18.nocturn-夜想曲-





「今度の土曜日、父の名代でとあるパーティーに参加しなくてはいけなくなりまして、ぜひ貴女にパートナーを務めて頂きたいのです。もちろん、当日のドレスや小物、アクセサリー類はこちらで準備いたします。僕のパートナーとしてご同行していただけるなら、その対価として薔薇の王国王室御用達の老舗チョコレート店の人気NO.1、『ローズコレクション』をご用意いたします」

授業全て終了して、部活もない放課後、さっさと寮に引っ込んでゲームしていたら「呼ばれてるぞ」と伝言されて出ていけば、クラスメイトのジェイド・リーチが立っていて卒倒しかけた。
これは自慢なのだが、1年次からクラスが一緒で、出席番号も隣り合っているけど、彼と話したことはほぼほぼない。毎日挨拶だけかわす隣人だ。やばいと噂のリーチ兄弟やその幼馴染のオクタヴィネル寮寮長に関わることなく平穏な学生生活を送れている。これは本当に誇るべきことなのだ。特に隣人であるジェイド・リーチは、例えば裏垢を特定し弱みを握っては『お話』のネタにしてしまうようなガチでヤバイ奴であるけれど、私は下手に関わっていないので、弱みを盾に従属させられる、なんてこともない。成績もそんなに悪くないから彼らの商売の顧客にもならない。それが何でいきなりこんなことに。何で私が『ローズコレクション』を手に入れたいってこと知ってるんだ。誰も言ってないしマジカメでも書いてないのに。

「え、えっと。何で私に……?」
「様々な条件を加味した結果、貴女にお手伝い頂くのが一番良いと思いまして。どうです? 悪くない話だと思うのですが。貴女はただ、僕が用意したドレスを着て、横で笑っていてくだされば良いのです」
「うーん……」

まぁ、あちらからのお願いであるし、『ローズコレクション』が手に入るならやってもいい。多分損はないだろうと頷けば、ジェイドは「それではよろしくお願い致しますね」と言って連絡先を交換することになった。事前の準備については追って連絡すると言って、忙しいのか足早に去っていった。
パーティーは今週末だからあまり時間が無いのだろう。ドレスを用意してくれるみたいだし。サイズとか聞かれなかったけど大丈夫なんだろうか、とふと思ったがこちらから連絡を入れるのは出来る限りしたくなくてやめた。標準体型だし、普通のドレスなら入るだろうと思ったのも事実。
結局金曜日の授業終わりに呼ばれて、オクタヴィネル寮でフィッティングした。ブルーのチュールレースドレスと、グリーンのレース切り替えシフォンドレスが用意されていた。「あまり時間が無かったので2着しか用意できませんでした」と申し訳なさそうに言われたけど、候補を出して選ばせてくれることに感心した。正直言えば、用意されたものがなんであれ着るつもりだったし。
シフォンドレスを選んだ。そちらの方が僅かながら丈が長かったから。用意されたパンプスも問題なく履けたし、ジェイドと確認して問題ないだろうということでその日は解散した。当日はヘアメイクなどもあるから授業が終わったらすぐに来て欲しい、と言われたので頷いた。

そういえば何のパーティーだったか聞いてなかったな、と思い至ったのは会場についてからだった。父親の名代と言っていたけど、ジェイドの父親が何者なのかも聞いてないし知らない。多分それなりの立場ではあるのだろう。ジェイドに連れられて挨拶回りに赴いて紹介される度に、(あぁ聞き覚えのある名前だな)と思うことが多かった。

「あぁジェイド君、今日は君に娘を紹介しようと思っていたんだがねぇ……」

ちら、っと私に視線を向けられる。言われた通りただニッコリと笑っていた。

「こんなに可愛らしいお嬢さんとお知り合いだったとはね。残念だよ。娘も乗り気だったんだ」
「ふふ。えぇ、彼女とは学校で特に親しくして頂いているんです。ようやく彼女のご両親に彼女を連れだす許可を頂いたので、嬉しくて」

そんな話は聞いてないけど、まぁ合わせておいた方がいいのだろう。ただただ黙って笑顔を貫き通した。
そろそろ顔が引きつっているんじゃないか、と思った頃に、ジェイドが「少し外に出ましょう」と促してくれたことで、ようやく笑顔をやめられた。
会場から離れたところにある中庭は、声を発したら木霊するのではないかという程静寂に満ちていた。遠くに会場の喧騒が聞こえてくる程度だ。

「寒くはありませんか?」
「ううん、平気」
「そうですか。今回はとても助かりました。本来ならば父が出席しなくてはならないのですが、父はあまりこういった場が得意ではなく、僕やフロイドが代わりに出席しているのです。色々な方のお話を聞かせていただけるのは良いのですが、一人で出席すると話題がどうしても将来のパートナーに絞られがちなのです。何度も同じ話されても何も実入りはありませんでしょう?」
「ふぅん、そういうものなんだ」
「えぇ、僕にとっては。ですから大変助かりました。ぜひまたお願いしたいのですが」
「……まぁ、私は別にいいけど。でも、いいの?」
「何がでしょう」
「つまり虫除けってことじゃない。建前的に私をその立場に置いて困らないの、ってことなんだけど……」
「あぁ、問題ありませんよ。もちろん、こちらがお願いしている身ですから、貴女に害がないように致しますから安心して下さい」

ちょっと疲れるけど、美味しい料理も食べれるしそんなに悪い話じゃないか、と深く考えず頷いた。こんなにジェイドの近くに居続けて話したのは初めてで、思っていた噂よりジェイドが全然まともだったから、少し前まで持っていた警戒心をすっかり取り払ってしまっていた。契約だなんだが絡まなければ存外話しやすいとすら思っている。そうして、以後ジェイドが出席するパーティーにパートナーとして同伴するようになった。必然的に、学内でもよく話し、行動を共にすることも増えた。
ある日友人に、「あのジェイド・リーチと付き合っているって聞いたんだけど」と言われて驚いた。その友人は噂だとかに疎いタイプの人間だったからだ。その友人が知っているという事は学校全体がそう思っているに等しいレベルなんだろう。あ、これは良くないんじゃないかと急いでジェイドの元に訪ねてみれば、

「何か問題でも?」
「え?」
「貴女は僕のパートナーでしょう? 何も間違ってはいないじゃないですか」

そう言ってジェイドは私の右手薬指を撫でた。そこには先日のパーティーに出席した際に用意されたアクセサリーの一つである指輪が嵌っていた。サイズがピッタリすぎたのか、この指にしか入らなかったし、何故か抜けないのだ。石鹸使っても魔法を使ってもダメ。特に邪魔にもならないからもういいかと放置していた。

「けどあれは虫除けで……」
「えぇ、本当によく効果を発揮してくださってます。あぁそうだ、両親が今度、貴女に直接会って話してみたいと言っているんです。貴女にお礼をしたいと言ってきかないのです。良ければ都合をあけて頂けると助かるのですが」
「え、別にいいのに。ちゃんと毎回お礼貰ってるし」

近くで話を聞いていたオクタヴィネル寮寮長が深々とため息をついているのが視界の端に映った。なにをそんなに呆れているのだろう、と思いつつ、結局ジェイドの両親と会う日を決めて自室に戻った。何かを忘れているような気がするが、思い出せないからいいか。