LE BATELEUR










父の海外支社への転勤が物語の始まりだろう。
中一の冬、突如決まったそれに、家は大慌てした。引越し準備にあまり時間が取れなかったことと、当初父だけで行く予定だったのが、母も付いていくことになり、さぁ大変。まだ幼い弟は当然母が連れていくのだが、問題は私だった。
いきなり海外へ、だなんて言われ、混乱し、「日本にいたい!」ととにかく主張した。英語なんて全然自信ない(これは母もだったのだけど)し、海外の生活が想像出来なかった、というのもあるかもしれない。
父も母も急な話なもので、十分私の気持ちも分かってくれたようだが、如何せん、中学生を一人残していくのは無理があった。
そんな時、既に成人して結婚もしている年の離れた姉が言ってくれたのだ。



『じゃあ、アンタはアタシが面倒みてあげる。東京(こっちおいで』



と。
この時、姉のお腹には8ヶ月になる子供がおり、正直私なんかに構ってる暇もお金もないだろうに、



なら、これから生まれる子に掛かりきりになるアタシを色々助けてもらえるし、それなら母さんやお義母さんに迷惑かけることもないからね。一石二鳥よ』



と言ってのけたのだ。旦那さんである私のお義兄さんも二つ返事で頷いてくれた。



『仕事で中々一緒にいてあげられないから、正直助かる』



とは、私の荷物を一緒に片付けてくれているときに言っていた。
私は姉夫婦の誘いを受けた。受けない理由もない。

ただ一つ。私が姉夫婦に引き取られるときにたった一つだけ条件を出された。それは、『帝光中学校』に通うこと。何のための条件かは知らないが、反対する理由もないし、その条件を二つ返事でのんだ。どうせ、家から一番近い学校だから、とかだろうし。
こうして私は、編入試験を経て、無事帝光中学校に編入が決まった。



もちろん、今では後悔している。















































帝光中学校は、部活が盛んらしい。と、言うのも、編入試験を受けに行ったとき、冬休みだというのに、部活中の生徒がわんさかいたからだ。というか、ひとつの部に人がものすごく多い。体育館が1つじゃないのもびっくりだ。しかも武道場は別にあるときた。
流石私立だな……と感心したものだ。そもそも、北海道の田舎の市立中学とは比べ物にもならない。前の通学の制服で赴いたのだけど、めちゃくちゃ浮いてた。すっごい悪目立ち。ベターな紺のブレザーがこんなに……いや、地味だとはもちろん思ってたけども。私立って制服もかっこよかったり可愛くなきゃだめなのか? ってくらい差があるぞ……?
もう、一人教室で試験を受けているときはホッとしたものだ。監督の先生しかいないのがこんなに落ち着くだなんて。
それでも、休み明けに通うときにはもう、帝光の制服になるんだけど。



「部活って必ず入らなくちゃいけない、の?」

「文武両道っていうのがモットーだけどね。入るのが望ましい、って感じかな。文科系の部もあるし、必ずしも『武』じゃないでしょ?」



真新しい白のブレザーは、何だか変な気がする。全く真逆の色だからかもしれないけど、自分には似合っていないようにしか見えなかった。



「え、っと……桃井さん? は何かやってるの?」

「さつきでいいよ。私もって呼ぶね。私はバスケ部のマネージャー。女子だったら、部のマネージャーっていう子も多いかな」

「へぇ……」



髪が桃色のレベル高い女の子が一番最初に話かけてくれた。名前は、桃井さつき。……ネタかな、と思ったのは秘密だ。



「マネージャーねぇ……」



やっぱり大きい学校は違うな。マネージャーの重要があるだなんて。



「今日、赤司君に許可取って、ちゃんの校内案内してあげられるから、その時に色々部活見てみるといいよ」

「ありがとう」



先生じゃなくて、その、『あかしくん』という人に許可を取らないといけないところにツッコミたい。その人はどんだけ権力者なんだ、っていうか同じ学年だよね。部長なの? もしかして。



「じゃあ、行こうか」



綺麗な笑顔に頷いて、席を立った。



「とりあえず、先に赤司君のところに行ってくるね」



桃井さんの後ろについて、その『あかしくん』とやらがいるらしい教室に向かう。



「多分、まだ教室にいると思うんだけど……」



遅れるときは直接言わないといけないんだよね、って桃井さんは苦笑気味に言った。



「あ、いた。……赤司君!」



覗いた教室には人がまばらで、いかにも放課後、という感じだ。『あかしくん』というのは……探すまでもなかった。多分あの人だ。机に向かって何か書いてる赤い髪の人。……ネタなのかな、やっぱり。



「……桃井か。昼に言ってたやつかい?」

「うん。これから転校生の……あれ?」



何か話していた桃井さんが、挙動不審になったかと思ったら、いきなり振り向いて手招いた。
来い、ということだろうか。



「どうか、したの?」

「もう、ちゃん! どこにいるか、って探しちゃったよー」



普通に教室の外にいたけれど……。だって用ないし。



「という訳で、赤司君。こちら、転校生のちゃん。これからちゃんの校内案内に行ってくるから」



ずずい、と前に押し出され、目の前には赤い髪。目線を下げると、赤い瞳と目があった。背に冷たいものが走った気がした。



「そう。俺は赤司征十郎。バスケ部員だよ。……よろしく」

「……、です。よろしく」



よろしくしたくない、と思った。
印象は、そう。整った容姿をしていて、どことなく賢そうだし、概ね好印象だ。自己紹介の際に、わざわざ席を立ってくれたのもポイント高い。
でも何故か、目があったときに感じた冷たさが引っかかる。
にっこりと、人好きのする笑顔はパーフェクトだ。



「それじゃあ、行ってくるね」



行こう、ちゃん。と呼ばれるまで、赤司君の前から動けなかった。
こんな体験初めてだ。
教室を出るとき、少しだけ後ろを振り返り、赤司君がまだ私を見て微笑んでいるのが見えた。小さく手を降っている。それにおざなりに返して、前を行く桃井さんの後を小走りで追った。
あの人に、もう近寄りたくなかった。











                                To be continued......



------------------------------------------
2012/06/16