三度目の人生、多分前世の夫が仇敵っぽい









何だか聞いたことのある名前だな、と首を傾げたのは、鬼殺隊への入隊試験を突破して育手の元に帰ってからの事だった。
これまで血反吐を吐く思いをしてただひたすらに体を鍛え剣を修め、それ以外の知識なんてものを入れる暇さえなかった。元々文系なのに。ただ座って本を読んでいるのが好きだったのに。どうしてか刀を握る羽目になっていた経緯は、まぁ、色々あった。
無事に藤襲山から帰ってきた事を喜んでくれた師匠殿と鍋を突きながら鬼の歴史みたいなのを聞いたのだ。



「今から千年以上前、一番始めに鬼になった者。その鬼の名は『鬼舞辻無惨』」



酷く聞き覚えのある名前だった。認めたくなくてちょっと現実逃避したくなったけど、逃げる場所もないので認めるしかない。

前世での夫の名前だ。









私には二度生きた記憶がある。前世と前々世の記憶があると言った方が分かりやすいだろうか。

一度目は平成という世に生きた記憶。交通事故により27歳で死んだ。
二度目は平安時代。帝に仕える陰陽師の家の娘だった。なんで平成と言う未来から平安という過去に生まれ変わっているのか意味わからないが、生まれたものは仕方がない。フィクションの中だけだと思っていた陰陽師とかいう職業の家の娘とか何それ妖怪とバトルすんの、とドキドキワクワクしたけど、私に陰陽師っぽい能力は何にも備わっていなかった。兄が3人ほどいたが、兄たちは立派に陰陽寮に入り、陰陽助だの暦博士だのと中々出世をしていたように思う。まぁそもそも例え私が見鬼の才に優れていようが陰陽師にはなりえないのだけど。
兄たちの所有する蔵書を読みつつ家の事を母と分担して行っていた暇な私に縁談話をもってきたのは一番上の兄だった。持ってきたというか、持ってこさせられた、に近い。兄は参議の娘婿でそれはもう陰陽師一家としては凄い出世婚(しかも恋愛婚)をしており、その参議殿から持ってきた話で断るに断れなかったのだとか。

大昔の日本なんて、いいとこの娘さんは政略結婚が殆どだと私自身思っていたのだけど、平安時代に生まれてみると、そうでもない。恋愛婚が普通だ。まぁその恋愛が顔を見ることなく文のやり取りで行われる所とかは平成の世の感覚では普通とは言えないけど、よっぽどの権力者でもない限り政略結婚なんてほぼほぼ無い。そんなところにまさかのお見合い話であるから驚いた。そしてその相手が、病弱で有名な鬼舞辻無惨殿だったのだ。

平安貴族なんてのは暇人ばかりだから、歌を詠むか他人の噂話をするかくらいしかやることがない。貴族たちによく接する機会のある陰陽師の兄たちは噂話をよく耳にするし、私自身も、付き合いのある友人達の中には女房として宮中に務めている子もいたから、もちろん噂話は耳にしていた。

鬼舞辻家の長子である無惨殿は、床から出る事も叶わぬ程病弱で、20歳まで生きられないとまで言われているそうだ。長子であり他に兄弟もいないため、彼の両親はそれはもう必死で結婚相手を探しているのだとか。たしか彼は2年前に元服を済ませていたはず。14か15歳くらいだろうか。噂ではかなりの美人だと聞いていたのに、中々縁談がまとまらないのはどうしてなんだろう。なんて思いながら鬼舞辻の屋敷に赴けば、まぁ顔に似合わず物凄い毒を吐く人だった。そんでもって短気。そもそも向こうに人付き合いする気なさそうだった。

大体にして、声がかかるにしては身分に差があると思っていたけど、どうにも彼の両親の思惑に陰陽師の力に縋りたいという気持ちがあったようだ。陰陽師の血を引く娘なら何か出来るかも、みたいな。いや出来ませんけどね。そもそも病気や体質を祈祷や呪いでどうこうしようっていう考えがもう……。陰陽師の家の子だけども。陰陽道は学問だから。その一環で占いだったりなんだりしてるわけで。祈ったって病気は治らない。そして、両親はともかく当の彼本人は祈りを信じていない。

この縁談はまとまらないな、と彼と少し話した中で思っていたのだけど、どういった訳か、見合いから1週間後に私は妻として彼の元に嫁いでいた。
それからは夫の看病をする日々である。悪化していくばかりの彼の体調にやきもきする日々ではあったが、ある時を境に回復した。良かった良かったと夫の快調に喜んでいたのも束の間、流行り病で私があっさり死んだ。19歳だった。数えだから実年齢だと18歳だ。夫とは2歳離れていたから、夫が20歳を迎えられたことを祝った後だった。今思い出しても笑える。あんなに健康だった私が20歳まで生きられてないじゃーん、みたいな。死に際に見た夫のあの怒ってんだか悲しんでんだか迷ってんだかよく分からない顔をよく覚えている。

長くなったけど、三度目の人生、つまり今。宿敵がまさかの前世の夫であることに大変戸惑っている。鬼舞辻無惨とか、早々被らない名前だと思うんだけど、全くの別人である可能性ってどのくらいあるだろうか。ていうかあの人鬼だったの、と地味にショックを受けている。やっぱアレか、体調が回復したあたりか。あの時に鬼になったんだろうか。いやでも本当に気付かなかった。
せっかく苦しい思いをして鬼殺隊に入ったのに、早々に辞表を出した方がいいのかと思ったけど、もし理由を聞かれたとして、



「鬼舞辻無惨は前世の夫なのでちょっと殺しにくいです」



とか馬鹿正直に言えるわけもない。ていうか言ったら頭を疑われる。
よくよく考えて、鬼舞辻無惨に出遭うことはないだろ、思い直し、前世の事は頭の奥深くに閉じ込めてなかったことにしよう、と決めた。
前世は前世、今世は今世だ。
そんな感じでのらりくらりと鬼を倒しつつ、順調に階級が上がっていくと、気が付いたら柱になるに至っていた。
まさかまさか、私にそんなに剣の才能があるとは思わなかった。……いや、嘘。見得張った。剣技にとても優れているわけじゃない。呼吸だってまぁ卒なく使えるだけ、ってやつ。三度目の人生、私は何かをやればそこそこいいところまでいけるという微妙なチートであったらしい。どちらかと言えば期待されているのは頭脳の方だったようだ。参謀……みたいな。実際、柱になる条件をクリアしたかと言われると、自信ない。そもそも鬼を何体倒したかなんて数えてないし。どちらかと言うと鬼との遭遇率は同じ柱の中で比べても少ない方だろう。給料分も仕事をしてない気になるので、正直もうちょっと仕事したい。それなのにあんまり指令が来ない。担当地区の警備ばっかりだ。その担当地区に鬼の被害が少ないことを毎度毎度褒められるけど、単純に母数が少ないだけじゃないかと思って何だか複雑だ。いや、積極的に戦場に出たいわけではないんだけども。

そんなこんなであまり変わり映えのしない日々をだらだらと過ごしていたところ、鴉が騒がしく鳴いた。
曰く、鬼を連れた隊員の処遇について裁判するから集まれ、と。
頭が痛くなった。裁判と言いつつ絶対処分の方向に話が行くに決まってるからだ。やる意味あんのその裁判、と思わなくもないけど、柱として参加しなくてはならない為、一気に重くなった腰を上げたのだった。