偽装結婚



地方支社からこの度、東都の本社へ所謂栄転というものを果たしたわけだけども、正直実家から離れたくなかったからあまり嬉しく無かった。しかも友人いないし。寂しい思いをしつつ、買い物に出なければ家の物も揃わないから、と休みの日に出掛けた。急な話だったから一時的に社員寮にはいってるんだけど、どうせなら自分で物件探して好みの家具入れたいし、ついでにそれも見ておこう。



「……か?」
「あれ、先輩。お久し振りですね」



出先で高校の時の先輩に再会した。懐かしいな。卒業してだいぶ経つというのに、先輩のご尊顔は輝きを増したようにも見える。



「あぁ、久し振りだな。時間あるか? 昼食べてないなら一緒にどうだ?」
「構いませんけど、先輩も買い物の途中じゃないんですか?」
「決まりだな。こっちに車停めてるんだ」
「相変わらず先輩は私の話を聞きませんねぇ」



白いスポーツカーに乗せられて、さて近況報告を兼ねての昔話でも、と口を開く前に先輩が話し始めた。



「今俺は《安室透》という名前で私立探偵兼喫茶店のアルバイトをしている。毛利小五郎を知っているか? 彼の弟子としてたまに事件に関わることもある」
「はぁ……」



確かこの人、警察官になるとか言ってたのに、探偵やってんの?と一瞬思ったけど、じゃあ潜入でもしてんのかな。頭良かったし、きっと優秀な頭脳を買われて何か凄いところに配属でもされたんだろう。



「これから行くのは俺が働いている喫茶ポアロ。前みたいに、《透くん》とでも呼んで」
「え?」
「恋人いるのか?」
「いや、いませんけど……。またですか?」



高校時代、先輩はモテた。非常にモテていた。そしてその尋常じゃないほどのモテ具合に先輩は非常に疲れきっていた。
そんな時、私は私でストーカー被害に遭うという事件にほとほと困り果てていた。降谷先輩とは何一つ面識も無かったが、偶然、私がストーカーに追いかけられている所を降谷先輩が居合わせて助けてくれた。ストーカーに憔悴し切っていた私が可哀想だったのか、降谷先輩は助けてくれると申し出てくれた。その代わり、自分の事も助けて欲しい、と。その策が、恋人の振りをする、というものだった。
これが双方に中々効果的だったので、味を占めた私達は目の前の問題が解決した後も付き合いを続けていたのだ。私が高校を卒業するまで。



「最近、店に来る常連客に『彼女がいないのはおかしい』と言われることが増えてな」



あぁまぁ先輩、あんまり女性に対して性格良くないですからね。顔が良くても中身が、ってヤツか、と思ったけど流石に言わなかった。



「お前なら上手く演れるだろ?」
「まぁ演ったことありますからね……。でもその何でしたっけ、透くん? いい人作らないといけないんですか?」
「下手に女性を紹介されるのも、告白されるのも面倒だ。それに恋人がいると知った時に大体の女性がどうするかは実証済みだろ?」
「それは、まぁ……。でも私に大してメリットないじゃないですか。別にストーカーとかで困っているでもないですし」



そう言うと途端に先輩は不機嫌そうな顔でこちらを見た。拗ねているらしい。そのまま無言で圧力かけ続けられ、結局私が折れるしかないらしい。



「分かりました。全力で透くんの恋人演らせていただきます」
「助かるよ」

















「あぁ、紹介します。僕の恋人のさんです」



ずっと遠距離だったんですが、つい先日、ようやくプロポーズを受け入れてくれて、こっちに呼んだんです。
誰だろうこの人、というくらいの変わり身に呆気に取られたばかりでなく、何やら恋人どころか婚約者ポジションにランクアップしているのは何故だろう。
弟子入りしているという毛利探偵の娘さんとその親友さんがキャーキャー言っているが、そんな事はどうでもいい。
祝福されているらしい先輩の袖を引っ張って、



「(どういう事ですか!)」
「(後でな)」



小声で聞いても欲しい答えは返ってこない。
それに、さっきから足元の方から視線が突き刺さるのだ。コナン君と呼ばれてた、小学生の男の子。何でそんなに驚愕した目で見てくるのか。ほんとにもう、先輩にはよくよく聞かなければならない事が沢山あるようだ。
ついでに買い物も出来てないから、今度先輩に付き合ってもらってもいいはずだ。





to be continued...



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2018/05/18 加筆修正