17.nightmare-悪夢-
「お腹は空いてませんか?」
ツイステッドワンダーランド。魔法が日常的に使用され、種族関係なく暮らす世界。遠い昔は差別や虐待などもあったと言うが、今現在は平和なものだ。昔、我々の種族は酷い差別や処刑などの目に遭ってきたらしい。中でも『血盟城の変』は必ず歴史の教科書に出てくるくらいに有名な事件だろう。魔女と同じくらい吸血鬼は狩られてきた。
そう、私は吸血鬼の一族の出身である。妖精族と同じくくりにされることが多いが、明確な違いとしては食事形態だろうか。見た目は妖精族の中に似ている者はたくさんいる。三年生に在籍しているリリア・ヴァンルージュ先輩の方が、正直見た目的に吸血鬼っぽい。何せ私を含め、昨今の吸血鬼は全盛期ほどの力を有していない。純血種だってそうだ。あまりにも狩られてきたせいか、生存するために人間に近づこうと進化(退化というべきか)し、ありあまる寿命と身体能力の一部を無くし、人間と同じ様に生きるようにしてきた。それでも生きるための食事までは変えられず、常に吸血鬼は腹を空かせ力が出ない状態、という激弱な生命体となった。
吸血鬼が力を遺憾なく発揮するための食事、つまり「生き血」である。栄養をたくさん含んでいればいる程力が湧いてくる。つまり、人型の生物の血が何より効果が高い。けれど倫理観やらなんやらに追いやられて、吸血鬼は犬や猫の血すら飲むことを忌避された。
「大丈夫。ハーツラビュルから沢山薔薇の花を頂いてきたから」
そんな吸血鬼が辿り着いたのは植物だった。植物の精気を吸う。ただ吸うだけでも構わないのだが、何となく腹が満たされないので、花ごと頂く。私は特に薔薇の花が好きだった。幼い頃は闇雲に色んな花を食い散らかしたのだけど、薔薇に落ち着いた。
「ですがその花だけでは明日の実践魔法の試験、辛いのでは? 僕の血を提供しますよ」
「いや、大丈夫だから」
すっかり人の血を飲むことを忘却の彼方にやってしまった吸血鬼だが、例外がある。
それは、伴侶の血だ。転じて伴侶としたい相手に血を請う事が吸血鬼の求愛行動となった。
「また貴女が授業の後に倒れてしまうのではないかと思うと、心配で心配でならないのです」
さて、数が減ったとはいえ別に吸血鬼は珍しい存在でもない。こうして普通に学校に通っている。それなりに友人関係を築き、意義ある学生生活を楽しんでいるわけだが、クラスメイトに人魚がいる。吸血鬼にとって人魚は、それなりに親しみがある。何故なら吸血鬼は、何の魔法や薬を用いずとも海の中で生活できるのだ。どういったメカニズムなのか知らないが、水の中で肺呼吸が出来る。虐げられていた頃は海の中に逃げ込んでいたという記録も残っているくらいだ。
私は生まれてからこの学園に入るまで人魚を見たことがなく、こうしてクラスメイトとなった人魚も吸血鬼を見たのは初めてだとか。
クラスメイトの人魚(名をジェイドという)は、非常に好奇心旺盛で、吸血鬼の生態にとても興味を持ったらしい。事あるごとに私のところにやってきては色々聞いてきた。生年月日、好きな食べ物、好きな映画、恋人のタイプ……本当に多岐にわたった。
「うん、心配ありがとう。本当に大丈夫だからシャツを脱ごうとしなくていいよ」
ここ最近のジェイドの興味は、吸血鬼に血を吸われたらどうなるのか、ということらしい。こればかりは私もやすやすと教えてやるわけにいかなかった。何たって求愛行動になってしまう。勿論一番最初に、その行為が求愛行動になることを説明した。したのにジェイドは「構いませんから」と首を差し出してくる。こっちが構うんだが。
「人魚の血では満足できませんか?」
「いやだから本当にそう言う事じゃないんだよね。軽い気持ちで血なんか吸えないよ、って事を言ってるんだけど」
双方が割り切っているなら別にいいじゃないか、と思うかもしれない。ただ、そうは問屋が卸さない。
血には依存性がある。吸血鬼が血に依存性を感じてしまうのだ。誰かの血を飲むと、死ぬまでその人の血しか飲めなくなる。勿論(言い方が悪いが)浮気性の吸血鬼は色んな人の血を飲み歩いたらしいけど、基本的に定めた一人からしか血を貰えない。まだ人間と寿命が大きく異なっていた頃は、伴侶の血を飲み、自身と同じだけの寿命を与えることによって婚姻成立としていた。
今、力を失いつつある吸血鬼が、人の血を吸って自らの眷属にすることが出来るのかは分からない。私の親は父が吸血鬼で母は人間だ。しかし父は母の血を吸っていない。母に人間らしからぬ寿命や力を与えてしまうかもしれないことが恐ろしいのだと言っていた。とてもよく分かる。私がただの興味本位で血を吸って、友人を失いたくはない。そう思って断っているのに。
「はぁ。いつになったら貴女に血を吸っていただけるのでしょうね」
本当に残念そうな顔をしてため息をつかないでほしい。下手に期待してしまいそうで、こっちが困る。