23.catharsis-カタルシス-





絶対に勝った。もうとてつもなく自信があった。何せ普段から、魔法解析学の成績は私の方が上だったから、例え勝負だからとジェイドが本気を出してきたところで私に勝てるはずがないと思っていた。自分でも不公平な勝負を持ち掛けたな、と思わないでもなかったけど、どうしても勝ちたかったし。それにジェイドも納得した上での勝負だから文句を言われる筋合いもないだろう。というか普段からそんなことばかりしているようなジェイドに言われたとしたら心外だ。
単純に、今度の学力テストの点数で勝負をしているだけだ。点数が上だった方が勝ち。負けたら勝者の言う事を一つ聞く。そんなありきたりの勝負事だった。勝負を持ち掛けたのはどっちだったか……ジェイドが進んでこういった勝負を仕掛けてくるとは思えないから、恐らく私が言ったんだろう。ジェイドと勝負事をするだなんて何を考えているんだ、と友人達から叱られたが、本当に絶対勝てる自信があるのだ。さて何を願おうか。流石にたった一つの教科の試験の点数で大それた願い事は見合わないだろうし、程ほどにしておかないと。一週間近寄るな、とかにしようか。それとも私の事を番だか恋人だかと嘘を吹聴するのもやめてもらおうか。考えたら幾らでも出てきそうなくらいある。
答案が返却されて、魔法解析学の点数は100点満点中95点。気合い入れて勉強した甲斐があった。先生にも「学年で3位」だと褒められた。上位二人はどうせリドルとアズールだ。この二人は満点取っていてもなんら可笑しくない。これでジェイドに勝ったのは間違いがないだろう。むしろこれでジェイドが私より上だったら、リドルかアズールが私より下ということになる。まさかそんなわけない。私の順位がもう少し下だったら有りえたかもしれないけど、3位だ。ジェイドが入り込む余地はない。それはもう意気揚々と私はジェイドの元に向かった。スキップさえしていたかもしれない。
席に着いたままのジェイドの前に、自分の答案を広げた。

「私の勝ち」
「やはり魔法解析学は負けてしまいましたね」
「……は?」

私の勝ちよ! と声高々に宣言しようとしたら、ジェイドがずらっと他教科の答案を広げた。高得点ばかり並ぶ答案用紙は非常に鮮烈なものだった。

「おや、今回の試験での点数を競うのでしょう? 誰も魔法解析学だけでとは言ってませんよ」
「……え?」
「貴女の答案はまだ拝見できてませんが……その顔を見る限り、僕の合計点の方が高そうですね」

広げられた答案を見る。いくつかは私の方が点数が上のものもあるが、ざっと計算してみても私が負けている。自分の答案を見直して計算しても恐らく上回ることは無いだろう。

「……え?」
「さぁ何を貴女にしてもらいましょうか。そうだ、キスなんていかがです? たかが定期試験の合計点で勝った褒美としては妥当じゃありませんか?」

もちろん、ココにですよ。とジェイドが軽く唇を叩いた。

「してくださいますよね? あぁ、ここでは恥ずかしいですか? 場所を移動しましょうか、人気のない所へ。その場合、僕がキスだけで我慢できるか保証は出来ませんけど」
「どっちも無理に決まっているでしょう!」
「ですが、敗者は勝者の言う事を聞く、という勝負でしたよね。キスが駄目だなんて言ってません」
「そ、それは……」
「貴女からして頂きたいですが、どうしても無理というのなら仕方ありません。僕からしますよ」

するりと頬を撫でられて、背中がゾクリとする。
絶対私が勝ったと思っていたのに。確かに思い返してみれば、魔法解析学のみで、とは言ってなかったような気がする。書面に書き起こしたわけじゃないから確かめようもない。魔法解析学だけの勝負だった、と主張してもどうせジェイドに言いくるめられるだけだ。これまでの経験で良く分かっている。

「……場所、変えます?」

今私の顔色はどうなっているのだろう。赤くなっているのか青くなっているのか。どちらにせよ、ジェイドのクスリと零した笑い声がいやに耳に障った。