28.monster-怪物-
「この中であれば誰を選んでも構わない。彼らはお前に選ばれると言うだけでとても光栄だと思うだろう」
そう言って父は集められた子供たちを値踏みするかのように見回した。いや、正しく「値踏み」していたのだろう。
元を辿れば王族の血を引いている我が一族は、それはもう「血」に強く依存している。何よりも血統を重んじ、高貴な血ではないと判断した者を見下してきた。しかし世の中は資本主義。血で金は稼げない。あっという間に没落貴族への道を辿り始めた事に焦った両親は、娘婿に富豪を迎え入れることにした。「高貴な血」やら「家柄」にまだ価値がある内にそれらを売り物にしようと考えたのだ。
位が高いから、やんごとない高貴な血を引いているから、立場が上だときっと死ぬまで勘違いし続けるのだろう。選ぶ側にいるのだと優越感に浸っているらしいが、どう考えても、この会場における見世物は私だった。皆私という『血』にどれ程の価値があるか、どれだけ金銭を支払い手に入れて利益を得られるか考えているのだ。そして多くが、「価値無し」と判断したのだろう。何せ金食い虫がもれなくついてくるのだから。例え私がどんなに器量良しだったとしても、マイナスになるくらいの存在。勿論私は「それでも番に」と請われる程の存在ではない。
実際、両親は「高潔な一族に慄いているのだ」と満足そうに笑い、一番最初の儀礼的な挨拶後誰も寄ってこない現状をそう解釈していたが、どう考えても爪弾きにされているのだ。
私を買い取ってくれる番を探すためのパーティーであるし、見つけられなければ叱られるだろう。けれど、こんな愚かな一族に関わろうとする子がいなくてよかったと心底安心していた。疲れたので少し休みたい、と言えば上機嫌な両親は「出し惜しみ」だと勘違いを重ねて送り出してくれた。
会場から離れた裏手に辿り着く。パーティーの騒めきも聞こえない。目の前に広がる闇にわずかな外灯の光が吸い込まれて行っている。この闇の中に踏み出したところで、私はどこへも逃げられやしないだろう。くだらないだのなんだの言いながら、結局私も死ぬまで「高貴な血」という見えない鎖に雁字搦めになって身動きが取れずに終わるのだから。
「おやおや、こんなところで何をしていらっしゃるのでしょう? 本日の主賓だったかとお見受けしますが……」
丁寧ながらも幼さの残る声に、勢いよく振り向いた。まさかこんな何もない場所に誰かが来るとは思っていなかったのだ。「だ、だれ……?」震える声で訪ねる。ほのかに灯る明かりに照らされた顔に、見覚えはなかった。
「先ほどご挨拶はさせて頂きましたが、改めまして。ジェイド・リーチと申します。本日はお招きくださり誠にありがとうございます」
恭しく下げられた頭に、何となく思い出す。
「……ウツボの……」
「えぇそうです。よかった、覚えててくださったのですね」
「双子だった、でしょう?」
「はい。片割れのフロイドは申し訳ないのですが飽きたと言って帰ってしまいまして」
「それが正しいわ。こんなところ、何時までもいるものじゃないもの。貴方もご兄弟を追いかけて早く帰った方がいいわ。ここに居るだけで時間が無駄になる」
「おやおや……この会は貴女の番を決める為に開かれているというのに」
何がそんなに興味を引くのか、楽しそうに笑っているウツボの人魚を見た。私にはない鋭い牙に爪。海の強者であることがよく分かる。
「もうお決めになったのですか?」
「いいえ。決めるつもりはないの。こんな……馬鹿馬鹿しいお遊戯に付き合う必要なんて無いわ」
「ふむ……どうやら随分と込み入った事情が御有りの様子ですね」
話す気なんてなかったのだけど、どうせもう会うことは無いだろうと思ったからなのか何故かするすると口から言葉が出てきた。番だなんだに期待はしていないが、私を買うことになる番は気の毒で可哀想なのだと、思っている事全てを吐きだし終えた時にようやく自分が良く知りもしない相手にぺらぺらと喋っていたことを認識した。
あの聞かなくても分かっているかのように見透かすオッドアイがいつまでも脳裏から消えない。
「なるほど……事情は分かりました。でしたら僕が貴女を買いましょう」
「は?」
「あぁ、買うというのは表現がよろしくありませんでしたね。僕が貴女の番になります。どうぞ僕をお選びになってください」
「な、何を言って……」
「このパーティーで番を見つけなくては叱られる、なんて軽く言っていましたが、それでは済まされないのでしょう?」
「そ、それは……」
「幸い僕はご両親の条件を満たしています。何せ、あの会場に招待されていたのですから。誰だってかまわないのなら僕で良いはずです」
「そうじゃなくて……」
「では何が問題なのでしょう」
詰め寄られていた距離を少し離して、ゆっくりと彼の姿を見た。
「私を買うという事がどういうことか分かっているの? これからも成長を続ける企業家たちにとっての足かせにしかならない。お金をドブに捨てるのと一緒。そしてそのお金は、貴方のご実家が払うのよ」
「……なるほど。確かに今の僕には大金がありませんね」
「……そうでしょう?」
「わかりました。ではとりあえず婚約という形にして、僕が貴女を買い取れるだけのお金を貯めたら迎えに行きます」
「はぁ? あのね、何千万マドルというお金をそう簡単に」
「貴女は勝手に僕を気の毒だなんだと思い込んで親切心で言っているのかもしれませんが、それは大外れです。僕はわざわざ、会場から姿を消した貴方をこうして探しに来てまでこの提案をしているのです。少しはその気持ちを汲んでくださっても良いかと思いませんか」
離れたはずの距離がまた近づく。逃げようにも真後ろに壁があるし、彼の横をすり抜けて泳いでいくなんてこと出来そうにない。
「わ、分かったわ。そんなに言うのなら、両親に貴女を選ぶと伝えるわ。それでいいのでしょ?」
だから離れて、と言って胸を押してもびくともしない。それどころか逆にもっと距離が近づいた。
「えぇ、それで構いません。ふふ、貴方を迎えに行く日が楽しみですね」
私の婚約者になってしまうなんてなんて気の毒なんだろう。彼に叱られたけど、そう思う心は止められない。
年々美しく整った青年に成長していくのをずっと隣で見ていると留まる事を知らないくらいだ。彼は私とは違ってスクールに通っているが、とても人気がありしょっちゅう告白されているのだとか。その度に私の名前を出し断っているのだそうだが、やはりというか何というか、一応貴族だから表立って言って来ないだけで裏では「可哀想」だの「気の毒」だのと散々に彼を同情する声が多い。その声は絶対に届いているはずなのに、どこ吹く風でジェイドは私を色々な場所に誘っては連れ出した。
そんな彼を好きにならない筈がないだろう。だけど、私から手放さなければ彼を自由の身には出来ないのだ。いくらあの時言葉を尽くし双方一応の決着をつけたとはいえ、成長しもっと色々なことを学び知った今、あの馬鹿みたいな婚約話を本気になどしないだろう。
このまま婚約を続行し、本当に番となってしまったらきっと私の生家は財産を喰い尽くすだろう。そんなものにジェイドを関わらせてはいけない。
少し寂しいけれど、彼に大切にされた思い出はたくさんあるから、その恩返しとして婚約を無かったことにしてあげよう。そう思って、両親に内緒で少しずつお金を貯めることにした。私が自分で私を買えばいい、と。
ジェイドの元に名門ナイトレイブンカレッジの入学招待状が届き、陸に行くことになった彼を見送った後、早速私はアルバイトを始めた。目標の額へは遠すぎる道のりだけど、これもジェイドの為だと思えば。ジェイドは私が一人で外の世界に出ることをとても嫌がっていたけど。
頻繁に来るジェイドからの手紙に、怪しまれないように返事をしつつ地道に貯めていた。
けれど。
彼が2年の春にホリデー休暇で帰郷した際、「予定より早く貯まったので」と山積みのマドルを抱えて迎えに来た時は流石に意識が遠のいた。