母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 肆
後の世で言うところのアイドルオタクである我が家族は、家業からして推し活をしている。生まれてからずっとその稼ぎの恩恵に預かっている身としては、ドルオタだろうがなんだろうが、生きるモチベーションのアップに繋がるのであれば何も言うことは無い、と思っている。
本日も我が家に鬼殺隊の方々がやってきた。鬼殺隊箱推しの父は言うまでもなく、ニコニコと笑顔で出迎え、それに倣って母も笑顔で出迎えた。何より、訪れた鬼殺隊員の一人が、母の推しである炎柱・煉獄杏寿郎様であったこともあり、いつも以上の笑顔であったことは言っておきたい。煉獄殿がいらしたときは全てを母に任せるという掟が我々姉弟の中で暗黙の了解である。煉獄殿がいるときは妹はまず部屋から出てこないし、今日は父と弟は呉服屋としての仕事で忙しい。煉獄殿だけなら母に全てを任せて本でも読んでいたところだが、今日はもう一人鬼殺隊員がいらっしゃっている。別に二人いるからといって母と分担せずとも、母一人でも十分だと思ったのだけど、呼ばれた先で、煉獄殿ともう一方を見て、納得がいった。母は私に任せると裏に下がっていく。食事の準備でもするのだろう。
母は炎柱推しの同担拒否過激派であるが、その攻撃対象に鬼殺隊員は含まれない。何故なら、我が家族は基本的に鬼殺隊を推しているからである。その上、母は『恋路を邪魔しない』だかそんな感じのマイルールを持っているらしく、たとえ相手が自分の推しであろうと、その姿勢を貫いている。つまり、そんな雰囲気の隊員がいた場合、母は裏方に回るのだ。どうにも本人はそう言った恋バナが好きで好きで出来れば影からずっと見ていたいくらいらしのだが、自重するにあたって、そのようにすることにしたらしい。
さてさて。というわけで、本日いらっしゃった鬼殺隊員は女性で、どうにも煉獄殿に惚れている……っぽい。私には恋愛的なのか情景的なのか判断がつかないのだけど、まぁ母が下がったということは恋愛的な感じなんだろう。
「お疲れになりましたでしょう。湯を用意いたしましたのでお身体をゆっくりお休め下さい」
そう言って女性隊員の方を湯殿に案内しようとすると、彼女は恐縮したように、「炎柱様より先に湯を頂くわけには……」と顔を赤らめ、煉獄殿をちらちら見ながら言った。
まぁ、正直鬼殺隊内での上下関係がどれ程の物なのか分かりかねるけれど、炎柱である煉獄殿は羽織が少し汚れた程度で傷一つ負っていないのに対し、女性の方はボロッボロである。傷の手当てするにもまず泥汚れを落とさないとな、と思って先に湯を案内したのだけど、もし完全なる体育会系な感じの上下関係性ならまずいのかもしれない。……煉獄殿は結構フェミニストなところあるから、女性を先に湯に入れても何も気にしないとは思うんだけど。
そう思っていれば、案の定というか、煉獄殿が「気にせず先に頂いてくるといい!」と言ったので、女性隊員は遠慮がちにではあるが、納得してくれたようだ。
「羽織と隊服はお預かりいたしますね。湯から上がりましたらこちらの浴衣をお召しください」
「あ、ありがとうございます」
彼女が湯に入ったのを見届けてから、羽織と隊服が入った籠を思って出る。ボッロボロだけど、破損は少ないようで、汚れさえ落とせば繕えそうだ。
「煉獄様、お待たせいたしました。お部屋に案内いたします」
「……がこうして世話をしてくれるのは珍しいな!」
「そうですね。いつもは母がやっておりますもの。今母は腕によりをかけて食事を作っていますよ。ご期待くださいね」
「そうか! それは楽しみだ!! 今日の着物はいつもより鮮やかだな!」
「えぇ。今日の午前中は店の方に出てましたので、宣伝も兼ねて華やかなもの着ましたから。ここまで赤い着物はあまり持っていないので、組み合わせに少し悩みました」
以前お土産として煉獄殿に頂いた帯揚げと帯締めのセットが緑系だったので、補色だし合うかなと思ったのだけど、これがまぁ上手くいったのだ。おかげでお客さんにも褒められた。
「煉獄様はお怪我など御座いませんか?」
「いや、どこも怪我していない!」
「それは良かったです」
「しかし羽織が少し解れてしまってな。、頼んでもよいだろうか」
「えぇ、お任せください。湯が空いたらご案内いたしますが、お食事はどうされますか? 隊員の方とご一緒でよろしいでしょうか?」
「いや、俺が湯から上がった後だと待たせてしまうだろう。怪我もしていることだし、早く休ませてやってくれ」
「かしこまりました。そのようにお伝えいたします」
あの女性隊員さんは待つと言いそうだけど。お医者様に見てもらって問題なければ好きなようにさせてあげよう。
部屋に通した後、羽織のみ預かる。まぁ今晩少し夜更かしすれば終わるだろう。今回煉獄殿はどれ程いらっしゃるだろうか。いつも3日もせず帰宅されてしまうし。柱というのは本当に激務なのだな、と思う。それに最近、継子というお弟子さんを迎えられたと聞く。そんな忙しさの中でもまめに文を書いて寄越すこと、素直に感心する。今も疲れている様子すら見せないし。見えてないだけなのか分かんないけど。
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「あら、もう上がられたのですか」
「炎柱様を待たせるわけにはいきませんから……」
少し早めに待っていよう、と思って湯殿に向かえば、ちょうど身支度を整えて出てきた女性隊員と出くわした。
「お医者様をお呼び致しました。お部屋に案内致します」
「あ、あの! 炎柱様は……」
「今はお部屋で休んでおられます。この後湯殿にご案内いたしますが……」
「炎柱様にお話があるんですけど……」
「先にお医者様に看て頂いてからに致しましょう。その後でしたらご案内致しますよ」
「……わかりました」
部屋に通してお医者様に看てもらうようお願いして、今度は煉獄殿のところに行く。男女に分かれてると本当に面倒というか行き来が激しい。
「煉獄様。お湯の準備が整いました」
「うむ! そうだ、今晩は一緒に食事をしよう。いつもは同じ屋敷内に居ても姿を見せてくれないからな」
「……その事なんですが、隊員の方が煉獄様にお話があると。やはりご一緒に食事されますか?」
「いや、彼女はおそらくあばらを折っているだろう。今日は早く休ませて、明日俺から訪ねよう」
あばらを折るってのがどのくらいの痛みなのかわからないけど、彼女、全然痛いところありません、みたいな顔してたよ。本当にあばら折ってるの? ていうか、「明日煉獄様から来てくださるそうですよ」とでも言ってみろ。彼女恐縮しまくって休むどころじゃないんじゃないかな。
「納得しないようなら、上官命令、とでも言ってくれ」
私が納得してなさそうな顔をしていたからか、煉獄殿は私の腕から浴衣を受け取った後そう言った。
「わかりました。お伝えします……」
「だから、食事は一緒に。何より、いくら隊員とはいえ、他の女子と一緒に食事をするよう勧められるのはいささか面白くないな!」
言い残して湯殿に入っていった煉獄殿を見送って廊下を引き返した。
最近は文のやり取りばかりしていたから、本人に会うのは久しぶりになるのだけど、段々と煉獄殿は口が上手くなってきているというか……。いや、流石に分かる。というか分かってきた。もしかして私、口説かれてるんじゃないか説が浮上してきているのだけど、さっきのセリフはこの説を補強するものなんじゃないだろうか。
いや待て困る。私は母が怖い。母は鬼殺隊員であれば煉獄殿にどれだけ色目を使おうが何も言わないが、家族や近所の人であればそれはもう烈火のごとくというか……。まぁ、膳を運ぼうとした妹に対し般若の顔を向けたくらいだ。察してほしい。私が煉獄殿と恋仲になるという事態にでもなってみろ。消される。間違いなく消される。
「うっわ終わった。煉獄殿に何てお願いすれば近づいてこなくなるかな……」
女性隊員の部屋に戻れば診察が終わるところで、煉獄殿の見立て通りあばらが折れてた。
何なのホント、あばらって折れても割かし普通に体動かせるわけ? 鬼殺隊員こわ。