01 / もうかえれない





「それにしても、殺生丸がりんちゃんみたいな子連れてるとは思わなかったわ。だって殺生丸って人間嫌いそうじゃない」

「嫌いそうじゃねーよ、嫌いなんだよ」

「……それはそうなんだろうけど」

「でも、かごめちゃんの言うことはわかるよ。殺生丸ってそばに人を寄せ付けないっていうか」

「そうよねー一生独身って感じよね」



 かごめのその言葉に、一同皆頷いた。
 犬夜叉は嫌いな兄の話題のせいか、心なしか荒んだ表情をしている。



「いえ、そんなことはありませんぞ」



 犬夜叉の首元からちゅーっという血を吸う音が聞こえた。
 と思ったら、犬夜叉は半ば反射のように、首元をたたく。
 ぷち、という音とともにつぶれた妖怪がひらひらと舞い落ちる。



「んだよ、冥加じじぃじゃねぇか」

「お久しぶりでございます、犬夜叉様。相変わらずおいしい血で……」

「それで? そんなことはない、ってどういうこと?」



 挨拶もそこそこに、かごめと珊瑚は興味津々といった体で冥加に顔を近づける。



「殺生丸様はすでにご結婚なさっております」



 一瞬、場が静まり返った。かと思ったら一斉に全員が驚きの声をあげる。
 犬夜叉ですら、驚いているのを見て、かごめが聞いた。



「え、犬夜叉も知らなかったの?」

「知るわけねぇだろ! つうか殺生丸の女なんて見たことねぇよ!!」

「はて、犬夜叉様はお会いしてなかったですかな……」

「会ってねぇよ!!」

「そうですか……。まぁ殺生丸様が会わせなかったと考えれば別段不思議ではありませんな」



 しみじみと言う冥加に、全員何も言えなかった。
 普段自分たちの知る殺生丸のイメージと合わないのだ。



「え、え、冥加じいちゃん! あの、その人ってどんな人なの?!」

「たいそう血の綺麗なお方です。さらさらしていて喉越しが……」

「んなこた聞いてねぇよ」



 がみょーん、と犬夜叉の爪に挟まれ、冥加は少なからず焦った。



「あ、あの方は……何ていいましょうか……とても不思議な方で……そう、かごめ殿のような格好をなさってた……妖怪らしくない妖怪でして……」

「え、私みたいな……?」

「じゃあ『げんだい』って所から来たのか?」

「私のほかにもタイムスリップしてきた子がいるなんて……」

「ですが……妖怪、なのでしょう?」

「いかにも。まぁやってきた経緯から結婚なさるまでを話すと長くなるのですが……」

「お願い冥加じいちゃん、聞かせて!!」



 やはり、こういう話題は女の子の方が興味を持つ。
 前にのめりこむような形でかごめと珊瑚は目を輝かせる。



「結婚した、ってあの殺生丸がだよ? 一体どんなことがあったのか気なるじゃないか」

「そこにも一悶着ありまして……殺生丸様はあの通り、気の長い方ではありませんからのぅ」



 さぁ、話せ。今すぐ話せ。
 そんな目が四方から向けられる。
 冥加は一つ溜息を吐いて、何であのとき余計なこといったんだろ、など少し後悔しながら口を開いた。































寒い日だった。
9月も終わり。もうすぐ10月。夏が終わって秋に入ったばかり。
だというのにその日は何故か寒かった。
人一倍寒がりの私は、風邪を引きたくなんてなかったし、何より冷たい木枯らしの中を無防備で歩くなんて真似は出来なかった。
だから私はちょっとだけ薄手のコートとブーツをはいて、母さんに「うわ、もうそんな格好すんの?」なんて言われてもめげずに学校へ向かった。



「あー……寒い……」



これから本格的な寒さがやってきて、冬が来るんだろう。
冬が終われば、悲しいかな、受験生になる。まだ全然大学なんて考えてない。
とりあえず文系の大学かなー程度だ。でもそろそろ決めないと。

昨夜の大雨で道がぬかるんでいるせいで少し歩きにくい。
高校に行くにはこの舗装されていない山林の道を行かなくてはならない。
ところどころにロープが張られていて、間違って奥には行かないようになっている。
確か、結構急な崖があるとか先生が言っていたかな。

ふと、横を見ると、何やら光るものが見える。
何だろう。何か動いているような……?

気になって、道から外れて獣道に入る。
少しくらいなら大丈夫だろう。確か、崖は反対側だったはずだから。

少し早足で光を追う。
本当なんなんだろう、あれ。

考え事しながら走るのは危ないからやめた方がいい。
今だから言える。
足元はぬかるんでいるんだから尚更だ。

案の定私は足を滑らせた。
それだけならまだよかったけど、どうやら記憶違いだったらしい。

滑った先は崖だった。









気が付いたら、私はあおむけで倒れていた。
視界には青空が広がっている。

頭を打ったのだろうか、後頭部が少し痛い。
起き上がれないほどではなかったので、体を起こせば



「どこだ、ここ……」



目の前には泉……だろうか。池というには大きいし、沼と言うには綺麗な水だ。
はて、全く見覚えが無い。
落ちたはずの崖も見つからない。
持っていたはずの鞄もない。

立ち上がって少し歩いて見る。泉から離れて道を行っても、崖は見えてこないし、何より全く見覚えない道だ。
そして、何だか体感温度が違う。寒くない。穏やかな秋、という感じだ。木々はいい感じに紅葉している。

ポケットに手をやれば、携帯があった。



「あぁ。よかった。これで連絡取れば……」



ほっとして開けば……



「え、圏外……?」



ここってそんな山奥なの……?


なんだかどうもおかしい。
まるで全く別の場所に来たみたいだ。

とりあえず、誰か人を探すことにしてみた。
ここが山だというのなら麓に降りれば人はいるだろうし、森だとすれば抜ければ人はいるだろう。
そう思ってひたすら歩いた。

何分・何時間歩いただろうか。
人の気配はまったくしない。もうダメかなーと思い始めたころ、ようやく目の前に人影を見つけた。
ガッツポーズを内心でして、駆け足でその影の方へ向かう。



「あのー、すいませーー……え?」



近づいて見て気付いた。
なんか違う。

人影は二つあって、その二人ともが現代では着ないだろう着物を着ている。
それで、何かもこもこしたものを身にまとっているし、何より髪の色が普通の人じゃない。
片方は刀を持ってるみたいだし……銃刀法違反ですよ、お兄さん……。


声を聞き取ったのか、二つの人影はこちらを見た。

(あ、この人たち、日本人じゃないわ)

最初に思ったのはそれだった。
二人とも金色の瞳をしている。
あれ、でもちょっと待てよ……人間って金色の目持ってたっけ……?
いや、私が勉強不足なだけなんだな、きっと。



「誰だ」



刀を持っていない人の方が鋭い目で睨みつけてきた。
正直怖い。
この場合、名前を聞かれているわけじゃないし……何と答えるべきか……。
というか、日本語お上手ですね。



「あ、いきなりすいません。私、栄高校の学生なんですが、登校途中に崖から落ちてしまいまして……気が付いたら泉がある広場に倒れていたんです。ここがどこだかわからないので、道を教えていただけたら……と」



そう説明すれば、二人とも訝しげな顔でこっちを見やる。
すると、刀を持っている人が、そうか、と小さく呟いた。



「そなた……迷い人だな?」

「「は?」」



綺麗に声が重なった。
と、いうか……え? 迷い人って何。



「父上……迷い人とは……?」

「うむ。その格好……どう考えてもこの時代のものではない。だからそう判断したのだが……迷い人とは山などに入って知らぬ地に出た者のことだ」

「し、知らぬ土地……」



え、じゃあここって……学校の近くの山じゃないの?



「ここ近辺にはそなたの言ったようなものや土地はない。だから」

「迷い人だ、ってわけですね……」



はぁ。
知らず無意識にため息が出る。



「……狐にでも化かされたんですかね……あやかし物の怪はたまた妖怪っておとぎ話の中の存在だと思ってたんですが……」

「おとぎ話? 何を言っておる。そなたも妖怪だろうに」

「へ」



そなたも妖怪。=私も妖怪。
も、ってことは……。



「え、あの。すいません。間違ってたら大変申し訳ないんですが……え、貴方がたは……妖怪だったり……いやまさか」

「いかにも」

「……え」



この人優しい。
見ず知らずの見るからに怪しい奴に懇切丁寧に教えてくれてる。
だって刀持ってない方はさっきからかなり睨んできてるよ。さっき父上って言ってたし……親子なんだろうけど。



「ふむ……。迷い人ということならば、困ることも多いだろう。とりあえず、私の屋敷に来ないか」

「父上!」

「え、あの……」

「行くところなどないであろう」



いや、その通りなんですけど。



「何、そう遠くない。すぐだ」



いえ、距離の心配はしていないです。



「私の名は闘牙王。こっちは息子の殺生丸」

「あ、私はと言います」































「……と、まぁその場の雰囲気で御館様は屋敷に連れて行かれたのですじゃ」

「……それでどうしてその人と殺生丸が結婚するに至るの?」

「いや、それはまだまだ色々とありまして……」

「そのさんは……」

「あぁぁぁ。いけません! あの方のお名前を呼んでは!」

「あ? 何でだよ」

「殺生丸様に殺されます」



全員、閉口するしかなかった。
しかし、ぽつりとかごめが漏らした言葉に、全員頷いた。



「……殺生丸って、独占欲強いのね……」





END