ジェイドと同級生女子の話



「ジェイド先輩の事が好きです……!」

植物園に授業で必要な薬草類を取ってくるようにクルーウェル先生に頼まれた。普段なら先生が全て用意しているはずだが、どうにも急用が出来てしまい、ちょうど通りすがった私にメモだけ渡して姿を消してしまった。昼休み明けの授業で使うようだ。メモを確認すると、内容的には簡単で、恐らく一年生向けの授業だろう。難しいものでもないし、と食事を取ってから植物園に向かった。

ナイトレイブンカレッジ。元は男子校であったが、近頃の女性の社会進出やら男女参画社会均等なんちゃらにより、数年前から共学制となった。とは言っても男女比は8:2程だろうか。各学年に10人いるかいないかくらいである。各寮の各学年に1〜2人程度だ。
そんな少数女子達ではあるが、学園生活はそれなりに快適である。寮の部屋は談話室だけ共通で、私室は完全に男子と分かれているし、クラスも1年の時は女子をそこそこ固めてくれるし、学年が上がれば寮長や副寮長と同じクラスになるよう配慮される。魔法を使用した私闘は勿論禁じられているが、女子に限っては護身魔法を認められている。体力育成の授業も、男子よりかは多少軽減される。あと、これは別に学校の制度ではないけれど、月一で全学年女子+各寮寮長の定例報告会のようなものもある。寮長の中にはこの報告会をかなり嫌がっている人もいるけれど。まぁ、女が三人そろえば姦しいなんていうくらいだもんな。分からなくもない。
そんな私は、ハーツラビュル寮2年E組の女子である。成績は悪くはない。2学年は狡賢いやつが結構いるので、上位の成績を取るのに中々苦労するが、毎回学年20位以内には辛うじて入っている。

成績優秀な私は、学園生活においても優等生だ。今年入ってきた寮の新入生、デュース・スペードは私を見習ってくれてもいい。あの子元ヤンなのあんまり隠しきれてないから……寮の人優しいから皆あまり突っ込まないだけで。
まぁそんな優等生である私は、先生からの頼みを断るわけもなく、大人しく植物園に来たわけだ。
指定された薬草を採集していると、植物園の外から声が聞こえる。この場所から外というと、ちょうど入り口の裏手側で、人通りも少ない場所だったはずだ。そんなところで声が聞こえるなんて何だろうかと、茂っている草木をかき分けて声の下方向を見れば、ちょうど告白現場だった。しかも片方は知ってる顔だ。ジェイド・リーチ。同じクラスで……かなり厄介な存在だ。告白している女子はあまり見覚えがない。先輩と言っていたし、1年生なのだろう。こちらからではベストや腕章が見えないのでどこの寮かは分からない。女子生徒は必死に思いの丈を伝えようと体を震わせながら一生懸命だ。さっさと退散しよう、とかき分けた草を戻そうとしたが、ふいにそのジェイドがこちらを見て笑った、様に見えた。ここにいる事がバレたらしい。存在を認知したからか、クリアに声が聞こえる。

「すみません、お気持ちはありがたいですが、僕には恋人がいますので……ね?」

まだ話している女子の言葉を遮ってジェイドは微笑み、植物園の壁に手を添えた。向こうから完全にこちらも見えているだろう。女子生徒は顔を真っ赤にしてダッシュで走り去っていった。ポムフィオーレ寮の子だった。これは完全に誤解されたぞ……と呆然と見送っていると、コンコン、と軽くガラスを叩く音がした。

「今からそちらに向かいますから、待っていてくださいね」

ジェイドはそう言って踵を返したけど、そう言われて大人しく待っているわけがない。植物園の裏側ではあるし、入り口が一か所しかないので詰みにも思えるが、植物園の中は色々なゾーンに分けられている。色々と経由していけば、すれ違うことも可能だろう。と、私が考えることくらいジェイドは予想済みなはずだ。昼休みが終わるまでに薬草を届けなくてはいけないし、ここはまっすぐ一直線に入り口に向かえばジェイドに会わずに済むに違いない。そうと決まれば善は急げ。走って時短しよう。そうしてダッシュして入り口が見えた時、足を止めた。

「おやおやそんなに急いで……待ちきれなかったんですか?」

悪だくみをしているときの顔でジェイドが入り口に立っていた。口から特徴的なギザギザの歯が見えている。
こいつ、入り口で待ち伏せしてやがった。

「ふふっ。以前僕から逃げようとしたときは色々迂回していましたからね、今回もそうするかと思ったのですが、片手にメモ紙を持っているのが見えましたから。昼休みが終わるまであまり時間もありませんし、急いでここから出ようとされるのではないかと。そもそも入り口はこちらしかありませんしね」

また逃げられなかった。しっかりと磨かれた革靴がゆっくりと近づいてくるのが見える。

「……えぇ、言う通り、時間があまりないの。私も次の授業の準備があるし、そこを避けてくれないかな」
「一クラス分の薬草となると量も多いでしょう。入り口の近くに置いてあるカゴもそうですよね? 運ぶお手伝いをいたしますよ」
「いや、大丈夫だから! 取引だなんだとか言われちゃたまらないもの」
「おや、恋人の手助けをするのに取引等と言うのは野暮、というものではありませんか? ……まぁそんなに気になさるのであれば、貴女からのキスが欲しいですね。貴女のキス一つで僕はいくらでもお願いを聞いてしまいますから。特別、ですからね」
「私と貴方は恋人じゃないし、キスだなんて絶対にするわけないでしょ!!」

そう言えばさっきの告白だって誤解を招くような断り方をして、私に風評被害がこれ以上来たら困るどころじゃない。そうだ、その文句を言っておかなければ、とジェイドに向き直る。けれどジェイドはニッコリ笑って時計を指さした。

「時間、大丈夫ですか?」

言われて時計を見れば、もう余裕はない。
どうせジェイドに文句を言ったところで柳に風、こちらが疲れるだけだ。諦めて、自分が持っているカゴの上に、もう一つのカゴを積んで植物園から出ようとして……カゴを奪われた。

「手伝いますよ、と言ってるじゃありませんか」
「必要ありません、とも言ったつもりなんだけど」
「つれないですねぇ。ほら、行きましょう」

カゴを奪ったジェイドがさっさと植物園から出て行く。カゴから少し零れてしまった薬草を拾ってから追いかけた。

「あぁそうだ。誤解を生みたくないならいい方法がありますよ」
「いいよ言わなくて。どうせ参考にならないから」
「僕が告白されなければ、ああして断らないわけですから。その為にも、休み時間ずっと一緒にいるというのは如何です? そうしていただければ、僕は貴女の傍から離れませんし」
「馬鹿じゃないの?」

頭が痛くなって抑えたかったけれど、カゴで両手が塞がっていたから断念した。







A
バンバンバン、と私室のドアが激しく叩かれた。

先輩! いらっしゃいますか!!」

続いて聞こえた声が新入生の男子学生のものだったから、ドアを開けるついでに注意した。

「ちょっと、寮の女子棟には男子の立ち入りは原則禁止! 入学初日に言われたでしょう?」
「すんません! でも、でも監督生が男じゃなくって、それで体調が……! こういうのは女の人に聞いた方がいいってデュースが言ってて!」

どうやら相当慌てているらしい新入生――エース・トラッポラが言ってることがどうにも分からない。エースの言う監督生というのは、今年特例で入学した例のオンボロ寮に入った新入生の事だろう。エースとデュース、それと空飛ぶ狸と一緒にいるのを何度か見かけたことがある。そう言えば、リドルがオーバーブロットした事件の時にもいた気がする。確か今はマジフト選手襲撃事件について捜査しているとか。ケイト先輩がマジカメにupしてたな。

「体調悪いなら保健室に連れて行った方がいいんじゃないの?」

いいから来てくれ、と焦りまくっているエースに腕を引かれて連れて行かれた先は、オンボロ寮だった。

「そう思って保健室行ったんスけど、先生いなかったんですよ!」

先輩連れてきた! と叫びながら入った部屋には、オロオロと飛び回っている狸と、ベッドから少し離れているところに座って顔を真っ青にしているデュース、ベッドに横になっている監督生がいた。一体何事で呼ばれたんだ。悪いが私は魔法薬学は得意ではないし、回復魔法もまぁまぁ使えるね、って程度だ。

「一体何事なわけ?」

何事かを3人同時に喚きだしたものだから黙らせて、ゆっくり話を聞いていった。随分焦っているみたいで中々話の要領が分からなかったけれど、ようやく理解した時にまず一番最初にしたのは、全員部屋の外に追い出すことだった。

「騒がしくってごめんなさい。……あなた、女の子だったのね」

男子と同じ制服着ているからてっきり男の子だとばかり思っていた。

「いえ……学園長も後から気付いたみたいで……。女子制服って受注生産だそうで、自分の分の制服がまだないんです。後数日で出来上がるみたいなんですけど、でも男子制服でも困らないっていうか、こっちの方が動きやすいのであんまり急いでもいなかったんです。そうして過ごしている内に、男だって勘違いされてたみたいで……。見た目もボーイッシュですし、自分」
「まぁ……それはそうかもしれないけど」
「隠していたつもりはないんですけど、そう言えばちゃんと言ってもいなかったな、って。だらだらしていたら、こうして女子特有のヤツが来ちゃって、って感じです。むしろ騒がせちゃってすみません……」
「いいよ。そう、そうだ。お腹痛いんだっけ。一応私が使ってる痛み止めあげるから、飲んでみて。私用にカスタマイズされているんだけど、普通の痛み止めとして全然使えるから」
「すみません。ありがとうございます」
「あとで保健室の先生連れてきてあげるから、それまでゆっくり休んでいて」

後日、休み時間に昼食を取ろうと席を探していると、例の監督生に呼び止められた。

「先輩! 先日はありがとうございました! これからお昼ですか? よかったらご一緒させてください!!」
「もちろん構わないけど……いつものメンバーは?」
「それが、さっき魔法史の授業だったんですけど、3人とも爆睡しちゃって。今トレイン先生のお説教中なんです」
「それはそれは……またリドルに首をはねられるんじゃないの」

クリームパスタを取って席に座る。向かいには監督生が座った。

「この間頂いた薬、とても効きました。先輩用に調合されたっておっしゃってましたけど、凄いですよね! 自分で薬を作れるなんて! 魔法薬学が得意なんですか?」
「あれは……私が自分で作ったわけじゃなくて。作れなくもないけど……効果の高いものを作るには時間がかかってしまうし。私ね、筆記の点数はいいんだけど、どうにも実践となるとあんまりなの」
「そうなんですか? デュース達が先輩は成績がいい、って言ってたので……」
「悪くはないんだけどね。もちろんエースやデュース達に比べたらめちゃくちゃ成績いいでしょうけど。それより監督生さんはどうなの? 今度のマジフト大会が終わったら期末テストが始まるけど」
「うっ。そうなんですよね……どの科目も授業についていくのも精いっぱいで……」

しょんぼりと俯いた監督生に、そう言えば彼女は魔法の無い世界から来たと聞いたな、と思い出した。

「まぁ、そうよね。慣れない環境に聞いた事もない地名や人名、薬草の名前なんて覚えられないよね……」
「っ! そう、そうなんです!! みんなが小さい頃から知っている常識的なことも自分は知らなくって……もう何から調べればいいのか」
「……分からないことあったら教えるよ。私の部活週3だし、結構時間空くからいつでも声掛けて」
「本当ですか? 正直助かります……」
「いいの。今年はハーツラビュルの新入生に女子いないし、後輩出来て嬉しいから。もちろん勉強以外でも……お茶会とかしよう。トレイ先輩には負けるけど、これでも調理研究会だし、お菓子作れるから」
「いいですね、お茶会! ぜひやりたいです!」
「よかった。じゃあ私、次錬金術で作業着に着替えないといけないから、先に行くね」
「あ、はい。先輩お疲れ様です!」
「うん、じゃあね」

可愛い後輩に手を振って食堂から出る。更衣室によって白衣に着替えてから実験室に向かえば、教室の前にジェイドが立っていた。眉間にしわが寄るのを感じる。いや、同じクラスだし、授業が一緒になるのは当たり前なのだけど、ああして誰かを待つように立っているだなんて嫌な予感しかしない。

「お待ちしてましたよ、さん」
「……一体何の用なの」
「貴女専用の痛み止めが無くなったのではないかと思いまして。どうぞ」

差し出された薬を見る。いつものボトルに入っている。

「どうして無くなった事を知っているの……」
「さぁ、なんででしょう。僕は貴女の事なら何でも知りたいと思っていますから、偶然、知れることもあるでしょうね。勿論貴女自ら教えてくださる情報が一番ですけど」

ジェイドの作る痛み止めがかなり助かっているのは事実だ。毎月毎月お世話になっている。対価もジェイドが早々に持っていっている。言いたくないけどお礼は言わなくては。

「……いつもありがとう」
「いいえ。お題は既に頂いてますから。前にも言ったでしょう? 貴女のキス一つでいくらでもお願いを聞いてしまう、と。貴方は特別ですから」
「っ、ジェイド!」

ちょうど教室に入ろうと、出来る限り私達から距離を取ろうとしていたリドルがぎょっとした顔でこちらを見た。
寮長なんだから私を助けてくれたっていいじゃない。そんなにも避けようとしないでよ! いや、リドルがリーチ兄弟から可能な限り距離を取ろうとしている事は一年生の時からよく知っている。私がジェイドに絡まれるようになった時も顔を真っ赤にして「今すぐに別れろ!」と。いや、付き合っていないからそれは誤解なのだと説明するのに随分時間がかかったな、あの時は。
何とか助けてよ、という顔でリドルを見るも、さっ、と顔を逸らされた。おやおや、という楽しそうな声が頭上から聞こえる。

「授業が始まってしまいますね。席に着きましょうか」

まるでエスコートするかのように腰に添えられた手を叩き落とした。