観賞魚の人魚とジェイドの話





彼女は非常に弱い個体だった。けれどそれ以上に、とても美しく目を引く人魚だった。エレメンタリースクールに入った時から彼女は有名であったし、美しい色彩と綺麗な尾ひれ、教師でさえ見惚れていたものがいたくらいだ。
その美しさに加え、彼女達の種族は繁殖が難しいとされ、彼女は特に大事にされていたように思う。そうして大事に守られていたからこそ、彼女はここまで生き永らえたのだろう、と最初はただそれだけだった。
彼女はその美しさとは逆に、いつも俯き加減でただ佇んでいることが多かった。誰もかれもが彼女を高嶺の花だと遠巻きに眺め、それこそ観賞していたからだ。
だからちょっと興味が湧いたのだ。美しい彼女は俯かせたその顔に、どんな表情を浮かべているのか見てみたい。全く興味なさそうなフロイドを置いて、彼女の元へ泳いでいった。
僕に気付いた彼女は顔を上げて……嬉しそうに笑った。それを見たら、つい、自分の尾を彼女の赤い綺麗な尾に絡め締め付けていた。嬉しそうな顔から一転、目の端に涙を溜め、小さくうめき声を上げ、苦し気に顔を歪ませた彼女のその表情を見て、背中がゾクリと震えた。

「ジェイドってば、そんなにちゃんの事気にいったのぉ〜?」

若干つまらなさそうに言う片割れに、ニッコリと笑いかけた。

「えぇ、フロイド。とても気に入っていますよ」
「ふぅ〜ん。まぁいいけどさぁ……」

彼女の顔が苦しそうに歪み、そこから少し力緩めればほっとしたように表情を緩める。それら全てが僕の腕の中で変わるのだ。どれだけ眺めていても飽きが来ない。
何より彼女は一切逃げない。逃げ方を知らないのではないかと思う程に。僕に何をされるか分かっていて尚、逃げない。その事に随分と気分が良くなって、ますます彼女を囲った。
僕以外誰も彼女に触れられない、それを目の当たりにしてとても幸せだった。
「好き」だとか「愛している」だとか言わずとも、尾を絡ませて腕に抱くことを彼女は受け入れてくれる。それが答えも同然だ。







ジェイドはよく手紙を書く。

この名門ナイトレイブンカレッジに通うまで、自分が筆まめだとは思っていなかった。というよりも手紙を出す必要がなかった。
陸の学校に通う事になって、自身のつがいになる予定の彼女にそれを伝えた時、彼女は目を大きく見開いて涙を流した。周りはそれを、遠距離恋愛になる寂しさだと解釈したようだったが、ジェイドは正しく理解していた。喜んでいるな、と。きつく抱きしめても尚、それを気にも留めず嬉しそうな顔をして見せた。あの顔を見た時彼女に惚れ直したと思っているし、あの時の事を思い返すと、口元が愉悦でつり上がるのを止められない。好きな子程虐めたい、という稚魚の頃によくある傾向を自分も持っていたとは。

「ジェイドまた手紙書いてんの?」
「えぇ、今週は一日しか海に戻れそうにないですし」

陸に上がって学校に入学した当初、週一で帰郷するのも大変だった。慣れない陸の環境に適応するのには時間がかかる。生活様式がまるで違うのだから。頻繁に帰っていたのでは陸に慣れる事に余計時間がかかってしまう。それにアズールが寮にモストロ・ラウンジを開業する手伝いをしなくてはいけなかったし、時間が中々取れなかった。そこで試しに手紙を送ってみたところ、殊の外彼女が喜び、期待していなかった返事まで来たのだ。海からの返事は貝殻に書かれていて、寮で与えられている私室のスペースにも限りはある。ジェイドは彼女からの返事が部屋の幅を取ることを気にしなかったが、相棒のフロイドが貝殻を割りかねないので、海でも使用できる特別なレターセットをプレゼントすれば、それを喜んで使って返事を送ってくれた。海へ会いに行けば、怯えたような顔をするくせに、陸の話をねだってくる。陸に上がってみたい訳ではないようで、幾度か誘ったがそれは断られている。
ジェイドは彼女が、自分が彼女を想うのと同じ様にジェイドを想っているとはもちろん思っていなかった。ジェイドにとって、彼女が自分を愛してくれることはそんなに重要ではない。言ってしまえば、彼女が自分をどう思っているかあまり興味がない。興味はないが、彼女が喜んでこの文通を楽しんでいる様子を見るのも悪くないと思っている。

「オレ、ジェイドの好みがちゃんみたいな弱っちぃ人魚だとは思ってなかったなぁ〜」
「そうですねぇ。もう手放せないものですから」
「彼女のあの鈍感さには呆れたものですが、ジェイド、貴方のその執着も本当に呆れてモノが言えませんよ」
「おやおや二人とも、酷いですね」
「全然気にしてないくせに」
「ふふっ。まぁ、そうですね」

ジェイドにとって何より大事なことは、自分がどれだけ彼女を愛しているのか、という事だけだ。