見舞いの花を持って、いつものように病院のロビーを通り過ぎる。
エレベーターに乗っていつもの階で降りる。
毎日のように通っているためか、ナースステーションの前を通れば、顔なじみとなってしまった若い看護士さ
んが声を掛けてくれる。そのまま少し世間話をした後、病室へ向かった。
お祖父ちゃんの病室は個室だ。
そして、今日も眠っていた。何故だか私が来る時は間が悪く、寝ている時に来てしまうらしい。
時間をずらしても、どうしても寝ている。嫌われてるのかなぁとも思ったが、確かめようのないことだ。
持ってきた花を花瓶に生けて、しばらく様子を見て。
やる事なんて先に来て帰っていったであろう母さんがすましているので、出来る事など何もない。
病室を出た。
廊下を歩いていると、昨日まで開いていた個室が埋まっているのに気付いた。
こんなのに気付くくらい通っている事を半ば自嘲しながら、なんとなく名札を見た。
『折原臨也』
少し丸っこい字で書かれたそれを凝視する。
眉間に皺が出来たのを感じる。
「オリハラ……なんて読むんだ……? トモヤ……とかかな。まさかリンヤとかはないだろうし」
言っておいてなんだが、流石に『リンヤ』は酷すぎる。そんな人の名前は悪いが聞いたことない。
「あ、トモナリとかかな。でもあまり『臨』って使わないよなぁ」
「『イザヤ』」
背中が一気に冷えたような感覚がした。
勢いに任せて後ろを振り向いた。
「『オリハライザヤ』だよ」
そこには、入院服を着たかっこいい青年が立っていた。歳は二十代前半だろうか。
だとすれば、同じくらいの年頃になるのだが。
「俺に何か用かな?」
ニッコリと笑顔を向けられ、硬直してしまった。
それでも脳は働かせる。
『俺に何か用』ってことは、この病室はこの人のものってことで、この人は『オリハライザヤ』さんだという
ことになる。
ちらりと後ろを見ると、ドアの前を陣取っていた。
あぁ、これじゃあ中に入れないよね、この人が。
「す、すいません!! お邪魔でしたよね、本当にすいません!!」
「いや、まぁ確かにそこに立たれてたのには驚いたけど。それで、俺に用かい?」
「すいませんでした……。いえ、用なんてないです。その、前までこの部屋開いてたんで、それで気になって、
名前、読めなくて……」
それにしても『イザヤ』とな。
私の思いつく限り、『イザヤ』といえば高校のときに倫理で習った預言者イザヤくらいなものだ。定期テストではエレミアの方が出てきたけど。
「えと、その、本当にすみませんでした!!」
そう言って廊下をダッシュした。角を曲がったところで足を止める。
廊下を走るのはいけないことだ。
はぁ、と溜息をついて帰路についた。
⇔
今日も同じように見舞いに行った。
変わらずお祖父ちゃんは寝ているし、やる事はない。
廊下を戻って、でも何だか喉が渇いたのでエレベーターに乗る前に休憩所に寄った。
そこはエレベーターホールの前にあって、自販機や椅子や電話などが置いてある広間のような場所だ。
自販機でココアを買って、適当な椅子に座ろうとした。
ふと目線をあげると、電話機のところに人が立っているのが目に入った。
別段気にする事でもないのだが、何だかその後姿に何かを感じた。何となく気になった。
ずっと見ているのも失礼だし、と思い、つい、と目を逸らして近くの椅子に座った。
早く帰ってしまおうと思って缶を開ける。
「やあ、昨日の……そういえば名前知らないな」
その声に頭を上げれば、昨日の『折原臨也』さんが立っていた。
どうやら電話していたのは折原さんらしい。
「あ、あぁどうも……。と申します」
「さん、ね。よろしく」
別によろしくするつもりはないのだけど(だってここ病院)、社交辞令で私もそう返しておく。
そのまま会話が続かないのも痛々しいので、口を開いた。
このココアがなくなったら帰ろう。
「あー……昨日は本当にすみませんでした」
「いやいいよ。自分でも珍しい名前だなと思ってるしね」
ははは、なんて笑う姿に、この人本当に病人なのかと疑いたくなった。
そのまま少しの世間話をして、ココアがなくなった時点で別れた。
お祖父ちゃんが寝ているのに出くわすのと同じくらい、折原さんとはどこかしらで会うようになってしまった。
別に図ったわけでもない。何故かそうなるのだ。
その度に少しの世間話をした。
そんなのが数日続いた後、パタリと会わなくなった。
忽然と姿を消していた、と耳に挟んだ。
不思議な人だな、と思いつつ、けれどせっかくの珍しい名前を口にする事ができなかった一抹の寂しさを感じ
た。
まぁ、いなくなってしまったものはしょうがない、とお祖父ちゃんの病室のドアを開けた。
「……おや。お祖父ちゃん、おはよう」
起きていた。
お祖父ちゃんは目じりの皺をさらに深くさせて、手招きをした。
差し出された手には折りたたまれた紙切れが握られている。
どうやら私に渡したいらしい。
受け取って、中身を見ると、番号が羅列されていた。どうやら携帯の番号らしい。
他には何か書いてないかと見るが、番号以外何も書いていない。
お祖父ちゃんの顔を窺っても、ただ微笑んでいるだけだった。
不審に思いながらも、コートのポケットにそのメモ用紙を突っ込んだ。
今でもそのメモは持っているが、果たして掛けていいものなのか未だ迷ってそのままである。
END
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7巻ネタ?
無理やり終わらせた。
補足で言うと、お祖父ちゃんは声が出ません。
決して会話を書くのが面倒だったとかではないです。
あまりにも恋愛要素がないからの無理やりなんですが……。まぁどうせ続きはないし。
2010/01/28