愛されずとも花は咲く 03









 机の上に三冊の漫画本が重ねて置かれた。赤青黄色といった色が目に飛び込んでくる。どの本も表紙に描かれている女性が口から花を吐きだしているように見える。

「何、これ?」

 一級呪術師である冥冥は完全に個人で呪術師業をやっている。金さえ払えば大体何でもやってくれる。だからこそ立場上動きにくい時などによく依頼が来るし、別に保守派なども関係ないため、呪術界の人間界系図を一番把握しているのは冥冥であると言っても過言ではない。その情報を売るかどうかまではわからないが。
 今回彼女がわざわざ高専に赴いて、まだなされていない依頼をほぼ強引に発注させたのは、単純に五条悟の弱点になるか確かめたかったからだ。

「少女漫画なんて読んだ事無いんじゃないかな?」
「まぁね、これ漫画なの?」
「そう。私も調べるまで読んだことなかったけどね。中々面白かったよ」
「で、これが何の関係があるわけ? 僕が花吐いてる理由なの?」

 五条悟は一番上の本を手に取ってパラパラめくって閉じた。

「『嘔吐中枢花被性疾患』通称『花吐き病』。その症状は、片思いをこじらせて苦しくなると突然花を吐いてしまうというもの。はるか昔から流行・潜伏を繰り返しながら現代まで続くこの不思議な病をめぐる、せつなくて切実な恋物語。……これがこの漫画の説明だね。どう、五条君」
「どう、って……漫画の、空想上の話でしょ」
「ふふ、だからね、五条君。だからとっても面白いことになっているんじゃないか。君はね、現実には存在しない筈の空想上の病に侵されているんだよ」
「……は?」

 手に収まっている本に目を落とす。
 冥冥がこの本を持って現れたのは、依頼をしてから僅か三日後だった。あまりにも早かったので、流石の冥さんでもお手上げかな、と思っていたところに渡された漫画本三冊。理解が追いつかない。今、冥さんは何と言ったのか。現実には存在しない病にかかっている、と?

「呪いによるものじゃないってこと?」
「それは五条君が一番分かっているんじゃないかな」

 言われた通りだった。既にこの身体が何の呪いも攻撃も受けていないことは確認済みだ。自分は自分の持つ六眼から得られる情報に間違いは無い事を知っている。

「まずは読んでみると良い。創作だろうが何だろうが、今の五条君の症状に唯一答えを出してくれそうなものであることに間違いはないだろう? どうしてその病気になったのか、ではなくその病気を治す方法を知りたいと言うのなら尚更だ」

 本はそのままプレゼントするよ、と言って冥冥は席を立った。次に控えている任務があるらしい。こちらを振り返って手を振り、さっさと部屋から出て行く冥冥をそのまま見送った。
 想定外過ぎる。きっと呪詛師か呪いか、とにかく人為的な何かを情報として持ってくるだろうと思って冥さんに依頼を出したのに。渡されたのは漫画本三冊だけとは。
 だが、確かに言われた通りだ。ぱら、と漫画本をめくる。漫画の中では花吐き病について専門に研究している准教授とやら(めちゃくちゃ髪が多い)が至極真面目な顔をして花吐き病についてテレビで解説している。この漫画の設定では、花吐き病という病気はメジャーなものらしい。しかもゲロ花病なんて呼ばれている。まぁ、確かに花をゲロっちゃうわけだしな……と自分の吐いた花を思い出した。自分が吐き出した花は花びらばかりで、この漫画で描かれているように花まるごとは吐きだしていない……気がする。どうだっただろうか。一番最初に車の中で吐いた時はしっかりと花の形をしたものを吐いた気もするが、とにかく苦しくて咳をするのに懸命であまり覚えていない。
 この漫画によれば、花を吐く理由は片想いを拗らせることらしい。……心当たりは、ある。いつ何時でもそばに居たいと願っていて、でもその想いは未だ彼女に届いていない。現在絶賛片思い中だ。
 高専内事務室で主にデスクワークを担当し、偶に車で送迎をすることもある補助監督、。高専時代の同級生だ。学生時代からずっと彼女にアプローチを手を変え品を変え色々やってきたが、どれも響いたことがない。今のところ全敗中だ。食事に誘えば来てくれるし、デートもしてくれる。でも、何度も伝えている「好き」に答えが返ってきたことは一度も無い。誰もが脈ナシだと諦めろと言うが、彼女に恋人がいない以上諦められるはずがない。いや、恋人が出来ても諦めないけど。何せ筋金入りなんだこっちは。何年想い続けてると思ってるのか。そんな簡単に諦められたら……そう、こんな花を吐くなんて訳の分からない病に罹っていないだろう。
最初から数ページ読んだだけだけど、ほぼ確信していた。どういう訳か僕は現実には存在しない創作の病を患っているのだ。何故そうなったのかはわからない。もしかしたら、呪詛によるものかもしれないし、そうではないかもしれない。漫画上の表現ではあるけど、本当は実際にある病気で誰にも知られていない、という可能性だってあり得なくはないだろう。どこの誰が言った事だったか覚えていないが、『人間が想像しうる事柄は、人間が必ず実現できる』らしい。ドラえもんの秘密道具だって、実際に可能となったものだってあるわけだし。もしかしたら病気もそうなのかもしれない。いや話が違ってくるだろうか、分からない。分からないけど、今花を吐く病になっていることは事実なのだった。
三冊本を読むのに、一日も掛からないだろう。中途半端なページまで読んだ本を一旦閉じた。まずは確かめなくてはいけない。花を吐く条件について。ただのことを考えるだけで吐くわけではないらしい。そうであるなら今頃この部屋は花だらけになっている。
に会いに行こう。
に会って、いつも通り食事に誘って、休日の確認をしよう。空いていたらデートに誘ってみよう。またデート服を贈ってもいい。結局任務終わってからの元にまともに行けていないし、いい加減ゆっくり話をしたい。に会えばそれだけで疲労が軽減されるのだと、言っても信じてもらえなかったけどまごうことなき事実だ。
急に苦しくなって咳き込んだ。げほげほと咳と一緒に花が落ちる。また花を吐いた。確かに、いつ花を吐くのかタイミングが分からなければ社会生活も大変だろう。漫画の世界では花を吐いても変な目で見られることはないかもしれないが、この世界では花を吐いたら大抵変な目で見られる。別に他人の目は気にしないけど、これが任務中に来られると面倒だ。吐きだした花を適当に端に避ける。さっさと呪力で燃やした。どうやらゲロ花に触ることで移ると書いてあった気がする。

「とりあえず、ちくわでも食べるかな」

 迷信らしいけど。
 そう思ってはいても、迷信が馬鹿にならないことを特級呪術師である五条悟はよくよく知っていた。