな感じもしないです。見た目通り18歳です。来年には19ですし、50年もたてばすっかりおばあちゃんですよ。殺生丸さん、生まれてから今までで18年、じゃないでしょう?」



無言だった。
でも、そうなんだろう。沈黙は肯定だ。



「……でも、一つだけ思うんです。さっきの妖怪もそうですけど、人間も妖怪もあっけなく死んじゃうんだなってことは。まぁ、妖怪の方が少し丈夫みたいですけど。だから私は死にたくないですね」



そっと隣を見やれば、殺生丸さんは一度だけゆっくりと瞬きをして、私を見た。
その目は、何を考えてるのか分からない目だったけど、とりあえず負の感情は灯っていなかった。と、思いたい。



「帰るぞ」



一言そう言って踵を返し行ってしまった。
私はあわててその後を追う。


それからだ。

殺生丸が前より話してくれるようになったし、泉に向かう際には迎えに来てくれたりした。
相変わらず、遅れると無言で視線を向けられるけど。仲良くなったと思いたい。















































犬夜叉の落とした湯呑も片付け終わった。しかし、当の犬夜叉は固まったままだ。



「お屋敷では大体いつもお二人で行動されてましたよ。どうやらあのお方がそうお願いされたそうですが」

「なーんか、ホント、そんな殺生丸が想像できないよね」

「偽物なんじゃ……」



全員、信じられないように顔を見合わせている。必要もないのに、声が小さくなっているのは何故なのか。



「しかし、あの殺生丸が結婚するほどなんでしょう? きっとさぞやお美しい方なのででしょうね」

「ほ・う・し・さ・まぁ〜?」

「さ、珊瑚っ」







END