00.I'm here to show you that you're not alone,no.





この世界は理不尽と不平等にまみれている。




諦めてしまえたらどれだけ良かったことか。
いや、諦めようとは何度も思った。この世界も、決して住みにくいわけではない。良くしてくれる人もいたし、生きる上で困る事の無いような生活を送れた。私は運に見放されてはいなかったのだと、慰めることが出来たけれど、それは私の望んでいたものではない。
ふとした瞬間、今会う事の出来ない家族や友人、はたまた好きだった食べ物や景色が瞼の裏に浮かぶと、もう堪らなくなった。ここには存在しないそれらをどうしても求めてしまうのだ。当然である。私はこの世界に生まれ育ったわけではないのだから。何時間何日何年過ごそうとも、自身が異端であると意識せざるを得なかった。どれだけ親身に接してくれる他人がいようとも、常に私は独りきり。誰もこの孤独を分かち合えない。理解はしていても、割り切れるものではなかった。いつだって私は帰りたかった。知らない世界で命を脅かされず親切に接してもらえる幸運などいらなかった。

世話になっている院に黒い馬車が迎えに来た時、院長やシスター、子供たちがまるで自分の事の様に喜び祝いの言葉をよこしお祭り騒ぎになった。当然、私も嬉しかった。数年前に共学制へと変わった名門ナイトレイブンカレッジへの入学権が目の前に転がってきたのだから。街の片隅で細々とやっている小さな院とは比べ物にならないほど情報に溢れていることは想像に容易かった。
この院には世話になった。小さな子供でも知っている事を知らない、見るからに怪しい私を何も聞かず何も言わずここに置いてくれた。故郷の偉人の慈悲の精神に基づきこの院を経営しているそうだが、詳しいことは分からなかった。常識知らずの私が生きていけるのは彼らのおかげである。感謝している。けれど、限界があった。この院にも多くの蔵書があったけれど、私がこんな世界に来てしまった理由や元の世界に帰る手がかりとなりそうなものは見当たらなかった。この世界の事を学ぶ傍ら、自分の世界に戻る方法を探すのは無理があった。
しかし、世界中から優秀な魔法士になるべく集められるナイトレイブンカレッジの蔵書は伝え聞く限りでも相当の量があるらしい。期待せずにはいられなかった。
院長たちの後押しすら関係なく二つ返事で馬車に連れられて、私はナイトレイブンカレッジに入学することを決めた。
ナイトレイブンカレッジは優秀な魔法士を育成するための学校である。そのため、最低条件として「魔力」がなくてはならない。魔法なんてものが存在しない世界からやってきた私にその魔力があるだなんて眉唾物だが、無事入学を果たすことが出来た。どうやら魔力があったらしい。魔法士になる気などさらさらない私に、その魔力がどういったものかなんてあまり興味はなかったけど、学べば何かしらに使えるかもしれない。そんな打算があったことは確かだ。
入学した私は、ひたすら図書室に籠って本を読んだ。片っ端から読んでいった。噂に聞いた通り、先が見えないほどの蔵書の数々。本棚に入りきらず宙に浮いている本もあるくらいだ。私は期待した。何かしらの手がかりが掴めることを願って。
活動が活発でない部活に登録し籍だけ置いて、ホリデーにも院に帰らず、時間の許す限り本を読んだ。好奇心で寄ってくる生徒たちを適当にあしらい相手もせずに本だけ読んでいれば、その内に私は「本に憑りつかれている」だなんて気味悪がられて寄ってくる生徒もほぼいなくなった。しつこく纏わりつく奴もいるにはいるが、何を考えているのか興味はない。私は探し物が出来れば何だってよかった。何せ蔵書が多すぎて四年間の在学で読み切れるかどうか。そもそも方法さえ見つかれば四年も通いきるつもりなどない。とにかく早く帰りたかった。

この世界に飛ばされて三年目の秋、私とは別の異分子が現れた。
彼女も同じように知らない世界に飛ばされ、行く当てもない。私と違い「魔力」が無い彼女はこの学校にいる意味もないだろうけど、雑用係として衣食住を保証されたそうだ。

「あの、初めまして、先輩。先輩はこの図書室に学園一詳しいのだとお聞きしました」

私には関係のない話だ、と特に彼女の事など気に掛けていなかった。そんな時間があるなら帰る方法を探さなくてはならなかった。在学二年目になっても、蔵書の半分も当たれていない。もちろん手がかりなど何もなかった。焦燥感だけが溜まっていく。何をどう探せばいいのかすら分からなかった。

「私、いきなりこの世界に飛ばされてしまって……何も分からないんです。異世界、から来たんです。信じられませんよね」

世話になっている院に、自分の事情など打ち明けられなった。異世界から来ました。魔法の無い世界です。常識が分かりません。言おうとも思った。けれど、異世界から来たなんて荒唐無稽な話、誰が信じてくれる? 良くて病人扱い、酷ければ悪魔扱いでもされるかもしれない、と思った。事実を話すのは賢明じゃないと判断した。だから誰にも打ち明けず、ずっと一人で探してきた。
けれど彼女は。

「この世界の事を学びたいんです。でも、何から学べばいいのかも分からなくて……」
「……自分の元いた世界に戻る方法はいいの?」
「あ、それは学園長が調べてくれる、って言ってくださったので! グリム……あ、猫みたいな狸みたいな動物なんですけど、そのグリムと二人で一人の生徒としてこの学園で学べることになったんです! 私は魔力が無いので、知識だけでも身に付けないと、と思いまして」
「学園長が……調べて……」

彼女の言葉など頭に入ってこなかった。膝の上にのった拳に力が入る。
ずっと一人で探してきた。誰も助けてなんてくれない。この世界は自分勝手だから、私の事情なんて誰も慮らない。そう思ってひたすら本を読んでいた。

「そう……大変ね。見知らぬ世界、知らない常識だらけの世界にいきなりやってきてさぞ不安でしょう。私でお手伝いできることならもちろん、協力するわ。安心してこの学園生活を過ごしてね」
「ありがとうございます先輩!!」
「いいの。分からないことは何でも遠慮なく聞いて」
「本当ですか! この世界に来て初めてです、こんなに親身になってもらえたのは!! こんなに優しい先輩がこの学園にいるなんて思ってませんでした!」

ふざけるな。

「学園長もお忙しい方だから、激務に忙殺されるなんてこともあるかもしれないし、定期的に進捗を訪ねた方がいいかもね」

この世界にやってきて三日もしないで、いとも簡単に協力を取り付けられる。僻みだと言われればそれまでだけど、私では学園長に帰り方を探してもらうなど到底無理だ。
ふざけるな。わたしのこれまでの三年間はなんだったのだ。
学園長がサボらなければ、きっと彼女が帰るための方法は見つかるのだろう。腹が立つ。
どうにかなりそうだった。妬み嫉みでこんなに苦しくなるとは思わなかった。
こんなにも早く彼女は受け入れられて、自分で探さずとも帰る方法を探してくれる誰かがいる。どうして、私は。

「こんな事、前例がない!って言ってたので、どうなるかわからないですけどね。でもそれなら精一杯この世界を楽しもうかな、って。私の世界には魔法なんてないんですよ。だからちょっと楽しみなんです!」

じゃあずっとここにいればいい。笑顔で楽し気に言う彼女を見て思った。
そうだ。そんなにはしゃいでいられるなら、きっとこの世界に馴染める。この世界から帰りたくなくなるかもしれない。いや、そう思わせればいい。そうして見つかった帰る方法で私が帰ればいい。そうすれば何も無駄にはならない。そうだ。それがいい。そうしよう。

「とても前向きね」
「『ポジティブになりなさい』ってよく言われてたんです。だからですかね」
「そう、とてもいい言葉だと思うわ」

私は一生懸命あなたがこの世界で上手く生きて行けるように助けよう。頼れる仲間や友人を沢山作り、置いて帰るのが惜しくなるほど大切なものが増えるように。
そして帰る方法が見つかった時には、これまでの探してくれた努力を無碍にすることがないよう、私がそれを使おう。大丈夫。この世界はあなたの望む通りの居心地の良いものになる。自身を持って、そう、ポジティブに考えるの。
私は帰る。居たい場所に帰る。

「よろしくね、監督生さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

何も問題ないわ。