JUNON
やっぱり神様っていうのは信仰していないと助けてもらえないのだろうか。とはいっても、信じたところで救われるとは思えない。
それにしたって、神様って私のこと好きじゃないんだろうな、と思う。たった数時間前のちょっとした願いさえも叶えてくれないのだから。
姉の隣に座って暖かい紅茶を戴きながら、目の前に座って同じように紅茶を手にして笑っている男を見る。たった数時間前に顔を見た。名前も聞いたし、紹介もしてもらった。そしてその場で二度と関わりたくないと感じたばかりだ。
「本当はもっと早く連れてこようと思ってたんですけど、ちょっとバタバタしてしまって……」
「いえ、いいのよ。編入試験受けたんだものね? 合格してよかったわ」
お隣さんで、姉が結婚してこっちに引っ越してからというもの、一番親身になって色々お世話してくださったそうだ。これから姉が入院したとき以外にも、私がきっとお世話になるだろうから、と挨拶に連れてこられたのだけど、正直、表札見た時から嫌な予感しかしていなかった。
かっこいい書体で『赤司』とあって、赤司、なんてごろごろ転がっている苗字とは思えない。けれど、諦めずに玄関のドアをくぐって……大げさかもしれないけど、絶望した。出迎えてくれたのはその家のご長男。もちろん、姉はその子の名前を知っている。
「あら、征十郎君。もう帰ってたのね」
「今日はお客さんがくるから、って母が言ってたので、早めに帰ってきたんです。間に合ってよかった」
そう言った後、彼は私に視線を合わせて、ニッコリと微笑んだのだ。
「やあ、さん。……さっきぶりだね」
姉の、「あれ、もう会ったの?」なんて問いは右から左に流れていった。
背筋が凍るような感覚は、一日に何ども体感するものじゃないと思うのだけど……。
そんなわけで、赤司夫人と御子息(笑)を紹介いただいて、一緒に茶を飲んでるのだけど。このままご主人の帰りを待って、晩ご飯も戴くらしい。
夫人は母と同年代で、姉とはまるで親娘のように会話している。若干私たち中学生組は置いてけぼりだ。だって会話の中身が子育てについてだし。いや、姉にとっては初めての出産になるんだし、先輩ママに話を聞けるなんて有難いことだと思うんだけど、やっぱりちょっと……体験談なわけだし、関わりたくないと思ってる人の赤ちゃん時代の話を聞かされて、私は全然楽しくない。そして、姉が提供する話題は私の赤ちゃん時代の話なのだ。全く面白くない。
「――― そうよね、さんはちゃんがいるものね」
「えぇ、でもの世話は母がメインですし、私がやったのなんて、ちょっと遊んでやるくらいでしたから……」
「その経験だって役に立つわ。お母様の姿を見てるわけだしね。私の話もいいけれど、征十郎はちょっと参考になるかといわれれば、ねぇ。どの赤ちゃんも個人差があるもの」
「だって結構規格外ですよ。6ヶ月で補助輪がついてるとはいえ自転車乗り回すなんて……目を疑いました」
「まぁ!」
いい加減にして欲しい。ていうかそれ、初耳だ。
「さん、ちょっとここから出ない? 俺の部屋おいで」
ここには居ずらいだろ、と小声で提案される。どうせ願いなんて叶わないんだし、だったらいいや、とその誘いに頷いた。それを見た赤司君は、自分の母親に
「母さん、ちゃん連れてくから」
「えぇ、晩ご飯になったら呼ぶからね」
「わかった。じゃ、行こうか」
いきなりの名前呼びに思わず眉が寄ったが、仕方がないか、と小さく溜息付いた。
「学校で桃井に紹介されたけど、一応。赤司征十郎。バスケ部だよ。……あぁ、征十郎って読んでくれて構わないから。俺も名前で呼ぶし」
拒否したい。
「……。これからお世話になります」
「なりたくない、って顔してるよ。さっきも思ったんだけど、って顔に出やすいんだね」
「すいません」
「同い年なんだし、敬語もいらないよ」
「……そりゃどうも」
赤司君の部屋は、男子中学生にしては些か整頓されすぎている気がする。他の中学生男子の部屋を見たことがあるわけではないけど。でももうちょっとこう、物が乱雑に置いてあるイメージだったのに。
部屋はモノトーンというか、ベッドカバーの黒と壁の白(近づいてみると、少し青っぽい)の明暗が目立つ、気がする。けどモノクロというわけでもなく、結構机の上の小物はカラフルだ。……やっぱり赤が好きなのかな。
本棚には漫画と文庫小説が4:6って感じ。気持ち文庫本の方が多いかも。漫画は殆どがバスケ漫画で、ここらへんはやっぱりバスケ部らしさをちょっと感じた。
「母さんが呼ぶまで時間あるだろうし、何だったら本読んでて構わないよ」
「でも」
「気にしないで。俺その間部の事やってるから。ベッドにでも座って」
そう言って赤司君は自分の杖に向かってレポート用紙を広げた。私はお言葉に甘えて、本を取り、ベッドに浅く腰掛けた。
しばらくは、ペンの音と、紙をめくる音、私が移動する音しかせず、会話は一切なかった。
私は気がついたら他人様のベッドだというのに、だらしなくうつぶせに横になって本を読んでいた。ヤバイ、と身体を起こして、赤司君を伺うと、ばっちり目があった。
「随分寛いでくれたみたいで、よかったよ」
「ご、ごめんっ! つい……」
「気にしなくてもいいよ。そのままでいいから」
本当に無意識で、自分が恥ずかしい。何となくこの空間が心地いいと思っているのは間違いなくて、その事実にさらに恥ずかしく、そして申し訳なくなる。
「は集中力が凄いね。全然俺に気付かなかったし」
つまり、ずっと見ていた、と。
マジでか。もう本当に、穴があったら入りたい。
言い訳をさせてもらえば、赤司君の本棚のラインナップは私にとっては非常に興味を引くものばかりで、次々と手が伸びてしまう。
与えられたベッドも、非常に弾力とか好みで、もう、本当に自分の部屋かというくらい馴染んでしまったのだ。
私はただ、赤司君と視線が合わないように顔を俯かせることしか出来ないでいる。
そんな中、階下からの私たちを呼ぶ声がしたときは本気で安著の息を吐いた。
To be continued......
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2012/08/15