三度目の人生、多分前世の夫が仇敵っぽい 4









人を食う存在が鬼だけではない、と私の昔の記憶は知っている。けれどもこうして鬼殺隊なんてものをやっていても、鬼以外に人を食う存在の話を聞かない。
前世、まだ私が嫁ぐ前、昌親おにい様のところの小姫を人食い狒狒が襲ってきたのを兄達3人で討伐していた記憶がある。
確か狒狒とは西の方にいる妖で、あの頃都にいるようなものではなかったけれど、餌が無くてこちらまできたのだろう、という見解だった。
人の肉の味を覚えた妖は女子どもを襲う。特に、赤ん坊が一番いいらしい。
これまで倒してきた鬼も、特に若い女性を狙うケースが多かったように思う。ただ、赤ん坊や子供は「食いでがない」という鬼もいたような気がする。
女鬼になると、特に顕著だ。何故だか知らないが、美しくて若い女性を食べるとステータスが上がるのだと信じて疑っていない場合が多い。

私はこれまで、鬼の強さとは人を食った数に比例し、その人間の「質」には寄らないのだと聞かされていた。だから後は好みの問題なのだろう。このことについて検証するわけにもいかないし。

今世の私は鬼狩りなんてのをしているが、前世同様、所謂霊感というモノは全く備わっていない。妖だの物の怪だのといったものを見た事がない。
柱となって最初に遣わされた任務、その内容が、数百年に渡って神隠しが続いている、というものだった。何故今更その調査に来てるのかと言えば、今までその神隠しがその地だけで発生しており、そしてその地には長く土地神の信仰が根付いていたからだ。発覚したのも、たまたまその地に立ち寄った鬼殺隊員が神隠しに遭ったからだ。その後何人か派遣しても帰ってこないので、柱に話が回ってきた。

そうして実際任務地に足を踏み入れるも、地元の人たちは神隠しを『平穏に暮らすために仕方のない生贄』と捉えているらしく、あまり協力的ではない。



「どうしたもんかなぁ、と」



この地に滞在して5日目。神隠しっぽい何某が全く起こらない。調査に出向いた他の鬼殺隊員は全員3日以内には消息を絶ったというのに。



「うむ! は鬼との遭遇が極端に少ないと有名だからな!」



途中経過を報告する為と補給の為に一度近くの藤の家紋の家に寄れば、たまたま偶然ばったり同じ柱の煉獄に出くわした。
つい最近、実は同期であることを知ったのだが、煉獄は最終選抜を受けた時から私を覚えていたらしく、気さくにも柱就任の祝いの言葉を述べた後、情報交換も兼ねて世間話をしていた。その折についでとばかりに今私が就いている任務について話してみた。



「なれば俺もその任務についていこう! まだ次の任務の知らせも来ていないしな!」



同期である煉獄杏寿郎の事が、どちらかと言えば苦手である。大きな声も苦手だし、何より何を考えているのか分からない大きな目が苦手だ。
だがしかし、鬼殺隊の柱としての実力は言うまでもなく折り紙付きだし、何より戦闘において勘がいい。
村人たちは、起こっている神隠しを神仏によるものだと考え、祟りを恐れている。まぁ十中八九鬼の仕業だとは思うが、万が一も有り得なくはない。どちらにせよ、私はそれを感じ取れない。煉獄に霊感があるかどうかは知らないが、私よりよっぽど本能が仕事するだろう。



「……じゃあ、お願いしようかなぁ」
「うむ! では決まりだな!」



では行こうさぁ行こう、と言わんばかりに煉獄は進み始める。
そんな煉獄を何とか引き留め、急いで補給と、煉獄と任務を共にする旨の連絡を済ませた。















無惨殿は病弱、というのはもちろん知っていた。昌親おにい様の奥方様も病弱で、月の三分の一は床についているのだと伺ったことがあるけれど、無惨殿はそれ以上だった。むしろあの見合いの日が奇跡すぎたといっても過言でないくらい。毎日かかりつけだというお医者様がいらして無惨殿の様子を見ている。私はと言うと、何をするでもなく、ただ無惨殿の傍についているだけだ。
昌親おにい様の結婚は、義姉上様があまりに病弱で、おじい様に延命の術を請うてきたのが馴れ初めだと聞いているが、そう言えば無惨殿に関して、そのような依頼があったとは聞いたことがない。陰陽師一家の娘というものにまで縋ろうとするご両親が、依頼をしないなんてことがあるだろうか。
たぶんあんまり効果はないけど、気休めにでもなるなら、私の方から実家に言ってみようかと思った。きっとそれを求められているんだろうと思ったから。
そう無惨殿に言ったのだけど、反応は良くなかった。
無惨殿は、根本的に呪いの類を信じていないようだ。曰く、気力で良くなるならとっくに自分は快復しているはずだ、と。
一応、呪術の類の可能性もあるよ、と提案してみても、無惨殿は首を縦に振らなかった。後で聞いた話だと、まだ元服する前の頃に一度快癒の呪いを行なったことがあるそうだ。しかしこれといった効果はみられなかった、と。それ以来無惨殿は祈祷に頼ろうとしなくなったらしい。祈祷や呪術に頼りきりにならないというのは良いことだと思うけど、だとしたらお義父上様たちの思惑は外れたことになる。下級もいいところの貴族といっていいのか微妙な貴族の娘なんかを迎えてしまって、ちょっと申し訳ないなぁ、と思わなくもない。

嫁いできて一週間、無惨殿と話したことは数える程。無惨殿の体調のこともあるけど、それよりも私自身が忙しかった。下級貴族の娘が、いきなりガチ貴族の仲間入りしたのだ。それなりに覚える事があった。自分の身の回りの事を自分でやらなくなった代わりに、これまで手を付けることのなかった教育を受けている。楽器や歌や香がほぼだけど。手習いに関しては、これまでそれなりにやってきたので、読み書きは出来る方だ。後は、屋敷の使用人を覚える事。めちゃくちゃたくさんいるから、正直これが一番つらい。次に香。まさか鼻まで鈍いとは思わなかった。
一日ずっと琴を爪弾いて、歌を詠んでは添削され、その合間に屋敷内を歩いて人の名前と顔を一致させる。
時間があれば実家や兄達に文を書くこともある。
屋敷にある調度も、実家にあったものよりいいものだし、おいそれと使っていいものか、と最初は悩んだくらいだ。何しろ結婚することになって、そんなに準備期間が無かったから、あまり実家から自分の持ち物を持ってきていない。

許可が出れば無惨殿の部屋に行ってよいと言われている。
けれど、ほとんど許可が出ることは無い。毎日お医者様がいらして、無惨殿の様子を見ては、今日はいいとかダメとか言っていく。
しかしながら、嫁いで初日、流石に初日だから挨拶に言った時、こっそりと「いいから毎日来い」と無惨殿本人に言われた。
お医者様の言う事に従うべきだと分かってはいても、旦那様が「来い」と言っているのであれば、顔出すくらいはしよう、と思った。ただ基本的に私も無惨殿も1人になることがほぼない。特に無惨殿は夜遅くになろうが交代で女房が控えている。が、どうにも無惨殿はこの交代して控えてくれてる女房を丸め込み、むしろ私が訊ねてくる手引きをするように、とつまり協力関係を築き上げていた。女房たちもまぁそれはそれは乗り気で、私は昌浩おにい様が夜警と行って都に出て行っていたような時間に無惨殿の部屋に行き、碁を打ちながらとりとめのない話をする。無惨殿は中々強くて、私は負けてばっかりだ。そうして数刻過ごしたら見つからないように自室に戻る。
たまに話が盛り上がって気が付いたら寝落ち、みたいな日もある。協力者の女房に起こされて、私付の女房が私を起こしに来る前に静かに急いで部屋に戻る。中々スリルがある。そうして部屋に戻った日には、無惨殿から文が届く。これが後朝の文か……と違うけどそう思って笑ってしまった。全然夫婦らしいことをしてない。それでもこうして夫婦の真似事をしているだけで私は結構楽しかった。それに、周りには仲の良い夫婦だと思われているようだし。

それなりに仲良く楽しく過ごしていたように思っていたけれど、無惨殿の体調は一向に良くならない。
私が習い事を終えて手を余す様になると、積極的に無惨殿の看病をするようにした。それ以外にすることもない。彼の為の衣を縫うのも、傍でいくらでも出来る。女房たちやお医者様にも、私が傍につくと無惨殿が穏やかになると太鼓判を押されたのもある。
無惨殿は一向に良くならない自身の体に、一層苛立ちを覚えているようだった。そもそも、自分の思い通りにならないものが果てしなく嫌なのだと、夜に碁を打ちながら言っていた。だから、自分の体が一等憎らしいのだと。健康な他人が妬ましいのだと。それはきっと私も含まれるのだろう。言葉にこそしなかったけど、それくらいは分かった。それでも私を傍に置きたがるのは、無惨殿は独りだと実感することも嫌いなのだろう。可愛く言えば寂しがり屋。本気で拒絶されない限り、私は何を言われようが無惨殿の傍に居た。

数年、無惨殿の体調に一喜一憂し、けれどどちらかというと悪化していく現状に、よもやと覚悟を決め始めた頃。

親身になって無惨殿の治療にあたってくださっていたお医者様が死んだ。私が市に出かけていたちょうどその時だった。