利害は一致
確かに臨也は、私にとっての利益を増やしてくれた。
高校時代、まぁ6・7年前に卒業したのだけれども、私は非常に模範的な生徒だった。
成績は常に学年で10番以内には入っていたし、服装の乱れもなかった。
制服の胸ポケットにはいつも生徒手帳とたまにペンが入っているくらいだった。
学校に不必要なものは持ってこなかったし、化粧なんてしてなかった。
髪を染めたりなんてもってのほか。
お酒やタバコだって縁はなかった。
周りにいた友人達も似たようなもので、当時の来神の生徒としては本当に本当に模範的で先生の手を煩わせ
ないというか、そんな感じの人達だった。
今思えば、それがいけなかったのかもしれない。
あの頃の来神高校にしてみれば、そんな生徒の方が浮く。
何ていったって、学校内にガソリンが転がっているような学校だったのだ。恐ろしい。
「一体どんな手を使ったんだ?」
先生は驚き半分、感動半分と言った顔でそう言った。
日直だった2年の6月のある日の事だ。
職員室に日誌を置きに行ったとき、担任に聞かれた。
ちょうど、臨也と付き合い始めて1週間と言った頃だっただろう。
そう。
来神の非常に模範的で優秀な生徒が、来神の非常に扱いにくい問題児として1,2を争う生徒と付き合いだしたのだ。
学校中の噂にもなる。
しかも、折原臨也はご存知の通り、眉目秀麗な、黙っていればかなりかっこいい容姿をしているので、学校中に隠れファンなるものが存在していた。
影から狙っていたのに、いきなりぽっと出て来たイイ子ちゃんに掻っ攫われていったのだ。
鳶が油揚げを攫われる、みたいな。
とにかく、噂になった。
臨也は休み時間ごとにやってくるので、噂は事実として認識された。実際事実だし。
そもそもの事の始まりは、臨也がいきなり「付き合って」だの言ってきたことだ。
それまで話したこともない上に、クラスが一緒だったわけでもない。
どう考えても不可解だった。
臨也は始終ニコニコと人受けのしそうな笑顔を貼り付けていたものだから、その裏の真意なんてもんが図れなかった。
もちろん、最初は丁重に断った。
折原臨也がどんな人間であるかなんて、来神生として過ごすならば、第一に頭に叩き込んでおかなくてはならないことだ。
平和な学校生活(来神に来てしまった時点で半分は成せていないが)を望む私には、正直邪魔な存在だ。
恐怖もあったし、断った。
しかし、それで臨也は諦めることなく、次の日もまた次の日もそのまた次の日もやってきては「付き合って」。
次に私は逃げた。
言葉が通じないなら行動だ。行動でもって、「無理です」を貫こうとした。
「いやだなぁ、ったら照れちゃって」
私を追いかけながらそんな事を言う臨也に、いい加減にしてくれと泣き叫びたかった。
何故私に「付き合って」だなんて言うのか、聞こうと思ったが、臨也は口から先に生まれてきたような男なので、いい具合に丸め込まれると思い、聞かなかった。それは正解だったんじゃないかなと今でも思う。
丸々3週間逃げ続けた私に、痺れを切らしたのか、臨也は、【将を射るならまず馬を射よ】作戦を決行してきた。
外堀を埋めたのだ。
つまり、私の友人達を手懐けたと言っても過言ではない。
「いいんじゃない、折原君。には誠実に接してくれてるし」
友人に、臨也がどんな手を使ったか知らないが、まさか友人からそんな勧めを受ける羽目になるとは思わなかった。
そして、友人を折原臨也に関わらせてしまった事に、酷くショックを受けた。
このままでは友人達を折原臨也教の信者だかファンクラブだかの魔の手に巻き込んでしまう。
と、当時の私は思考能力が低下していたため考えすぎてしまった。
臨也が、上手く立ち回っているだろう事は予測できただろうに。
そんなこんなで、私は友人達を魔の手(臨也含む)から守るため、渋々了承した。
臨也に最初に「付き合って」と言われてから、1ヶ月と3日のことだ。
以後、臨也は少々大人しくなり、私は先生達から泣いて喜ばれた。
臨也は確かに、大事にしてくれた。
自分は相当に恨みを買っているから、誰かに何かされそうになったら俺を呼ぶんだよ、と言って防犯ブザーを渡してきたり、授業以外は私の所に来て、静かに牽制をかけたり、正直そこまでしてもらうのが申し訳なかった。
臨也は頭も良かった。成績もよく、だからこそ先生方も大きな事を言えなかったんだろう。
順位は、私より上だった。
なので、臨也に分からないところを教えてもらう事はとても有意義だった。
臨也の友人(そう言うと、臨也は非常に嫌そうな顔をする)は二人とも「よくあんなの(臨也)と付き合うことが出来るな」と少々感心気味に言った。
平和島静雄と臨也は犬猿の仲で、岸谷新羅はその二人の間に入ってよく臨也たちを眺めていた。
例え臨也を嫌っていても、平和島静雄は私にとてもよくしてくれた。その様子を知った臨也が面白くなさそうな顔をして私と平和島君を会わせないようにしていたのは別の話だ。
岸谷新羅は、セルティという名のそれはそれは美しい彼女(本人談)がいるらしく、専らその彼女とののろけを語っていた。たまには相談も受けたり。けれど、首から上のない彼女の欲しがりそうな物を聞かれても困る。
しょうがないから、女の子の好きそうなものが売ってる雑貨店やら何やらに連れて行った。後日それを知った臨也が「まだ俺とデートにも行ってないのに!」と憤慨していたのはまた別の話だ。
高校卒業後、私は友人達と同じように都内の大学へ進学した。
臨也も平和島君も新羅も、進学しなかった。
卒業時別れ話は出なかったけど、私としては高校在学時から思っていたことで、臨也が進学しないと聞いた
時からその内自然消滅という形で終わるんだろうと、高をくくっていた。
という表現は少し強がりかもしれない。
1年半ほどの付き合いではあったけど、確かに私は臨也が好きだったし、少々寂しく感じる。
残念だなぁ、と柄にもなく溜息をついてみたり。杞憂に終わったが。
大学進学後も、続いた。
臨也は何だか情報屋だかそういう裏に通じる仕事をしていた。
臨也がどこかの企業に就職するとは高校在学中から想像できなかったし、情報屋と聞いて納得した。
ぴったりだと思った。
平和島君や新羅と会う機会は格段に減ったが、たまに(臨也に知られないように)(大抵バレたが)会ったりも
して、交友は続いた。
随分前に、高校時代の友達が後々の友達として残るのだと親が言っていたが、確かにそうだと頷いた。
池袋で絶対に関わっちゃいけない人物として平和島君や臨也の名前が出てくるようになった。
まぁ確かに、怖いし、当たり前だろう。
私だって間近で平和島君と臨也の喧嘩を見るのは遠慮したい。というかしてた。
喧嘩をしては露西亜寿司の店員であるサイモンに止められ、店に連れ込まれ、負った傷は新羅の所に行って
手当てをしてもらうといった事が続いた。
ある時、臨也と平和島君に恨みを持ったどこかのチンピラが、本人達を狙わずに私を狙ってきた時があった。
あれには参った。
私自身は大きな怪我をしなかったが、狙ってきた奴等は災難だった。思わず同情したくなるほどだった。
具体的に言うのはちょっと憚られるので割愛するけれど、酷かったということだけは伝えておこうと思う。
その後、臨也の根回しのおかげでそんな事態に巻き込まれることはなくなった。
どんな根回しをしたのかは教えてもらえなかった。
大学を卒業し、私は都内の高校の司書として働き始めた。
臨也との付き合いは変わらなかった。どうやら、臨也としてはさらさら手放す気はないらしい。
どんなに喧嘩しても、絶対そういう方向に話が行かないようにしていた節があった。
♂♀
「、だから、結婚しようって」
まずい。話を聞いていなかった。
あれ、何から「だから」に繋がったんだろう。
臨也の秘書のようなもの(だと前に臨也が言っていた。「単なる秘書だからは気にしなくていいよ。あ、嫉妬なら歓迎するけど」)らしい波江さんが入れてくれたコーヒーを飲む。
後ろの方で波江さんが作業している音が聞こえる。
ていうかこの馬鹿(臨也)は人(波江さん)を働かせておきながらプロポーズをするとは一体どういうつもりなんだろう。呆れたような溜息が聞こえる。ごめんなさい波江さん。
「だってもう8年だよ? そろそろーって話になってもいいじゃない。ていうかなって」
「そうなんだ」
「結婚すればもずっと俺のそばにいてくれるわけでしょ。そしたら余計な心配しなくてすむし」
「へぇ」
「……なんか適当な返事ばっかり。って俺に対する愛が少ないよね。高校時代から思ってたんだけど。
なんか新羅やシズちゃんとばーっかり仲良くなってってさぁ」
シズちゃん、と言ったところで顔が歪んだ。
適当に臨也の言葉を聞き流しながら携帯の時計を見た。
「あ、もう17時になるや。そろそろ帰るね」
「えっ、まだ17時なんだけど。そんな時間に帰るなんて今時の小学生だってまだ帰らないよ」
「いやでも帰って晩御飯の準備しなきゃ」
「食べてきなよ。っていうか作ってよ。のご飯食べたい」
立ち上がろうとするのを臨也が止めて、腕の中から出られない。
離せ、と言ったところで無駄なのは重々承知なので、諦めた。
「……何が食べたいの」
「そうだなぁ。しょうが焼きかなぁ」
冷蔵庫に向かおうすれば、漸く腕が解かれる。ついでについてくる。
「……」
買い物に行かねば。
「じゃあちょっとスーパー行ってくる」
「俺も行くよ」
「来なくていい。そんな荷物にならないし」
「いいから」
「来なくていいから臨也は仕事してなさい。波江さんばっかり働いててさぁ、」
「波江には給料払ってるんだから当然でしょ」
いいから家にいろ、と臨也を置いてスーパーに向かった。
◆
「8回目……」
「何、数えてたの」
臨也は不機嫌そうにソファに座りなおした。かなり不貞腐れている。に置いていかれたのが不満なのだろう。
「貴方も飽きないわね。ここだけで8回。きっと彼女の家に行っても言ってるんでしょうから、もっと回数は増えるのかしら? 一体何回求婚すれば気が済むの」
「が首を縦に振ってくれるまで」
波江は淡々と作業を続けながら呆れた声で言う。
「彼女って、結構淡白よね」
「昔からだよ。俺が誰と何してようが特に何とも思わないみたい。実際、波江がここにいる事知って、少しは嫉妬でもしてくれるかなーって期待したのに、普通に流されたし。まぁでも俺の事好きだからねは」
「……なんでそう言いきれるの」
「まず容姿。俺の顔っての好みのストライクゾーンなんだってさ。前に言ってた。声も好きだって言ってたし。性格は最低だって言われたけど」
「外見だけじゃない」
「いいんだよ。それでが俺のものになってくれるなら、俺は存分に自分の持ってるものを使わせてもらうよ。俺はが欲しい。心も身体も何もかも。が手に入れば、後はもう何でもいいよ。の希望を聞くし、って言ってもは欲がそうないからなぁ。子供は二人、だったっけ……」
「随分と……ご執心なのね」
「まぁね。高校の時からずっとだよ。だからそろそろ狂いそうなんだよね」
あぁ、こう言ったら俺が狂わないように、って結婚してくれるかな、と臨也は愉快そうに笑った。
その様子を横目で見ながらも波江は作業を続ける。
「(一体どうしてそんなになるまで彼女を欲しがるのかしら……)」
玄関の扉が開く音がし、また臨也の求婚が始まるのを聞いて、波江は小さく溜息をついた。
END
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いたって単純。よくあるネタ。逃げられたら追いたくなるっていうヤツ。
主人公があんまりにも逃げすぎたから、もう臨也も意地になってそれがいつの間にか……みたいな。
臨也がどうして「付き合って」なんて唐突に言ったかは故意に書きませんでした。
でもまぁ、一目惚れではないってことだけ言っておきます。
何か……まだ書こうと思ってたことがあるんですが……次の機会に回します。
2010/01/26