私はただ見えるだけである








人には見えないものがあると聞いて何を思い浮かべるかと言えばやっぱり、そう……好感度だろう。私には物心ついた頃から他人の好感度が見えていた。メーターという数値として人の好感度を上げたり下げたりする選択肢も見え、思うとおりにしてきた。はずだった。
降谷君が現れるまでは。
降谷君と出会ってから、好感度メーターの扱いが上手くいった試しがない。降谷君のメーターは上がり続ける一方で私が何をしようが下がることがない。降谷君から執拗にアプローチされる日々に、それでも私はただ「メーターを御せない」ということのみに意識が向いていたため、気付いた時には遅かった。
よくよく考えれば、ただメーターが見えて選択肢が見えるってだけで、別に他人の心を操れるわけでもない。
降谷君の気持ちはただ、降谷君の思うようにしかならない。私は非常に不誠実であったと身に染みて気付かされたのだった。






























昼休み。騒がしいはずの教室は氷が張ったように静かだった。誰もが息をひそめ、こちらを注視しているらしい。
私はと言えば、降谷君にがっしり体を拘束され、さらに口も封されている。熱い唇の感触が火を散らす様に貫いてくる。逃げる場所なんかどこにもなかった。実際には数秒だろうけれど永遠にも感じられる時間からようやく解放されて、供給できるようになった酸素に目から涙が零れた。それを親指で拭った後、降谷君は私の頭を抱え込みしっかりと胸に押し付けた。白いシャツを通して頬に降谷君の体温と鼓動が伝わってきた。



「これで分かった?」



胸から直接、降谷君の声が響いた。



「俺とがどういう関係か、言葉で説明しても理解してもらえなさそうだし。分かったなら二度とくだらない行為はやめてくれ」



昼休みが始まって早々に、女子が数人、私のところにやってきた。見ない顔もあったから別のクラスの子もいたと思う。
その子たちは口々に、



「降谷君とどういう関係なの?」
「降谷君にまとわりつかないで」
「降谷君が迷惑がってるのわからない?」
「二度と降谷君と関わらないで」



と言い募ってきた。四方から飛んでくる言葉に私の脳の処理が追い付かなかった。とにかく彼女たちの頭の上にあるメーターが軒並み寒色だったからそうとう嫌われているらしい。名前も知らないのに、とショックを受けていた。
そんなところにいつものようにお弁当を持った降谷君が来てしまったのだ。



に何しているの」



その声は冷え切っていて、一瞬で教室の温度が下がったように感じた。けれど頭に血が上っているらしい彼女たちはそれに気づかないようで、降谷君に詰め寄って私がいかに酷い女なのかを言い連ねていた。彼女だちが言葉を重ねるたびに降谷君の機嫌が下がっていく。ぷち、っと聞こえないはずの堪忍袋の緒が切れる音がしたと思えば、腰に手が回って引き寄せられて……だ。



「行こう、



未だ整わない息に、降谷君に返事も出来ずそのまま引きずられるように人気のない教室に連れ込まれた。これは本当に危機じゃないだろうか。貞操の。けれど頭の片隅で降谷君相手にそこまで意地になって拒絶する必要があるのかな、と疑問が出てきた。
連れ込まれた教室で、一も二もなく引き寄せられて固い胸に鼻がぶつかった。



「もっと早くこうしていればよかったな」
「ふ、降谷君……」
「零、って名前で呼んで。じゃないと、次の授業出れなくなるかもね」



するりと太ももを撫でられて肩が跳ねた。冗談だよね、と降谷君を見上げても振り切ってなお上がり続けるメーターがあるだけだ。いいや、熱の浮かんだ強い視線を感じた。目が合って、そう、初めてまともに降谷君と目が合ったような気がする。深くて青い瞳に惹き込まれた。瞳の奥を覗いて見たいと見つめていれば、だんだん近づいてきて、やっぱり唇が触れた。



「そんなに期待しているような目で見られると、精いっぱい応えたくなる……もう一回しようか?」
「だ、だめだよ降谷君、ここ学校だし」
「だから、零だって。呼んでくれたら、お望み通り後で続きしてあげるから」
「な、! そんなこと言ってな」
「ほら早く。それともはここでシてほしいの? 俺は勿論、構わないけど……」



ちらりと視線を流した先には、まもなく昼休みが終わることを示している時計があった。



「れ、零、君……」
「うん。じゃあ、放課後はまっすぐ俺の家、ね」
「え」



解放されて、でも腕を引かれて近くの椅子に座らされた。



「お弁当、食べようか」



チャイムが鳴った。どのみち次の授業には出席できず、その後教室に戻った私に、クラスメイト達から生温い視線を浴びせられることになったけれど、言わせてほしい。みんなが思うようなことはまだしていない、と。だからそんなに体を気遣うようにしなくたっていいのに。いやでも降谷君のあの言い方……時間の問題かもしれない。けれど危機感が殆どなくなっていた。
迎えに来た降谷君に従って教室を後にした。



「ふ、降谷く」
「零。早く慣れないと、将来も降谷になるんだから」
「え」



降谷君の家に着いた途端、抱き上げられて運ばれた。ストンと降ろされた先はふかふかしていて……ベッドだった。多分降谷君の部屋なんだろう。整理整頓されている。



「あ、あの……」
「さっき言っただろ? 続きしよう」



啄むように何度も唇をふさがれる。しゅるりとスカーフが解かれ引き抜かれた。









END
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2018/12/31