13.beat-鼓動-





木曜3限目の魔法史の授業。選択授業のその時間は、いつも落ち着かない。
席は自由なはずなのに、どの席に座っても必ず隣にジェイド・リーチが座ってくる。寮も違えばクラスも違う。選択の魔法史の授業だけ被る。隣に座ったとて、話すわけでもない。本当に関りがないのだ。それなのに毎回毎回隣に座ってくる。怖くてこちらから「何か用ですか」なんて話しかけられるわけもない。
トレイン先生が入ってきて、授業が始まる。私は魔法史が好きだからこの授業を選んだ。自分で言うのもなんだけど、レポート課題の評価も高い。先生もいつも褒めてくださる。真面目にノートを取っていると、左足に違和感を感じた。
ちらっと見てみると、ジェイド・リーチの右足とぶつかっている。正確に言えばぶつけられているのだけど、足の長さが全然違うし、しょうがないのかなと思って足を避けた。けれど、それでも足をぶつけられ押し付けられる。先生の声しか響いていない静かな教室で、声を出したら絶対に聞こえてしまうから、「やめて」とも言えない。授業は始まったばかりだし、ただ耐え忍ぶには長い時間を過ごさなくてはいけない。ちらりと隣を見ても、ジェイド・リーチは涼しい顔で授業を受けている。私の方なんて気にしていないとばかりに見ない。そのかわり、押し付けられる力が強くなった気がした。足を逃がそうにも、今日は角の席に座ったから、反対側に足を伸ばすにも限界がある。
何でこんな目に遭ってるの、と目をギュッ、と瞑り拳を握った時、頭上から小さく笑いを零した呼吸の音が聞こえて、思わず肩が跳ねた。バクバクと忙しなく拍動し続ける心臓の音が聞こえるのではないか、と思って胸を押さえつつ顔を上げた。
口元に手を当てて笑いをこらえているジェイド・リーチと目が合った。可笑しそうに眉を寄せて笑っている。口元を隠していた手が私に伸びてきて、そのまま胸を抑えていた私の手に触れた。ピクリ、と震えた手を、その震えを抑え込むかのようにゆっくり握りこまれた。え、と声が出そうになって慌てて口を噤む。何が楽しいのか、ジェイド・リーチはそのまま私の手を握る力を強くしたり弱くしたりと、まるで感触を確かめるかのように触り始めた。いつもしているはずの黒い手袋を、いつの間にか片手だけ取っていた。触られている私の手が恥ずかしいくらい、肌がすべすべに感じる。いや、感じている場合じゃないけど、そうでもしないと今この現実を受け止めきれない。
手を握られ、足を絡めとられ、いつの間にか体もぴったりとくっついていた。私達の間の距離はゼロだ。恋人でもないのにこの距離はよろしくない。よろしくないけど、そんなことを私がジェイド・リーチに言えるはずもない。こんなにも怒涛の勢いで距離を物理的に縮められているのに、時計を見ても大して針は進んでいなかった。授業終了までまだ20分以上もある。今だ心臓は激しく拍動を続けている。緊張と恐怖と、後はこんなにも異性に近寄られているという羞恥が原因だ。ずっと共学校だったけれど、かといってこんなに男の子とくっつくなんて経験したことがない。しかもくっついてくる相手は『あの』ジェイド・リーチだ。本当に下手なことをして、目を付けられたくないのだ。この状況に無反応でいられれば、きっと面白くなかったとちょっかいかけられることもなくなるに違いない。そう思ってまた時計を見た。5分も進んでいない。
結局、授業が終了する時までこの状態は続いた。トレイン先生が教室を出た途端、さっさとここから逃げようと立ち上がろうとして、出来なかった。

「どちらに行かれるのですか」
「え、えーっと、次は魔法解析学だから、移動しないと」
「おや、偶然ですね。僕も同じなんです。では一緒に行きましょうか」

そう言われて繋がれた手をそのまま引かれて、まるでエスコートされているかのように起立を促された。移動中もずっと、手は繋がれたままである。
すれ違う生徒たちが、同情めいた視線をこちらに寄越してくる。「うわ、あの子何したんだ……?」そんな声も聞こえてきた。そんなの私も知りたい。「あぁ終わったなあの子。可哀想に」そう思うなら助けてくれたって……いや無理だ。だって私も今まで全て見て見ぬふりしてきたのだし。もしかしてこれが因果応報というものなのだろうか。そして私はいつになれば動悸の激しい心臓を落ち着かせることが出来るのだろう。今日は体力育成の授業もないのに、それと同じくらい心臓が動いている気がする。その内私は息切れで倒れるんじゃないだろうか。
いまこうしてジェイド・リーチに手を引かれ傍に置かれている状態の時に、そうやって倒れるなんて格好の弱み、彼の前で曝け出すの本当に嫌なんだけどなぁ。助けを求めても、誰も目を合わせてくれない。全く覚えていろよ、私も絶対助けてやらないんだから。