29.villain-悪役-





「ほんっとうに無理だから、あ、やめてやめて足首掴まないでっ!」
「ですが、バルカス先生に貴女の面倒を見るように頼まれてますし」

ニヤニヤと上がる口角を隠さず、さも『キミのため』だというような建前を振りかざすクラスメイトを今ぶん殴りたくて仕方がない。けれどここはプールで向こうは人魚。獣人でしかも飛び切り水が苦手な私に、子のシチュエーションは分が悪い。悪すぎる。

「貴女の従弟でしたっけ。ジャックさんはあんなにしっかり泳いでいらっしゃいますよ。同じ狼でしょう?」

狼は水を恐れる生き物ではない筈です、と言われて苦虫を数十匹は噛み潰した心地になった。確かにそうだ。水遊びなんか平気でしたりする種族だ。獣人であれば尚更、水を怖がることなんてほぼない。
ただし、私は幼い頃川で溺れかけた事をきっかけに、冷たい水に浸かるというのがどうにも苦手になってしまった。お湯は平気なのに。普段の生活で冷たい水に浸かれなくても困りはしなかったのだが、水泳の授業があると知って絶望した。バルカス先生は「克服しろ!!」の一点張り。取り合ってもくれない。ただ見かねた先生が、講師として人魚を連れてきたのだ。全くお話にならないし、連れてくる人魚の人選がもう最悪。なんで人魚の中でも最高レベルに意地の悪い奴を選んでしまったんだ先生。

「まず最低でも水に浸かれるようになりましょう。この調子では試験に間に合いませんよ」
「無理だよ足だって浸けること出来ないのに……。もう今日は終わりにしよ。ジェイド君これからラウンジの仕事でしょ」
「僕は今日お休みなのでいくらでも付き合えますよ。さ、頑張って。これでは海での生活が出来ないではないですか」
「えぇ……。もう今日は無理。明日も明後日も無理だけど」

ぐいぐい引かれる足を取り戻そうと力を込めるが、全然手が離れない。

「ていうか私、海で生活する予定一切ないから」
「いいえ、それでは困ります。僕が一体何のために貴女のコーチを引き受けたと思っているんですか」
「知らないよそんなのぉ……」

半ベソかき始めた私を気の毒に思ったのか、ようやく足を掴む手が緩んだ。どうせなら足から手を離してほしい。

「僕は何のメリットも無しに、他人の面倒を見て差し上げる程暇ではないんですよ」

よく考えてくださいね、と言ってジェイド君は微笑んだ。