01.Only you can take your life to heights.





 本来私があるべき世界においては、玲瓏と夜を照らすあの月に数多くの名を付けて呼んでいたものだ。
 朔、始生魄、弓張月、幾望、望月、朧月、玉桂……。挙げればまだまだキリがないし、知らない呼び方も沢山あるはずだ。
 満月を一日過ぎた今日の月は十六夜、またの名を不知夜月という。一晩中月が出ているから「夜を知らぬ」という意味だったと記憶している。確かにこれだけ明るいからこそ、今も外灯に頼らずとも夜の道を不自由なく歩けているのだろうが。
 今日の夕食はいつもよりも早い時間に済ませていた。「夜に会いましょう」という誘い文句が出た時は、ジェイドがお気に入りの紅茶を用意することになっている。その紅茶に合わせた軽食やお菓子も揃えられているはずだ。特にジェイドは燃費が悪いだとか言って、軽食というには無理がありすぎる程しっかりした食事を取ることがよくある。それに付き合うかどうかはその時の気分に委ねられてはいるけれど、どちらにしろ私が食事として摘まめる分は余裕で準備しているだろう。ほぼ毎日、寮で運営している飲食店で給仕の他に調理も受け持っていると聞いているから、料理の腕は確かだ。たまに、というかやたらとキノコが入った料理を出してくるのは些か疑問だけれど、別にキノコは嫌いじゃないから気にしないことにしている。
 ジェイド・リーチは非常に忙しい、様に見える。一日のスケジュールの詳細を聞いた事は無いが、周りからの話や評判等を聞く限り、随分と色々な用事を片付けているらしい。副寮長としてもそうだし、オクタヴィネル寮が経営しているラウンジの仕事もあるだろう。更には彼たった一人しか所属していない同好会の活動もある。他寮の寮長達からは「スーパー秘書」としてその仕事ぶりをとても評価されているらしい。そんなジェイドに対して、大変だね、という人もいるがこれら全てジェイドが好きでやっている事だから、何ひとつ同情してやる必要も慮ってやる必要もない。どうせ興味を無くせば無慈悲に全てを放り出すことだろう。そこに何の未練も残さず。たったの二年にも満たない短い付き合いの中でさえ、既にいくつか、そうやって彼が捨てたものを見た覚えがある。結構な飽き性なのだ。双子の片割れの方が特に顕著というだけで、本当にあの二人はそっくりだ。どっちも質が悪いという事は言わずとも分かってもらえるに違いない。
 目を閉じなくても容易に思い出せる。随分と顔の血色を良くし、興奮を隠さぬまま「海の中には無いものだらけで何もかもが新鮮」なのだと、学園へ入学した当初は目移りして大変だったと語っていた。この世界の知識にまだまだ乏しい私がその事実を隠していたとしても、ジェイドも陸の事にあまり詳しくないためあまり不審がられなかったから、ジェイドと会話をするのは少しだけ気が楽だった。とは言え、おしゃべりの延長でこちらに情報を吐きださせようという思惑があるのではないかとどうしても疑ってしまって、私はあまり話しすぎないように気を付けなくてはいけなかったけど、それを差し置いても他の人と会話をするより随分と楽だった。勿論、ジェイドだけに気を付けるだけでは不足で、どこでその会話の内容を誰に聞かれているか分からない、という事情もあった。ジェイドならばともかく、私はこの世界に生まれて十数年生活しているはずだと言われずとも思われている……いや、思うまでもなく「そういうもの」なのだと認識されている。僻地に住んでいて世間知らず、という生徒もいないことは無かったが、それ以上に私は常識に疎い自覚があった。そもそもそれ以前に、ジェイドとのファーストコンタクトは怪しさのバーゲンセールもしくは押し売りといっても過言ではないと感じる様な類のものだったので、それなりの警戒心を抱かずにはいられなかった。ジェイドという男は、与えられる言葉をそのまま丸飲みに信じ切っても大丈夫と太鼓判を押せる様なタイプではないと思っていた。いや、今でもそう思っている。あの男の放つ言葉がどれだけ真実なのか疑っている。笑顔で心にもない事を平気で言うだろうと。身をもって知っている。
 中庭を横切って、いつもジェイドが特技に磨きをかけているスペースに向かう。存在感のある月のおかげで十分明るいし、妖精やゴースト達によって整備されているから足元に一切の不安は無い。ジェイドはいつも、天気のいい日はそこに色々と持ち込んで紅茶を試している。世界各地から取り寄せられた紅茶は本当に様々だけれど、紅茶という飲み物は私の元の世界にもあったもので、その存在は何となく私を安心させた。紅茶に付けられた名前の由来はほぼほぼ生産地や茶園から付けられているはずなのだが、どういう訳かこの世界に存在しないはずの国の地名がブランドとして付けられている紅茶がそのまま存在している。深入りして詮索することはやめた。もしそれが必要な情報ならいざ知らず、地図上にその地名が無い事は確認しているけれど、そこから風呂敷を広げてしまうと第一の目的である「元の世界に帰る」ことに支障をきたすと思ったからだ。それ以上に、存在しない地名に存在しない魔法という能力に精神が侵されそうだったところを、食べ物や飲み物が一致して、その味も相違ないものだったから安定を図る事が出来たのだと思っている。名前だけ同じの別物だったらきっと耐えられなかっただろう。わざわざ自ら地獄への道に進むほど愚かではない。今や紅茶は精神安定剤のひとつだった。
 ジェイドが海の世界から陸に上がってからこれまでに、興味関心が続いている物の内のひとつが紅茶だ。気になるのであれば、天気が良ければ大抵、中庭のどこかで世界各地から取り寄せた紅茶を淹れては飲み比べて楽しんでいるジェイドの姿を見かけることが出来る。これまでに何度か試飲に付き合ったことがあるが、その腕は確かだ。今のところ不味いと思った事は無い。舌に絶対の自信があるわけではないから、味の細かいところまでなんて判断し切れはしないが、それでも自分で淹れるより遥かに美味しい。ジェイドの淹れる紅茶を飲むためにわざわざ寮から出て、曰く「逢瀬」という表現で表されるこの会合に素直に従っているのは紛れもない事実なのだ。言い訳のしようも無い。
「お待ちしておりました」
 ニコリと笑って、いつもの様に胸に手を当て軽く首を傾げてみせたジェイドは、言葉の通りに待っていたのだろう。私に告げた時間よりも前に来て、セッティングを済ませていたのは明らかだった。
 この男はいつもそうだ。
 紅茶を淹れるお湯の適性温度は沸騰直後の百℃であるのだとか。より香気成分が出た紅茶を味わう事が出来るのだといつだかジェイドが言っていた。席に着けばすぐに紅茶が出てくる。あの男が手を抜くわけが無いので、つまりは一番美味しい状態で提供出来るように私がやってくるであろう時間を緻密に計算して調整している事になる。
 そして使う食器類にも相当気を使っている。この世界は紅茶文化が各国毎に根付いていて、その国特有の紅茶や飲み方の文化が細分化して今も尚受け継がれているところが多い。それに伴い、相応しい茶器にも相当な種類がある。見た目に美しいティーセットは勿論、保温性等を考慮した無骨な茶器もある。私個人は薔薇の王国や輝石の国で主に生産されているティーカップを始めとしたセットが気に入っていた。王道といっても過言ではない、シンプルかつ上品なティーセットを作り出し浸透させたのが輝石の国。薔薇の王国はハートの女王をインスパイアしたかの様なユニークなデザインのティーセット。茶請けのお菓子が発達したのも薔薇の王国からだという。これらは元の世界でも馴染みのある見た目だったというのも理由のひとつかもしれない。ただ、そういった自分の好みをジェイドに伝えた覚えは一切無い。ジェイドどころか、お世話になっている孤児院の神父さまやシスター達にだって言ったことは無かったのに、スタンダードな紅茶を入れる時は大抵私好みのティーセットが出てくるのだ。いや、輝石の国や薔薇の王国のティーセットはとてもメジャーだから、ただ紅茶を出そうとすればそういった茶器が出てきてもおかしくはない。けれど、ジェイドの用意する食器類は全て、彼らの運営するラウンジで取引している業者から、個人的に仕入れている物だ。彼自身でカタログを見て選んでいる。そして、私とジェイドの好みは一緒ではない。
「今日はミルクティーにしましょう。セイロンのいいウバを頂きまして、是非試して頂こうと思って取っておいたんです。ミルクティー、お好きですもんね」
「……えぇ、好きよ」
 正直に言ってしまえば、特にジェイドの好みを知っている、というわけではない。自分が飲めないものを用意しないだろうとは思うので、嫌いなものをわざわざサーブしているなんてことはないはずだ。少なくとも、私の好みは把握されていることに間違いはないらしい。
 出された紅茶を一口飲む。私が飲んだことを確認してからようやくジェイドが向かいの席に座って自分の分の紅茶を飲み始めた。テーブルの上に並べられた三段のケーキスタンドには、それぞれサンドイッチやスコーン、小さいケーキ等が盛り付けられている。そしてジェイドの前にはパスタが盛られた皿が置いてあった。
「食事は既に済まされているようですが、良ければ食べますか? 今日は育てていたキノコでクリームパスタを作ったのです」
「いらないわ。ねぇ、このジャムは? イチゴ?」
「おや、残念です。野イチゴのジャムですよ。少し酸味が強いかもしれませんが、今日のお茶にはぴったりでしょう」
 みるみるうちに減っていくパスタを眺めながら、テーブルの上に置かれていた一冊のノートを手に取った。中間考査が近づいてきているから持ってきたのだろう。軽く中身に目を通すと、今回の試験範囲になるであろう箇所がまとめられていた。これがあれば赤点は免れ、追試や補習に追われることは無いだろう。筆記は、の話になるが。例えば実践魔法や召喚術、魔法薬学に錬金術といったものはかなり運任せだ。全て筆記で試験を済ませてくれれば良いのに、と思わずにいられない。
「今回も魔法史を中心に作成致しました。その分、魔法解析学の割合を減らしましたが、最近魔法構築系の本がマイブームの様ですし、問題ないですね?」
「えぇ、それで問題ないわ。今のところ得意科目と言っても過言ではないくらい、解析学については学んだから」
「それなら次は魔法史について記述されている本を読んでみては? いつも点数低いでしょう?」
「うるさい」
 ジェイド・リーチとわざわざ夜に時間を作ってお茶に付き合っているのは、このノートの為だった。
 名門魔法士養成学校に魔法士の資質があるとか何とかで入学したが、異世界生活二年目の人間に、魔法はおろか基本的な常識でさえ付け焼刃という状態。いきなり湧いて出た馴染みのない魔法なんて力、あると言われても最初は使えもしなかった。そんな人間が魔法士の専門学校に通い始めたところで結果なんて見えていた。勿論、入学する前から落ちこぼれるであろうことなんて分かりきっていたし、それについては特になんとも思っていなかった。何せ目的はナイトレイブンカレッジの図書館だったのだから、どんな成績を取ろうが関係ない。クラスメイト達にどれだけ馬鹿にされようと、悔しく思う事はあれど、そんな事に拘っている余裕は持ち合わせていない。何をどれだけ言われようと、どう思われていようと、元の世界に帰ってしまえば関係なくなるからだ。 
 順調に落ちこぼれとなった私は、それでも授業態度が誰よりも真面目であったからか教師からの当たりはそんなに強くなかった。だからと言って、それだけで成績が良くなるはずもない。例えるならば、算数も出来やしないのに数学VCが解ける訳もない。そんな人間は憂さ晴らしの格好の的になった。どこからか出自が孤児院だというのが知られた、というのもあったかもしれない。少し柄の悪い生徒に絡まれるようになったのも当然と言えばそうだった。暴力だとかそういった行為はなかったけど、常に嫌味や本人に聞こえるように話す陰口なんていうのは当たり前で、しかし言われている内容は、程度の差はあれど大概本当の事だったのでどうしようもない。この世界で初等教育を受けているなら答えられるであろう問題に答えられない事が多いのだから仕方ない。元居た世界では成績が良かったのに、と思ったところでそれを証明できないのだから悔しく思うが全くの無意味だ。この世界では私のプライドなんてゴミくず当然の扱いになる。誰も助けてくれないってことは分かりきっていたが、何度も何度もその事実を再確認し続けた。
 感情論は私の気の持ちようの問題で、それでもここに入学した一番の目的を果たせれば何も問題ないと考えていた。けれど、そうもいかなくなってしまった。
 成績が悪いと、補習や再提出、追試が行われる。これに非常に時間がとられてしまう。そもそも、普段提出の課題ですらかなり時間がとられていた。自分の調べものをしようにも、課題の調べものをすることに時間を費やしてしまって、入学して半年、何も出来ずにいた。この世界のことについて知らなければ、元の世界に帰る方法も調べられないと思っていたから、授業で出される課題が全く無意味だとは思っていなかったから、授業に真面目に取り組んだ。
 魔法史を学べば、昔に同じような体験をした記述が見つかるかもしれない。地理を学べば、住んでいた土地の名前がもしかしたら見つかるかもしれない。古代呪文語を知れば、世界異動の呪文があるかもしれない。魔法薬学を学べば、元の世界に帰る薬があるかもしれない……。可能性はゼロではなかったから、真剣だった。それでも焦りは募っていく。学園には四年間しかいられない。留年なんてしたら、費用が掛かってしまうし、お世話になっている孤児院に迷惑を掛けたくなかった。今の状態のままだと四年間で何の成果も得られずに終わってしまう。けれど、どうすることもできない。そんな壁が立ちふさがって二進も三進も行かなくなったところに声を掛けてきたのが、隣のクラスに在籍していたジェイド・リーチだった。
「僕の恋人になれば、貴女が厭うものを退けて差し上げます」
 感情の読めない笑顔に、けれど言われている内容はその時の私にとって一番の解決方法だと思った。
 取引だと言い切ったその内容は、ジェイドの望む恋人になる代わりに、主に成績について援助するといったものだった。
 入学して最初の年、ウィンターホリデーに入る前の期末考査で、オクタヴィネル寮のアズール・アーシェングロットが試験対策ノートと引き換えに『五十位以上になれなければ能力を取り上げる』といった内容の契約を結び、結果沢山の契約違反者が出てしまい、学園長が事態の収拾に乗り出すという騒ぎが起こった。結局大勢の生徒を解放するために寮内で『モストロ・ラウンジ』を開くに至る事件が起こった。この契約に使われた試験対策ノートは、アズール・アーシェングロットが独自にナイトレイブンカレッジ過去百年の出題傾向を調べ作成されたもので、教師陣も舌を巻くほどの出来だったという。実際契約を結んだ生徒はそのノートの恩恵に預かり、高得点を叩き出した。ただ契約人数が多かったため、五十位から漏れてしまう生徒が沢山出たのだ。
「僕もまだ陸に上がって一年も経っていません。まだまだ知らないことばかりです。ですから、少し世間知らずな貴女と一緒に学んでいくのも悪くないかと思いまして」
 ジェイドが私に取引を持ち掛けた理由を語りだしているが、理由なんてどうでもいい。
「試験対策ノートを作ったのはアーシェングロットなんでしょう? じゃあアーシェングロットと取引するのではないの?」
「あのノートでは貴方の成績は、まぁ多少の改善は見られるかもしれませんが、それは中間や期末考査だけの話です。貴女が一番欲しいのは、毎日の余裕かとお見受けします。もちろん、ノートによって試験の点数も赤点を取るなんてことはなくなるでしょうが、僕が日々出される課題について手厚くサポートさせていただく、ということです」
 確かに、それをしてもらえるなら格段に私の時間は増えるだろう。つまり家庭教師みたいなものだと思えばいい。
「恋人って、何を望んでいるの? それが四六時中一緒に過ごすとかそう言ったものならお断りなんだけど。後、夜中に寮を抜け出すとかも無理よ。ご存知の通り、私の成績は酷いからせめて内申だけでも優等生でいないといけないもの」
「えぇ、もちろん。貴女の評価を落とすような真似は致しませんしさせません。貴女が一人になれる時間はもちろん必要でしょうから」
 恋人だなんて必要ない。元の世界に帰れば無かったことになる関係だ。取引の内容についてまとめられた契約書に、期限について記載はなかったけれど、恋人になる対価としてジェイドが支払うものは『私が厭うものを退ける』である以上、学園在学中に限られる。学園卒業後について言及されようが、元の世界に戻る気でいるし、もし万が一戻れなかったとしてもジェイドと一緒に生活できる環境で無ければ無効だ。
「いいわ。取引しましょう。貴方が私の成績について援助する、そして私は貴方の恋人となって貴方がしたい事に応える。そういうことでいい?」
「えぇ、それで結構です。まずは週に最低一回は一緒にお茶でも飲みましょう。陸に上がって紅茶を淹れるのが得意になったんですよ」
 ジェイドと取引して以来、補習や追試に悩まされることが無くなった。また、予定外の収穫もあった。憂さ晴らし的に絡んできていたクラスメイト達が関わってこなくなったのだ。余程ジェイド・リーチとお近づきになりたくないらしい。ジェイドの質の悪さについて知らない生徒は、少なくとも同学年にはいないだろうから当然とも言える。
 ジェイドは思いのほか恋人関係を楽しんでいるようで、特段私に対して紳士的に接してくる。面倒くさい性格をしている男だと思う事は多々あるが、それも目的の前には些事だ。
 取引通り、私は以前とは比べ物にならないくらい自由な時間を手に入れることに成功したのだった。
「そう言えば、最近図書館で異世界から来た監督生さんとお話されたそうですね」
 ノートを捲りながら過去を振り返っていると、ジェイドはいつのまにパスタを食べ終わってサンドイッチに手を伸ばしているところだった。テーブルに用意したものを食らい尽くさんとする姿に、毎度のことながら呆れ半分感心半分といった気持ちになる。燃費が悪いのだというジェイドは良く食べる。どうせこのお茶会が終わって自寮に戻った後にまた夜食を食べるのだろう。
「随分と勤勉な子みたいで、「この世界について知りたい」んですって。それで誰に聞いたか知らないけど、私が一番図書室に詳しいって言われたらしくて」
「おや、それはそれは……それでどうしたんです?」
「別に……断る理由も無いし、可哀想でしょう。知らないことで抱く孤独感が分からないでもないから普通に出来る事なら協力するって言ったわ」
 カチャン、とジェイドの持つティーカップが音を立てた。
「てっきりそんな余裕はない、と断ったのだとばかり。貴女自身の時間が減ることを何より厭うているじゃないですか。監督生さんに付き合って、僕との時間を取れなくなるのは違反ですよ」
「それは勿論。ジェイドが親身になって私の課題に付き合ってくれるおかげで沢山時間が捻出出来るのだもの、契約通りこうして貴方に還元しているでしょ?」
「えぇそうですね。貴女が僕の誘いを断った事は一度もありませんから」
「でしょう? 恋人に尽くすタイプなの」
「奇遇ですね。僕も恋人には尽くすタイプなんですよ」
 お似合いですよね、僕達、と笑うジェイドを見やる。監督生に手を貸すことを、ジェイドは良く思っていないらしい。いまいちジェイドが私を恋人にした理由が図りきれていないから対応のしようもない。
 まぁいい。ジェイドは私の邪魔をしない。それが恋人になる対価なのだから、特に気にする事も無いだろう。私がやるべきことはただ一つ、元の世界に戻ることだ。監督生はただの手段でしかない。まるで物語の主人公のような存在だからこそ、私は絶対に元の世界に戻る方法が見つかると確信しているのだ。