超完璧幼馴染は離す気はない







 幼馴染と称される女の子を、ただの幼馴染だとかましてや妹だとか思った事など一度もない。流石に物心つく前のことは勿論分からないが、記憶があるところからすでに、彼女は僕にとってなくてはならない存在だ。
 小さい頃、僕の後ろは一生懸命ついて来てくれる姿に優越感を感じていたし、彼女の手を引く役目を例え親にですら渡したくなかった。彼女に一番頼られる存在となりたくて、とにかく大人の真似をしていた。知識を手に入れ、振る舞いを身に付ければ彼女はいつも「すごいね、たかあきくん」と笑って手を握ってくれた。それだけで何でも出来る気がした。
 幼稚園、小学校と学年が上がっていく度に交友関係が広がっていく。人当たりがよく面倒見のいい彼女は、友人が多い。遊びに行こう、と皆競うように誘っていた。どんな遊びにも付き合ってくれるから人気だったのだ。勿論僕は彼女を誰にも取られたくないので、常に先約を入れるのに忙しかった。幸いにも彼女はあまり外遊びが好きじゃなかったから、そこを突けば簡単に僕を優先させられた。それでも敢助君たちと結成した少年探偵団に付き合わせて、彼女は僕の誘いなら、と見せつけていたのは少しやりすぎだったかもしれない、と反省している。けれど彼女の好きなゲームに付き合ったりしていれば、彼女も僕がいないとゲームが進まないと誘われる頻度も多くなるし、デメリットもない。
 その内に彼女は習い事を始めた。彼女の両親は教育熱心なので、恐らく家の方針なのだろう。あまりにも過密なスケジュールで心配したが、全てやりたい事なのだと楽しそうに笑うから止めることも出来ない。ただ応援することしか出来ない。一緒にいられる時間が随分減ったのは大分堪えたが。
 習い事を頑張っている彼女は本当に楽しそうだった。特にピアノやヴァイオリンは相性がよかったのかメキメキと実力をつけてコンクールで入賞するに至った。彼女が表彰されている姿を見るのは非常に誇らしかった。彼女は本当に努力家だし、家でもずっと自主練をしていたからそれが実った瞬間がまるで自分の事のように嬉しい。
 中学に入ると、他の小学校からも合流し人数も増え、彼女に惹かれる人間が増えて本当に大変だった。彼女は周りの目を気にする性質だから、揶揄われるのが嫌なのだろう。何度も「距離感を見直すべきじゃないか」と告げられた。
 この頃にはもう分かっていた。
 彼女は一人で何でも出来る。誰に頼らずともしっかりと自分の道を歩んでいける。どんなに僕が望もうが望むまいが、置いていくときは一切の未練も残さず去っていくことが可能だろう。どんなに頑張っても、僕がいないと駄目、という風にはならない。むしろ、僕が彼女がいないと駄目だ。まともに生きていける気がしない。絶対がないと離れて過ごすことが出来ない。
 分かったからこそ、僕は必死に地盤を固めることにした。
 しっかりと彼女の両親に根回ししたし、周りの人間にも牽制を忘れず行った。僕と彼女の関係に外野が一々口出ししてほしくない。
 高校はあまり苦労せず、同じ所へ進学できたが、大学が問題だった。
 僕は東都大を志望していたけれど、彼女は東都大など全く眼中に入っていなかったのだ。東都大を目指していないから、合格圏内にもいなかった。大学が離れると、計画に支障が出る。何より今よりももっと自由が利く大学生活を、目の届かない所で送らせるなんて無理だ。耐えられない。万が一彼女に恋人なんてものが出来たら……考えただけで具合が悪くなる。
 彼女と同じ大学を志望することも考えたが、彼女に不審に思われて逃げられても困る。彼女は薄々ながらも、僕が彼女を連れて行こうとしていることに気付いているようだった。だから彼女の両親に探りを入れれば、すぐに彼らは彼女を東都大に入れようと準備を始めた。本当に教育熱心で、あまりにも熱心すぎて娘が見えていない。昔からその気があると思っていたが、今は都合がいい。彼女自身、色々大学の資料を見てはいるが、何かやりたいことがあるから、という理由で選んでいないのは明らかだった。ただここから離れたい。その意図が見え透いていた。逃げ出したい場所の中に僕の傍も含まれていることに腹が立つが、仕方ない。
 幼い頃から彼女は親に僕と比べられては「足りていない」と叱られていた。そのせいで彼女は僕に対し劣等感を募らせていったのだ。徐々に余所余所しくなっていく彼女に、どうすればその劣等感を払拭できるのかよく考えたものだ。僕から離れられれば解消されるのか。いや無理だ。僕が無理。
 どうしたものか、と悩んでいる内に、彼女は急に大人しく東都大受験に向けて勉強するようになった。高校受験の時もそうだったからすぐに分かった。きっと裏で別の大学を受けるべく準備しているのだろう。
 そうまでして僕から離れたいのか。つい笑ってしまう。それを彼女は機嫌がいいと解釈したようだが、まぁ間違いではない。少しだけ早いが、これで彼女を手に入れられるかもしれない。すぐに思いついた方法に、我ながら感心した。
 彼女が隠しそうな場所は良く知っている。鍵のかかる引き出しに、昔読んだ漫画ではノートを隠していた仕掛けを施している。火が出るのは危ないからやめろ、と言ったのに。随分とあの漫画に感銘を受けていたから直していないだろう。
 彼女の両親が夜遅くまで帰ってこない日を選ぶ。先に帰っていてくれと伝える。もし彼女が寄り道をしないでまっすぐ家に帰ったなら、大人しく彼女の望み通りにさせてあげよう、と賭けることにした。賭けるとは言っても、彼女は一人で帰るとなった時に本屋に寄らなかったことは無い。案の定、彼女が帰る前に家に着いた。彼女の両親から信頼を得ていたおかげで、この家の鍵を所持している。
 部屋に入って、引き出しを開け、仕掛けを解除すればやはりそこに大学の資料と願書が入っていた。
 階段を上がる音が聞こえる。彼女が帰ったのだろう。

「た、高明……」

 かわいそうに。そんなに顔を真っ青にして。

「これ、なんですか?」

 聞かなくても分かるけれど。
 血の気の引いたまま、彼女は諦めた様に目を閉じた。彼女は諦めが早い。

「詳しく教えてくれるね?」

 白い頬に手を滑らせると少しずつ満たされていく気がした。

 

  ---------------------------------
2025/06/21
ジェイド夢『超完璧彼氏と別れたい』のセルフオマージュ
続くかもしれない。