L'IMPERATRICE









それはもう、深く深く反省したのだ。
大体、あの時はちょっと疲れとかそんなので前後不覚にでも陥っていたに違いない、と思う。多分。
あの後、晩御飯をいただいて、少ししゃべって帰宅した。それ以来、実は赤司君と話していない。そもそもクラスも離れているし、生活リズムも結構違うのだ。向こうは運動部。こちらは……先日無事に文芸部(と書いて帰宅部とも読める)に入部した。
それに、こう見えて結構忙しいのだ。編入したてで、授業に追いつくのにも一苦労だし、まぁ、桃井さんに結構面倒見てはもらったんだけど、何より姉のお産があって、赤司君がどうとかそんなの頭からすっぽ抜けてたのだ。
朝早く起きてお義兄さんと自分の分のお弁当を用意し、学校行って、帰りは姉のいる病院に寄ってから帰宅。出来る範囲で家事をして、お義兄さんの帰りを待つ。余裕があればお義兄さんの車で外出させてもらうこともあったけど。生まれてくる子のものを見て回ることが多かった。
土日は勉強と大きな買い物と姉の見舞い。出産ってギリギリまで家にいるもんだと思ってたのに、姉が体調を崩して予定日の2、3週間前から入院したのだ。
てっきり自分はお隣の赤司家にお世話になるのだと覚悟していたのだけど、さっぱり。赤司夫人はよく様子を伺ってくれるけど、私が大抵出来てしまったので、晩のおかずを少し分けてもらう程度に留まった。姉はそれだけでも迷惑をかけていると思い、退院したらお礼に伺うと言っている。
お義兄さんと二人の生活は思っていたより快適だ。気を使ってもらってるのだろうけど、それなりに帰宅は早いし、早く帰ってこれば家事を手伝ってくれる。そもそもお義兄さんはハイスペックだったらしく、実は私が手を出さなくてもよかったりするのだが、居候させてもらってる身なので、頑張る。
姉は病院で元気だ。いや、この表現はどうかと自分でも思うのだけど。母子ともに今のところ順調らしく、大体予定日あたりで出産だろう、と医者が言っていたと聞いた。

とても順調だった。

授業に追いつくのは大変だけど、友人は出来たから助けてもらえた。そもそも頭は悪くない方だと思う。お義兄さんは優しい人だからそれこそ問題ない。姉は無事に子供を産んでくれればいいのだ。それ以上望むことなんてない。
だからさっぱり忘れていた。そう、初めて会った時に感じた寒気だとか、二人で部屋にいた時の雰囲気とか全く忘れてた。
そんなんだからこんな目にあうのだ。

今日も一日を無事に終え、活動が無いに等しい文芸部に顔も出すことなく、まっすぐ帰宅しようと鞄を手にした時だった。



ちゃん」



一番良くしてくれる、桃井さつきちゃんが控えめに声をかけた。首を傾げて答えると、さつきちゃんは申し訳なさそうに教室の入口を示した。



「赤司君がちゃんに話があるみたいで……」



今来てるんだけど、と言われて入口を見た。
何週間も経てば、色々と校内の事に詳しくなってくる。人気の高い話はやはり、男子バスケ部とモデルの子じゃないだろうか。モデルの子(金髪。名前知らない)なんか熱心なファンクラブの存在がもはや恐怖だ。
今、私を待っているらしい赤司君にも、ファンというのはいる。モデルほどじゃないかもしれないけど整った顔をしているし、成績もいい。てことは、モテるのだ。
モテる男が入口にいるので、ちょっと教室内は騒がしい。



「その、早く行った方がいいと思う……。赤司君、煩いの嫌いだから」

「そ、そっか。じゃあ、その、また明日ね」

「うん。じゃあね。頑張って」



見送られて入口に向かえば、向こうも私に気づいたようで、壁に持たれていた姿勢を直した。



「いきなり悪かったね。……驚いたかい」

「うん、まぁ、それなりに」

「そうか。今日は部活がオフでね。どうだろう、一緒に帰らないか?」



耳をそばだてて聞いていたらしい周りの反応の方が早かった。ざわざわと邪推する声に、居心地の悪さを感じる。



「行こうか」



少し眉をひそめた彼に腕を引かれ、廊下を進む。帰るとも何とも言っていないというのに。でも、少し有難い。



「実は母さんに、見舞いを頼まれててね。けれど病室まで知らないし、何より、お見舞いの品を学校に持ってくるわけにいかないから」



だから先に家に帰りたいんだが、との話に、合点がいった。



「わざわざありがとう。姉さんも喜ぶよ。見舞いなんてお義兄さんと私しか来ない、って文句言ってたし」

「そうなのか?」

「うん。だから赤司君が来たら『イケメンキタ━(゚∀゚)━!』とか言ってはしゃぐに決まってる。姉さん、かっこいい人好きだし」

「……それは、嬉しいな」



から見て、俺はかっこいいと思われてるんだな、と言われて……顔に熱が集まった。どうしてそういうことを言うんだろう。いやしかし落ち着いて考えろ。
この人は無自覚なんだ。自分の顔が一体どれだけの効果をもたらすのかわかってないだけなんだ。そうに違いない。



「そりゃあ、赤司君はかっこいいよ。好き嫌いは別だけど、大体の人が『整っている』って評価する」

「ふぅん。じゃあ、の好みには合ってるかい?」

「え」

好み?」

「え、あ、えーっと……。まぁ、好き、かな」



つぅ、っと背中に冷たいものが流れた。この感覚は前にも経験した。初めて赤司君に会った時だ。赤い眼と合って、反射的に感じたもの。今は顔を見てすらいないのに、体中にびしびし感じてる。



「よかった。俺はね、



やめてくれ、と心が叫ぶ。
一体何を言うつもりなのか全く見当もつかないけれど、私にとってあまり都合のいいものだとは全然思えない。確実に。



「周りの評価なんてどうでもいい、と今も思ってる。だけど、どうやらから貰う評価は何であれ、一切を気にするみたいなんだ」



今日天気いいよね。そんな会話をしているような万能さと、ちょっとしたぎこちない感じが混ざった言い方。本題は別にある。そう匂わせる雰囲気。どんどん胸が苦しくなってきた。



「こういうの、一般的に何て言うんだろうね?」



疑問詞はついてるけど、答えを私から求めていない。さっきから心臓がばくばくいっていて、顔を上げられない。
もう、しゃべるのやめて。これ以上は、もう!



の事が好きなんだ。……初めて会った時から」



私の様子を軽く喉で笑って、赤司君は爆弾を投下した。不発になんか終わらない。



「あ、かし、くん……」



口を開閉するだけの私を見て、笑みが深まった。



「ちょっと待っててくれるかい。すぐに見舞い品持ってくるから。あぁ、何なら着替えてくるといい。10分後にまたここで。いい?」

「え、えぇ」



いつの間にか家の前についていた。救いなのか、どうなのか。
あれ、私、この状態のまま、あの赤司君を連れて姉の前に顔を出さなければならないの。

熱の集まった頬に手を当てて、何とか入った玄関に、ずるずると腰を下ろして俯いた。
何てことをしてくれたんだ。


この赤司君の言葉が、この先の私を縛ることになるなんて、全く想像していなかった。















                                To be continued......


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2012/09/28