偽装結婚()





「説明を求めます! 先輩!!」
「まぁ落ち着け」



珈琲でも飲むか?とどこまでもゆっくりとした姿勢を崩さない先輩に地団駄を踏みそうになりながら、「コーヒーは飲めません!」と訴えたら甘いカフェオレが出てきた。



「俺の年齢知ってるか?」
「馬鹿にしてます? 29でしょう」
「結婚しててもおかしくないだろ」
「別に急がなくてもいい年齢でもあると思いますけどね」
「俺は、せっかくのチャンスを逃すつもりは無い。詳しい事は言えないが、後悔するのももう懲り懲りなんだ」
「……はぁ」



相変わらず降谷先輩の言うことはよく分からない。



「まぁ、何だか面倒そうな事になりそうですし、話せないならそのままで結構なんですが……あまり思い詰めないで下さいね」
「お前はまた、そういう……」



コーヒーカップを机に置いて、片手で顔を覆った先輩を横目にカフェオレを飲み切った。



「あ、先輩。飲みきっちゃいました」
「……前みたいに名前で呼んで」
「零くん? あ、透くんか」
「俺と2人だけの時は零でいい。が、他では透だ」
「はーい」



そう返事すれば先輩は呆れたように手の中のカップを持ってもう一度カフェオレをいれてくれた。



「とにかく、安室透と偽装結婚、いいな」
「乗り掛かった船ですし、まぁいいですけど……」
「ならいい。次会う時、協力してもらうにあたって必要な書類を持ってくるから、それにサインしてくれ」



後、印鑑と戸籍謄本と本人確認書類、と色々言われて、就職する時のことを思い出した。入社する時も色々書類揃えたよなぁ、と。



「戸籍謄本って用意時間かかりますよね」
「あぁそうか。お前もこっちに来たばかりだとか言ってたな。しばらく忙しいだろう。1週間くらいでいいか」



今日は送っていくよ、と車の鍵を手にした先輩に続いて家を出た。既に見慣れてしまった白いスポーツカーに乗り込む。



「スポーツカーって車内狭いイメージなんですけど、そうでもないんですね」
「気に入ったか?」
「いや別に。ふつーです。」
「はは、そうか」

















「偽装結婚、なんですよね?」
「あぁ」
「安室透の奥さん、を演ればいいんですよね」
「あぁ」



書いて、と差し出されたのは婚姻届。夫の欄には『降谷零』



「安室さんと偽装結婚ですよね?」
「あぁ、安室透とはな」
「じゃあコレはなんなんですか」
「俺との婚姻届だな」



言われた必要書類を耳を揃えて差し出せば、先輩は満足そうに頷いて1枚の書類を差し出してきたのだ。
どう見ても婚姻届だ。裏をひっくり返しても無駄だった。



、お前は本当に気付かなかったんだな。便利だから、都合がいいから、なんて理由だけで高校時代付き合い続けてたと本気で思ってたんだもんな」
「な、何を仰っているのか……」
「下心があったに決まってるだろ」



ほら書いて。とペンを握らされた。



「いや待ってください、こんなの……」
「今書くか、後で書くか。時間の問題だ。それなら無為に時間を潰す必要も無いだろ」
「いやでも流石に親に何も言わずには!」



ここぞとばかりに切り札とも言える言い逃れをすれば、それもお見通しといった顔で「ここ」と婚姻届のある欄を指さした。



「お義父さんに署名を頂いてきた」
「はぁ!?」
「サプライズでプロポーズしたいんです、と言ったら快く署名して下さったぞ」



証人欄に父の名前がある。何度も見た父の字だ。間違いない。
分かってる。先輩に口で勝てたことなんか無い。そもそも何に置いても大体先輩の思い通りになっていただろうに、それでも抵抗したくなるのはなんなんだろう。



、早く。この後の予定も詰まっているんだ」
「……どんな?」
「まず役所に行ってソレを提出。その後指輪買いに行く。時間が余ればドレスを見に行くつもりだ」
「はぁ!?」
「職務上、式は厳しいから悪いが写真だけだが。お前のウェディングドレス姿も白無垢姿も見たいんだ」




1人で勝手に幸せそうに笑っちゃって、まぁ……。



「……私、マリアベールに憧れてるんですけど」
「あぁ、好きなのを選べばいい」



これでもかと言うくらい真剣に綺麗かつ丁寧に書いたから右手が凄く疲れた。
私の右手を取ってほぐす先輩にときめいた事は、後で言っておこうと思う。


END


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2018/05/18 加筆修正