19.scapegoat-犠牲-





「好きです! 付き合ってください!!」

ありきたりなセリフを勢いそのままに叫んで、腰を直角に曲げた。目はしっかりと瞑っている。
これでもう要件は満たしたはずだ。罰ゲームの内容は「ジェイド・リーチに告白すること」だったので、返事は貰わなくてもいいはず。というかもう正直ここから立ち去りたい。私が持ちうる全ての力を注ぎこんでダッシュしたい。ついでに一週間、いや一か月は誰にも会わず、特にジェイド・リーチの顔を見ることなく部屋に引き籠っていたい。私はイグニハイド所属ではなかったはずなのに、でも今は異様にあのほの暗い地下を思わせる場所にうずくまっていたい。
そもそもの発端は、友人数人とトランプゲームをしたことにある。最初は和気藹々とただゲームを楽しんでいたのだが、誰かが「罰ゲームを付けよう」と言い出した。別に可笑しい事ではない。何度かゲームを繰り返し、人数分のジュースを買って来させたり芸能人のものまねをやらせたり、そういった定番の罰ゲームをこなしてきた。だから、「誰かに告白する」という罰ゲームもありきたりで誰が思いついてもおかしくないものだ。罰ゲームだし「絶対に嫌!」なんて跳ねのける程純情でもなければ好きな人がいるわけでもなかった。ただ、面白がった誰かが「そこらへんの男に告白しても面白くない」と何故かスリルさを入れるべきだと主張してきたのだ。時間的に最後の罰ゲームだし派手にやろうぜみたいな。余計なこと言いやがってという気分である。ただこの話が出た時はまだ勝敗が出ていなかったので、私も面白がっていたのだから笑えない。結局スリル満点の恐ろしい男という事で候補に挙がったのがリーチ兄弟だった。そして呼び出しにとりあえず応じてくれるだろうということで、「ジェイド・リーチに告白する」という罰ゲームに決まってしまった。
勿論負ける気はなかった。本気でやった。何せここまでのゲーム、私の勝率は誰よりも高かったから負けるわけないと思っていたのだ。しかし結果は惨敗。これまでのゲームの勝ち点なんていう制度もなく、負けは負け。誰も「やっぱ止めよう……?」とは言わなかった。
そうしてジェイドを呼び出し、友人達が隠れて見守る中私は罰ゲームを遂行したのだ。
恐ろしくて顔を上げるどころか目も開けられない。一応念のために言っておくが、友人達は私が罰ゲームをきちんと行うかを確かめるとともに、実はヤバイ方のリーチの機嫌を損ねた場合、何とか救い出そうと隠れているのだ。女子に手を上げるとは思えないが、怒らせてしまった場合全員で誠心誠意頭を下げようと話し合った。女子数人に頭を下げられたら流石のジェイド・リーチも引き下がるだろう、と。

「もちろん、いいですよ。お付き合いしましょう」

顔を上げてください、と言われるもプルプルと震えている私にそれはハードルが高すぎる。だから黙って首を横に振った。すると頭上からため息が聞こえて、それに肩を強張らせ身構える。しかし殊の外優しく慎重に両の頬に手を添えられゆっくり顔を上にあげられた。思わず、え、と口から音が漏れた。ジェイドはそれはもうとろっとろに溶けて嬉しいですと言わんばかりの甘い笑顔でこちらに微笑んでいた。そしてあろうことか甘ったるい口調で、罰ゲームの嘘告白にOKしたのだ。
それはもう耳を疑った。とても嬉しいです、とにこやかに言うジェイドに、何が起こったのか脳の処理が追いついていない。肩越しに見える友人達もあっけに取られていた。

「あぁ、とても嬉しいです。このままこの後の時間を一緒に過ごしたいくらいなんですが、残念ながらモストロ・ラウンジのシフトが入っておりまして、もうそろそろ行かなくてはならないのです」
「え? あ、え? あ、そ、そうなんだ……?」
「えぇ。そうだ、連絡先を教えてください。ラウンジの仕事が終わったら連絡したいですから」

言われるがままにスマホを取り出して連絡先を交換する。ついでにマジカメのアカウントも聞かれて相互フォローとなった。増えた連絡先を見つめたまま、未だ処理が追いついていない私を置いて、ジェイドは時計を確認した。どうやら時間が迫っている様である。

「では、すみませんが、もう行かなくては」
「あ、う、うん……頑張ってね……」
「っ! えぇ、えぇ! ふふっ、頑張ってきますね」

一旦離れたはずの距離がまた近くなったと思ったら、耳元でちゅ、とリップ音がした。勢いよくその音がした方を向くと、今にも溶けそうな程の瞳と目が合った。

「また明日」

さらりと髪を撫でた後、ジェイドは少し小走り気味に鏡舎の方へ向かった。
リップ音の余韻が薄れる頃、ようやく何が起こったのか把握しきれた私は、そのまま地面に座り込んだ。
私、どんなミラクルが起こったのかジェイド・リーチの彼女になってしまった。