超完璧幼馴染から離れたい







 とんでもなく優秀な男が幼馴染として存在している。
 幼馴染の男に対して持っている感情を敢えて言葉にするのなら『劣等感』なんだろうか。
 物心ついた時には既に優秀だったその幼馴染の男は、産院が一緒で生まれた日も近く病室が一緒だったという母同士の繋がりでとにかく一緒に育った。幼い頃はまるで兄かの様に私の手を引く高明を純粋に誇らしく思い慕ってすらいたと思う。自慢の幼馴染だと思っていたはずだ。私がどんな遊びに誘っても快く応えてくれたし、こちらの想像以上に良く付き合ってくれた。毎日毎日よくもまぁ飽きもせず遊んでいられたもんだ。本当に同い年なのかと疑うレベルでお世話されていたように思う。そして私も、自分に良くしてくれる高明の事を好ましく思っていたから高明のやりたいこと全てに付き合ったし行く先々に喜んでついて行っていた。両家それぞれに保管されているアルバムを開けば、どちらにも高明と私がセットで写っているものが多い。高明に弟が生まれてからもそれはあまり変わらなかった。高明の部屋に飾られている写真がいくつかあるが、その中に幼い私が幼い高明の頬にキスをしている写真がある。何度も片付けるように申し付けているが、改善された事はない。むしろ一番目立つところに移動した。
 そんな純然たる尊敬の念だけを抱いていたのが変わったきっかけは、小学校に上がる頃が最初だったように思う。元々高明は優秀であるが、それが際立ち目立つようになった。気付いた時には話し方も酷く丁寧なものになっていたし、物腰も大変穏やかな雰囲気になった。元々そういう性格ではあるんだけど、より洗練されたというか。特に中国古典にハマってからはその成長スピードたるや早かった。およそ小学生とは思えない知識量を兼ね備えた高明との会話は困難を極めた。しかしそこで高明は私を遠ざけるのではなく、私に教育を施し始めた。
 本を読むのは好きだ。高明と遊ぶ時は外に出るより家の中で一緒に絵本を読んでいる方が多かったし、両家共に蔵書がそれなりにあったので、文字を覚えるのも二人とも早かったから、私だって小学生にしては語彙が多い方だったはずだ。事実国語の授業で困ったことなんてないし、その他の教科もほぼ100点を取れていた。しかし高明はさらに上をいく。完全に100点しか取らないし、何ならより優秀な答えを出し加点をされ100点以上を取っていたこともある。そんな存在が身近にいると、親が、特に母が「高明君はああだった」「高明君ならこうだ」というように私と高明を比べ始めたのだ。私もいる場で高明に「本当にこの子は高明君と出来が違うから」のような事を言ったこともある。自分の子供にだけデリカシーが無い系の親なのだ。多分これは治らないので放置しているが、これを目の当たりにした時の高明は酷かった。憤慨していたんだと思う。私がどんなに「気にしなくていいよ」と言おうが「そういう問題じゃありません」の一点張り。「あの家にいさせられない」とか何とか言っていたけど、今思い返してみればきっとこれも理由の一つだったんだろう。ひたすら私を連れまわしていたことの。親に高明と比べられて悲しくないわけじゃないけど、その一方で「確かに」と納得してしまうことだったから、高明は本当に気にしなくていいのに。そこまで幼馴染の面倒を見なくていいのになぁ、と普段器用に何でも熟す高明にも不器用な面があるんだと感心さえしたものだ。こういう不完全なところが垣間見えるから、高明を嫌いになりきれないんだろう。
 それで結局、高明が本当にそう考えたからなのかは分からないけれど、私の母に余計なことを言わせない様、高明が学ぶものを同じように私に学ばせたのだ。好きな本や音楽、興味のある分野その他諸々。勿論私にも好みはあるし、高明の好むものを私は大して好きにならなかった。諸葛亮の名前をもじったあだ名の出典先である三国志が特にそうだった。歴史ものは好きだけど中国に一切興味が持てなかった。古い話を読むなら神話とかの方が好きだし、もっとファンタジー要素が満載の物の方が好みだ。漫画で分かる三国志、なんてものを何度も読んだけど、あんまり頭に入ってこない。その内に高明はサブリミナル効果でも狙ってんのかというくらい会話の中に中国故事を盛り込んできた。これが地獄の始まり。一切解説をしてくれないから、高明の言ってる事を理解するために私は毎度辞書を引く羽目になった。他の子と話すときは自分から解説するのに。知らない事を言われると負けた気になるので躍起になって調べていたけれど、高明の大親友でありライバルでもある大和君はこの故事成語会話においてだけ勝ち負け判定がないらしく、「またわけわかんねーことわざかよ」と文句は言いつつも高明の講釈を甘んじて受け入れているのだ。私もそうできればもっと楽になるだろうに、育っている劣等感や矜持がそれを許さない。長期休みの時に訪れた祖父の家に古い中国故事名言辞典なんてものがあって、これだと思いお願いして譲ってもらった。私の部屋の本棚に増えたその辞典を高明は目ざとくも見つけニヤニヤしていたのを思い出す。今でもあの辞典は私の自室の一番手の届きやすい所に置いているし、付箋だらけだ。
 小学六年生の頃、有り体に言えば疲れたんだと思う。
 小学校に入学すると、交友関係が広がる。私と高明も互いに別の友人関係を築き上げていくのだが、何故か高明は『友達の友達は友達』精神でも持っているのか、自身の友人関係に私を巻き込んだ。言っちゃなんだが、高明は人当たりも良く、誰とでもそれなりに仲良く話す事は出来るが、いつも一緒にいる友人という点で見ると非常に狭い交友関係でしかなかった。つまり、大和君と少年探偵団の様なものを結成し学校内を始めとした身の回りの悩みや困りごとを解決するようになったのだ。学年が上がると大和君の幼馴染の年下の女の子もついて回る様になっていた。大体は犬猫探しや失せ物探しだったみたいだけど、本人たちが楽しんでやっていたし、解決率も大変に高かったので役にも立っていたんだろう。良いことだと思う。ただ私はそういう探偵ごっこに興味がない。それなのに高明は私を連れまわした。そもそもアウトドア派じゃないのに毎日のように放課後外を歩き回っていた。どんなに私が家で本を読みたいとか絵を描きたいゲームしたい、と言っても高明は「後で一緒にやりましょう」と言って無理やり外に出した。一応高明の言う「後で」は達成された。高明に散々連れまわされた後は、そのまま諸伏家に連れ込まれることが大体のパターンだった。
 というのも、私が小学校中学年になった頃に母が仕事に復帰し、父も帰宅は夜遅くだったため所謂鍵っ子となったのだ。私自身は鍵っ子として自分用の鍵を与えられ、夜に一人でお留守番をすることに全く抵抗はなかったし、両親も私が遅い時間に私が一人で家から出てどこかをふらふらするタイプではないという信頼を置いてくれていたからこそだった。しかし、そんな我が家の状況を心配したのが諸伏のおじさんとおばさんだった。特におじさんは教師であり、そう言った子供がトラブルに巻き込まれる事例を知っていたからか心配が尽きなかったようだ。今思えば、もしかしたら高明は自分の親にそういった事を教えられていて、私を気に掛けていたのかもしれない。勿論両親はおじさん達の提案に遠慮をしていたが、おじさんやおばさんの方が弁が立つからか、早々に言いくるめられていた。
 とはいえ、探偵団に入れられたところで、何が出来る訳でも何をするでもない。確かに私は本が好きで、特にミステリばっかり読んでいるし探偵小説も好きだ。しかし読んでいく中自分で推理しない。謎解き要素のあるゲームもよくプレイするが、謎解きは全て高明に委ねている(だからあまり一人でプレイしない。というか高明がいないと進まない)。私は謎解きの過程に楽しみを見出さず、解かれた後の爽快感や解放感を楽しみたいのだ。よく、高明にゲームの謎解きをさせていると、「何が楽しいのか」と聞かれるが、私はストーリーを楽しんでいるので全く問題ない。
 そんなわけで、ただ二人ないし三人があーだこーだと知恵を出し合って解決していく様を眺めるだけ。三人だけでやっててくれと何度思った事か。たまに話を振られることもあるけど、一切考えてないんだから言える意見もない。本当にただ見ているだけだというのに、何故かこの三人は私を邪険にしないのだ。勿論、高明は私を連れだしている張本人なのでそんなことする権利はないが、大和君と由衣ちゃんですら何にも言わないし、疑問にも思っていないらしい。むしろ私が帯同を嫌がると「何で?」という顔をしてるくらいだ。だから何というか、勝手に私がこのままこの三人の輪の中にいるのも居心地が悪いと感じているだけだし、かと言って積極的に探偵ごっこをしたいとも思わない。どうすればいいのか、と悩んでいた時にテレビのバラエティでヴァイオリンの演奏を見かけた。これだ、と天啓を得た。習い事をすればいいのだ。そうすれば高明は私を連れだせなくなる。これはもうみっちみちに習い事を入れるしかない。教育意識の高い母なら反対しないだろう。案の定、母に習い事について相談すると、「いいんじゃない」とあっさり同意を得られた。有難いことだが、あまりにも簡単に言うものだからながら返事だったのかなと思っていたのだけど、次の日には何種類もの習い事の資料を持ってきたので割と乗り気だったらしい。
 どうせ習い事をするならば、と母からはピアノ、父からは英語を勧められた。そして私がヴァイオリンを見て言い出したから、とピアノと一緒にヴァイオリンも出来るような教室を見つけてきた。行動が早い。選定が始まると私よりも両親の方が真剣に選び始めた。やはり自分が学生の頃にやっておけばよかったものが各々あるらしい。ピアノ・習字・絵画・水泳・武道・そろばんその他諸々。流石に全ては出来ないので、音楽と英語の他に運動でもするか、と思って水泳を選択した。すると習い事を考えている事を母が祖母に話したらしく、資格を持っているからと茶華道を月一二回程祖母の元で学ぶことになった。話が早い。おかげで私は週五で習い事に通うこととなった。週七で全然よかったのだけど、休みが無いのはよくないし自主練の日を設けた方がいいと父が言うのでその通りにした。母は家にピアノを置きたかったらしく、家の片づけを始めた。

「あら、そんなに沢山、大丈夫なの?」
「うん。全部やりたい事だから」
「そう……? でも高明も景光も寂しがるわね」

 早いものは来週から習い事が始まることになったので、諸伏のおばさんにその事を報告した。やはり両親もいつも諸伏家にお世話になっている事にそれなりの負い目を感じていたらしく、私が習い事を始めることによって帰りは母が既に退勤しているから迎えに来られるし、と諸伏家へお邪魔する機会が減ることに多少ほっとしたらしい。いくらおじさん達が気にしなくていいと言ってくれてはいても、そりゃ遠慮したくもなるだろう。結構頻繁にお礼の品を渡していたし。
 今日も今日とて高明に連れまわされた後、諸伏家を訪れた。今日は母の帰りが遅く、夕ご飯も諸伏家で頂く予定だ。
 高明は景光のお世話している間、私はおばさんの料理のお手伝いをするのがいつものパターンだ。おばさんは非常に料理上手で、特にビーフシチューが絶品である。母も別に料理下手ではないが、こだわりもないというタイプ。その為、私は専らおばさんに料理を教えてもらう事が多かった。料理教室でもやればいいのに、と思うし、もしおばさんが料理の先生をやるなら私を一番弟子にしてね、と言えば非常に喜ばれた。しかし家で教わった通りに作っても同じ味にならないので免許皆伝にはまだまだ時間が掛かりそうである。

「そうかな」

 習い事をすることが決まった次の日には高明にその事を伝えた。おばさん同様、高明もみちみちなスケジュールに対して苦言を呈したが、習い事そのものには何もコメントしなかった。あまりにもあっさりとした反応に、あんなにも私を連れまわしてたくせに、とちょっとモヤモヤしたのは私の方、とはこれ如何に。成長するにつれて、私は高明が何を考えているのか分からなくなっていった。どちらかと言えば高明は表情が豊かな方だと思っていたし、ポーカーフェイスも使いこなせる器用な奴だと思っている。特に大和君と言い合いしている時なんかとても表情豊かだ。あまり感情を隠すタイプじゃないんだと思う。でも高明の真顔に関しては本当に何を考えているのか分からない。ここ最近の高明は私を見る時真顔になっている事が何だか多くなってきたように感じる。誰よりも付き合いが長いはずなのに、全然高明の考えを汲み取れないのだ。大和君にも「分かんねぇのかよ」と呆れられているが、分からないものは仕方ないし、かと言ってわざわざ本人に聞くまでもない。高明が言って来ないならいいか、と思っている。

「そうよ。ね、暇な時はぜひまたお家に来てね」
「ありがとうおばさん。まだまだ料理教えてほしいし」
「えぇ、もちろん」

 そうして私は放課後高明から解放された。とはいえ、学校からまっすぐ習い事に向かう際は何故か高明に送られるし、休みの日に家で自主練するといえば、高明が家に来て私が練習している様子を見ている事が増えた。たまに大和君や由衣ちゃんもやってくる。特に由衣ちゃんはピアノやヴァイオリンに興味津々だった。ちなみにピアノは母の趣味で買ったものだし、ヴァイオリンは祖母から出資してもらった。
 始めたばかりでまだまともな曲にもなっていないものを聞いて何が楽しいのかよく分からないし、その様に高明に言っても柳に風といった感じだ。まぁ邪魔されてるわけじゃないので放置一択である。
 小学校を卒業すると、由衣ちゃんと学校が別れたこともあり、自然と少年探偵団は解散した。解散した、と言っても中学でも高明と大和君は何かと困り事をよく解決していた。そんな事をしていると二人とも学年を越えて学校中で知名度が上がる。その上二人とも成績も良かったのでより有名になった。
 小学校までは足の速い子がモテるが、中学校になるとプラスして勉強のできる子も人気になる。二人とも足も速いし勉強できるし、顔もいいのでそれはもうモテた。どっちが人気高いかはその時々だったが、私にとってそこは大した問題じゃなかった。それよりもそんな二人の幼馴染として、特に高明と距離が近いと周りの女子に反感を買うようになってしまった方が問題だった。
 二人がモテていた割にどちらかが突出しなかったのは、良いところ以上に欠点が目立ったからだろう。大和君はちょっと物騒な言葉遣いに加えて、恋愛方面に関して非常に鈍感で女の子のアプローチに一切気付かず、女の子の心が折れる。高明は非常に人当たりが良さそうに見えて、常に敬語というのは冷たい印象を与えがちだ。まぁそれだけならまだクールキャラで人気が高くなりそうだが、何よりも高明は会話が難解であることが非常に致命的だ。すぐに会話内に中国故事由来の言葉を隙あれば挟み込んでくるので、「黙っていればかっこいいんだけどね」という専ら観賞用となっている。そんな変人高明であるにも関わらず、熱狂的なファンはいるものだし、ファンじゃなくても距離の近い男女の存在は好奇の目に晒される。思春期なので仕方ないし、私も他人事であればその話題を楽しんだだろう。そして高明はとある事情により、より好奇の目に晒されることが多くなった。好奇の目というか、腫物に触る感じというか、まぁあまり良い空気ではなかったけれど、高明は努めて平常通りの生活を心掛けているようだったので私もそれに倣う事にしていた。
 高明は傍から見れば悲劇の主人公、のような扱いを受けており、その高明とよく話す私が目障りに見えたんだろう。その上、誰にでも敬語で丁寧に話す高明が、私には砕けた口調で話すのも癇に障ったのだろう。特別扱いに見えたのかもしれない。高明は完全に私を兄妹のように扱っているからこそ、景光君へと同じ様な口調で話しているだけなのだけど、まぁ景光君と年の離れた兄弟だから知らない人が多い。
 だから、という訳じゃないけどあれ以上の気苦労を背負わせたくないと気遣ったのもあるが、恋愛的ないざこざまで対処させるのもどうかと思ったので「友達に幼馴染だからって近すぎるのは良くないって言われた」と伝えた。嘘じゃない。実際に言われた。言ってきた相手は恐らく高明の熱狂的ファンの一人で友達じゃなかったけど。しかし高明はあの真顔で「そうですか」と私を一瞥し、行動を変えることをしなかった。いや変わりはした。むしろ余計に距離を詰められた。やめろと言っても何処吹く風。「ただの他人に言われたからと言って、僕達が改める必要があるか?」とばかり。高明の言う事が間違っているわけじゃないからあまりこちらも強く言うことが出来ないでいたし、それならば他人よりは近しい関係の大和君に言わせるかと思えば「絶対に俺を巻き込むんじゃねぇ」と釘を刺されてしまった。そして私が大和君にそんな話をしたということを知った高明はあからさまに機嫌を損ね、暫く大和君と話す事の無い様徹底的に管理された。後で聞いた話だが、大和君も八つ当たりをされていたらしい。申し訳ない事をした。大和君は高明と張り合える程頭がいいが、如何せん高明よりも頭に血が上りやすく、中々勝ち星を上げられない。ちなみに私も高明と口論になって勝てた事が一切無いので手助けは出来ない。その為、高明に行動を改める気が無いならそれ以上私に出来る対策がない、ということだ。その内に結局回りが勝手に空気を読み始めて、私にとって不本意な暗黙の了解みたいな雰囲気が醸し出され始めた。
 そんな空気の中学校生活を過ごした私は、当然のように高明とは別の高校に行こう、と考え始めた。幸いにも高校の選択肢は多い。しっかり自分の実力に見合った高校で高明と違うところを志望できそうだった。進路希望調査が始まった頃から、高明は県で一番の進学校を志望していたのも知っていたので違う高校を志望することなんて簡単だった。流石に高明だって他人の進路に口出ししないだろうと思っていたのだ。だって私の習い事にも何も言わなかったし。だというのに、私の第一志望の高校名を聞いた高明は怒った。「何故?」と何を言っても返してくる。私が志望している高校でやりたいことを言えば、高明は自身の志望校でもそれが出来ると返してくる。そしてそれはそうなのだ。何度も言うが、私は口で高明に勝てない。だからもう押し通そう、と思っていたのに高明の方が上手だった。私の両親に根回しをしたのだ。元々、母は私の志望校に少しばかり不満を抱いていたから、高明が私を同じ高校を志望してほしいと言えば母も二つ返事で頷いたらしい。何せ高明の志望校は県で一番の進学校だからだ。何より高明は私以上に両親から信頼を得ている。「高明君が言うなら間違いないわね」と言われた時は眩暈がした。

「進学校に通えば将来の選択肢がもっと広がるだろう」
「それは、そうだけど」

 高明の言う事は間違いじゃないんだろう。これで学力が追いついていないなら無理だと言えたのに、私は高明に勝てないと分かっていながらも勉強を頑張っていた。担任との面談で志望校を高明と同じ所で出しても何も言われなかった。結果、高明の監視の目も厳しかったし、私は泣く泣く高明と同じ高校を受験し、危なげなく合格してしまった。こうして高校も一緒のところに通う羽目になってしまったというわけだ。この結果に高明は大変満足していた。その笑顔に、大学こそは何が何でも違うところに、と決意した。
 高校でも高明との関係は変わらずだ。最初は高明と私の距離に違和感を感じていたクラスメイト達だが、流石進学校というか、不用意な事をいう人間の少ない事。中学の時のように、高明とのことについて陰口を言われることも無かった。いや言われていたかもしれないが、わざわざ私に聞こえるように言うような人はいなかった、と言うべきか。この空気感は非常に過ごしやすかった。煩わしいものが何もない。高明も余計なストレスを感じていなかったんじゃないだろうか。
 高校生になると、私は小学生の頃に始めた習い事のいくつかをやめた。元々その道を極めたいと思って始めたものじゃないので、レベルの高い高校に入ったからもっと勉強する時間を増やさなくてはならないと思ったのだ。残念ながらしっかり勉強しないと身に付かないタイプなのである。
 毎日の予定をみちみちにしていた習い事をやめると、当然ながら放課後が暇になった。部活や委員会に入ってはいたけれど、それでも格段に時間が増えた。勉強をするために作った時間ではあるけど、だからと言ってその時間を全て勉強に費やすほど私は真面目な人間じゃない。そうすると、習い事をやめた事を知った高明がやっぱり私を連れ回す様になった。とはいえ遊び歩いたわけじゃない。高明の部活に付き合わされたり、後は私の家に来てゲームしたり勉強をしたり。もう私も諦めの境地だ。暇な時間を埋めてもらっているのは変わりないし。そうして過ごしていると吉報が入った。
 何と高明は最高峰の東都大学を志望しているのだとか!
 これはもう、進路が一緒になりようもない。勉強をしてはいるから成績は悪くないが、東都大を志望できるほどの実力はない。進学校だからこそ、一年の内から模試を受ける機会が非常に多いから、自分の偏差値を知れる。一度試しに東都大を志望校にして模試を受けてみた。結果はC判定。安全圏じゃない。もうこれは実力でゴリ押せるものじゃない。
 高明の結果は知らないけど、少なくとも私より上なのは間違いがない。何せ高明は学年一位をキープし続けている。まぁ悔しいっちゃ悔しい。生まれた時からずっと一緒で、ほぼ同じ教育を受けてきたからこそ、いつもいつも優秀な高明と比べられる機会も多かった。負けたくないと思って勉学に励んだ時期もあった。勉強じゃ勝てないから、と習い事を頑張った。特にヴァイオリンはコンクールで入賞したこともある。高明は毎回律儀に発表会やコンクールに来ては花をくれたし、入賞すれば手放しで祝ってくれた。でも高明より上だと感じれたことは無い。だって高明がいない土俵での話だからだ。高明が存在する世界で私は優位に立てたことがない。そりゃ嫌にもなりますよね、って私は思う。身近に優秀な人間がいることを何度恨んだか。高明がこんなに優秀じゃなければそれだけよかったか。でも高明に一切非が無いことだから、こんな気持ちをぶつけるのは単なる私の八つ当たりになる。そんな事私に出来るはずもなかった。だって高明は努力せずにその優秀さを手に入れたわけじゃない。むしろ誰よりも努力した結果だ。そう頭で理解していたにも関わらず、

「貴方なら東都大、行けるだろう」

 と言われた時は高明をぶん殴りたくなった。何とか合法的にぶん殴れないかと数日真面目に考えた。思いつかなかった。
 行くわけないでしょ、と直近の模試の結果をそのお綺麗な顔に叩きつけながら言ったのに、何故か両親はいつの間にか私が東都大を受けるものだと思って準備をし始めた。模試の結果を確認した高明が何を言ったのか知らないが、私の勉強を見るとか言って前以上に家にやってくるようになり、部屋に閉じ込められた。
 私の進路だと言うのに、何故私の意見を一切聞かれないのか。
 あまりの理不尽に、流石の私も我慢できない。けれどここでどんなに意見を訴えようがどうにもならないことを高校受験の時に学んでいる。あの頃の暢気な私じゃない。
 悔しくてやりきれなくて、この気持ちを原動力にした私は先生にしっかり口止めをし、誰にも進路希望を話すことなく秘密裏に東都大ではない大学の資料を取り寄せた。どうせなら東都でも長野でもない、遠い土地に行こうと決めた。物理的に離れてしまえば、もうどうにも出来ないだろう。北海道や九州、沖縄なんていいんじゃないか。そうやすやすと行けないし帰ってこられない。大学へ進学したら一人暮らしをしようと思っていたし、家を出たらあまり帰らないつもりだ。
 私の計画は非常に上手くいっていた。取り寄せた資料は部屋の鍵のかかる引き出しの中に厳重に保管し、目に触れないようにした。その上で、従順に高明と同じ大学を受験します、と大人しく勉強した。私が抵抗をやめたのが余程嬉しいのか、高明の機嫌が非常にいい。多分模試の判定が上がったのもあるだろう。

 ざまぁみろ。ようやく私はお前の上を行く。

 胸がすく思いだ。上と言ったって、学力的にも難易度的にも高明の方が何倍も上だ。でもようやく高明の裏を掛けると言うか、思惑を外せるのだ。願書締め切り日を過ぎてしまえばもう、どうにもできないだろう。あぁそうだ。そろそろ願書を書かなきゃな。
 今日は高明に用事があるから先に帰る様言われていた。少しだけ本屋に寄って時間を潰してから家に帰る。誰もいない筈の家の玄関に、見覚えのある靴があるのを見て嫌な予感がした。高明の靴だ。用事が早く終わって、そのまま私の家にきたのだろう。
 嫌な予感がする。
 恐る恐る階段を上がり、自分の部屋を覗くと、やはり高明が立っていた。その手にあるものを見て、やばい、と思った。

「これ、なんですか?」

 振り向いた高明は笑顔で問いかけてくる。その手にあるのは、厳重に鍵を掛けた引き出しの中にしまっているはずの、北海道の大学のパンフレットと願書だ。
 サァ、っと血の気の引いた音がした。


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2025/06/21
ジェイド夢『超完璧彼氏と別れたい』のセルフオマージュ
短いですが高明視点もあります。