母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 漆






鬼殺隊の推し活をしているオタク一家に生まれた私は、そう言った知識が何故かあるが故か、両親や弟妹と同じドルオタになることが出来ず、日々疎外感を感じている……事は全くない。母が同担拒否しかも過激派であるからなのか、家族内で推し語りをすることがほぼほぼないのだ。その割に皆私に自分の推しの良さをつらつらつらつらと語ってくるのだが、最近これがいわゆる布教なのだと思い当たった。特に弟が酷い。自分の推しが蟲柱である胡蝶様で、女性だからもし万が一私がファンになったとしても恋愛に発展しないから、と安心している節がある。勘違いしないでほしいのは、弟は決して胡蝶様に恋慕しているわけではない。自分の家族が推しにガチ恋するのが解釈違いという話である。それに、過激な母を見て育ったからか、弟妹達の推し活はまぁまぁ目立たないようにやっている。と思う。
さて、家族内で一番推し活に熱が入っている母の推しは、現在我が家に逗留されいる鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎殿である。先程まで町に出かけていたけれど、もしこれが母に見つかると大変なことになる。そもそも出かけなけりゃいーじゃんと思うだろうが、煉獄殿の再三にわたるお誘いの嵐を断り続けるのも大変なのだ。というかその誘われているところを母に見られるのも物凄くまずい。幸い、煉獄殿は明日にも任務に発つと聞いたので、これで暫く私の心の平穏が保たれるわけだが……それはさておき。



「あの……さん……」



何やら思いつめたような顔で呼び止めてきたのは、煉獄殿と同じ鬼殺隊で、現在我が家にて静養&修行(静養しながら修行というワードに矛盾を感じる)をしている女性隊士さんだ。



「何かお困りでしょうか?」
「いえ、その……。さんは、炎柱様と恋仲でいらっしゃるの……?」
「え」



どこか泣き出しそうな声で問いかけられる内容に、思わず素の声が漏れてしまった。同時に母の事が思い出される。ここ数日の煉獄殿と女性隊員のお世話は私と妹で行っている。いつもならば母が煉獄殿に付きっきりで対応に入るのだけど、母は鬼殺隊内で恋愛事の気配を察知すると、店の方の仕事に回るのだ。理由としては「推しの恋路の邪魔をしない」だろうか、詳しい事は母にしか分からないが。同じく担当になった妹は、母絡みで煉獄殿が苦手な為、ほぼ私が煉獄殿の対応に当たっている。



「煉獄様とそのような関係ではありませんよ」



安心させるように微笑みながら言えば、そんな思惑とは外れて女性隊員さんの顔は険しくなった。



「恋仲でないのに、あんなに逢引して贈り物まで受けとっているんですか……!」
「え、あ、逢引なんかじゃ……」
「お気づきにならなかったとは言えませんよ! さん、貴女、女学校に通ってらっしゃるのでしょう? 男性と二人で出かけて、贈られた品々を身に付ける意味をお分かりでないはずがありませんよね?」
「そ、それは煉獄様の善意で」
「まさか! それはあんまりにも酷いお言葉です。炎柱様をお慕いされていないのなら、何もかもを断るべきです」
「あの、その」
「炎柱様、夜寝る前に容体を訪ねに来てくださるんです。夜に、男性が、女の部屋に、来るんです! 期待するじゃないですか! なのに炎柱様は部屋の外からお声を掛けてくださるだけ、ふすまに手を掛ける事すらされない! そしてその足でまっすぐ貴女の元に向かわれるんです。それなのに、それなのに恋仲ですらないだなんて……もてあそんでいるんですか!?」
「そ、そんなつもりは……」



何だか凄い勢いで詰められているけど、確かに言われてみれば彼女が正しいことを言っているように思う。
応えるかどうかもわからないのに贈り物を何も考えず受け取るのはよろしくないかもしれない。



「……確かに、仰る通りだと思います」
「でしょう。さん、どうされるおつもりなんですか?」
「そうですね……」
! ここにいたか!」



大きな声と共に肩を掴まれ後ろに軽くのけぞった。



「煉獄様……」
「探したぞ、!渡したい物がある。時間取れるだろうか!」
さん……!」



渡したい物、と言われた時思わず肩が跳ねた。彼女もピクリと反応していたし、その後呼ばれた名前に「わかってますよね?」という意味が込められているのは痛いほどわかる。



「……君も、もう休むと良い!俺は明日任務に発つが、教えた事は反復してくれ!」
「は、はい! ありがとうございます、炎柱様!」
「行こう、
「あ、いえ、私は……ちょっ」



掴まれたままの肩をそのまま抱えられて廊下を戻る。どうやら母屋に向かっているらしい。煉獄殿の部屋は母屋に用意していないし、もしや私の部屋に来るつもりではないだろうか。それにしてもちょっと掴まれてる肩が痛い。大分強く抑えられているようだ。



「前々からに着物を贈りたいと思っていた。呉服屋の娘に着物を贈るなど、中々恥ずかしくてな! こんなに遅くなってしまったが」
「待ってください! 着物だなんて……そんな、受け取れません!」
「気にしないでくれ! 俺がに贈りたいのだから!」
「いいえ、いいえ! いけません、煉獄様」
「受け取ってくれ。……俺をもてあそんでなどいないのだろう?」
「……え?」



ピタリと止まった部屋は確かに私の部屋だった。煉獄殿が静かにふすまを開けると、私がこの部屋を最後に出た時にはなかったはずの反物が一つ、存在している。



「女性同士の話だ、男の俺が聞くのも野暮だとは思ったのだがな!」
「そんな……」
が俺の意図するところに気付いていない、とは分かっていた。俺が贈る品々に意味などない、とすんなり受け取るその様を面白くないと思ったことは少しだけある。だが、俺はが俺の贈った物を身に纏い生活しているということで満足していたこともある。どちらにせよ、結果は同じだ」
「結果? どういう……」



肩を抱いていた手が離された。けれど足は動かない。



。俺はを好いている」



ヒュッ、と吸った呼吸の音がした。



「その事は気付いていただろう? そしても俺を」
「そ、んなことは!」
「嫌とは思っていない、だろう」
「煉獄様……」



軽く背を押され、部屋の中に入る。そのまま足は動き続けて、反物の前に座り込んだ。振り返れば、煉獄殿は部屋の外にいる。



「受け取ってくれないか、
「煉獄様……」
「君のために選んだ」



恐る恐るその反物に触れると、とても上等なものだとわかる。牡丹と梅だろうか、花が咲いている赤い着物。特に珍しくない組み合わせではあるけれど、私がこれまで見てきた反物とはどこか違うように感じる。
眺めていると、するりと手から反物を抜き取られた。
いつの間に部屋に入ってきたのか、煉獄殿の手に反物が渡っている。するすると反物が広げられ、そのまま体に当てられる。



「やはり、よく似合っている」



煉獄殿が少し体を横にずらすと、鏡に私の姿が映った。煉獄殿が満足そうに言うほど似合っている様には見えない。



には赤がよく似合う。炎の色だな」



当てていた反物を外し、綺麗に丸めて端に置いたかと思えば、その手が私の頬に触れた。
鏡に映る私の体は、反物の代わりに煉獄殿の腕が覆っている。こうして見ると、本当に煉獄殿は私に比べて大分体が大きいのだと実感する。少し呼吸が苦しくなった。



「明日、ここを立つ前に、御義父上と御義母上に挨拶に行こう」



そして私はつぶされる。