16.rain-雨-





休日に外出届を出して、一人で街に買い物に出かけた。本当は友人と行くはずだったのだけど、急な用事が出来たからとドタキャン。既に家を出ていた私は一人で楽しもうと思ったわけだ。
適当にショッピングモール内の雑貨店や服屋などを見て回って、モール内のカフェで一息ついたとこだった。ふと窓の外を見やると、朝にはなかった暗雲が近づいてきている様だった。今日雨降る予報だったかな、と記憶をたどるが、天気予報を見た覚えがそもそもない。一応折りたたみの傘を持ってはいるけど、早めに帰った方が良さそうだ、と注文していたコーヒーを飲み干しカップを戻した。たったそれだけ、その一瞬で外は雨が降ってきていた。暗い雲はまだ向こうにあるのに随分早い。本格的に降ってくる前に帰ろう、と会計を済まし、カフェを出た。

「あれ、ジェイド君」

モールの出入り口の風除に何やら荷物を持った、見慣れた長身を見つけた。近づかなくてもわかるあの長身と色彩はリーチ兄弟のどちらかだ。近寄れば、きちんと服のボタンを留めていたので、恐らくジェイド君の方だろうと当たりを付けて声を掛けた。

「おや……お一人ですか?」
「お一人ですね。こんなところで何をしているの?」
「それが急に雨が降ってきてしまって。僕が濡れるのは構わないのですが、この荷物たちを濡らすことは出来なくて困っていたのです」
「防水魔法使えば?」
「ふふ、我が校が誇る優等生さんにしては不真面目な発言ですね。学外での魔法の使用は禁止、でしょう?」
「あはは……そういえば、そうだったね」

ジェイド君の持つ荷物が何かはわからないが、まぁそれなりの大きさはあるからいくら長身であっても雨から庇いきれないだろう。
校則では一応、学外で魔法を使用することを禁止されているが、それを破ったところでバレやしないし、皆黙って使っているだろう。あまり使いすぎるとブロットが溜まって授業に支障が出てしまうけど。ジェイド君だって、紳士的な態度ではあるが別に真面目な生徒ではない。わざわざこんな雨の日に、荷物を守るという建前があるのに魔法を使わない理由もないはずだろうに。

さんも荷物をお持ちじゃないですか」

言外に雨に濡れてしまうでしょう、と言っているのだろうか。しかしながら私は折りたたみ傘を持っているので、何も心配はない。別に濡れて困るものも入っていないし。
若干どや顔をしていた自覚はあるが、鞄から傘を取り出して見せた。

「あぁ、傘をお持ちなんですね」
「そ。外、向こう側晴れ間見えてるしそんなに長い事雨降らないんじゃない?」
「そうであればいいんですがね……予報ではこの後夜まで降るらしいのです」
「あら」
「ですから、憐れな僕に慈悲をくださいませんか?」
「……傘に入れろってこと? 身長差えげつないじゃない。肩が濡れるとかそういうレベルで収まらないでしょ」
「お礼にモストロ・ラウンジで温かいドリンクとデザートのセットをご馳走しますから」

私の持っている折りたたみ傘は、一応紳士用の真っ黒な傘ではあるけど、流石に二人が余裕で入れる大きさではない。というかそもそもジェイド君と二人で一つの傘に入って学園に帰るところを誰かに見られたら物凄く面倒だ。
つい嫌そうな顔をしてしまう。けれどその後にジェイド君が言ったデザートセットに心が惹かれた。最近追加されたケーキをまだ食べに行けていないのだ。モストロ・ラウンジは決して安い店ではないので、割といい条件の気もする。というかつまりタダってことだし。お得だと思える。

「新作のケーキでもいいの?」
「えぇ、勿論。何なら貴女の好きなザッハトルテもつけますよ」
「何で私がザッハトルテ好きなんて知ってるの……まぁいいや。いいよ、傘に入れてあげる」

ケーキ二個も食べさせてもらえるなんて随分魅力的だなぁ、と食べ物に釣られた。後は誰にも見られませんように、と祈るだけである。
結果、普通に見られて学園中に、私とジェイド君が付き合っているという噂が流れてしまった。ジェイド君は噂をニコニコしながら聞くだけで一切否定してくれないし、どうにかしてほしい。