11.lullaby-子守唄-
朝起きたらまずスマホを確認する。連絡が来ていなければいつもと変わりないということだ。
軽くストレッチをしてシャワーを浴びる。本当はもっとギリギリまで寝ていたいのだけど、それを許してくれる人がいない。身支度を疎かにすると、とてつもなく長い説教をされてしまうのだ。
ドレッサーに座ってメイクを施していく。鏡越しに見える時計が6時半を指したら、通話アプリを開き履歴の一番上にある名前をタップする。
「……はい」
今日は5コール目で出た。中々早い方だ。いつも倍くらいコールしないと出ないのに。
「おはよう。起きた? 目を閉じたら駄目だよ」
「……えぇ、はい。起きました。おはようございます」
低くかすれた声が寝起きだとありありと示している。まさかジェイド君が朝に弱いだなんて。学園内にこのこと知ったらどれ程の人が喜び舞い上がるのだろうか。それなりに方々から恨みを買っているらしいから。今のところ誰かに言いふらす予定はないけど。
いつからこうしてモーニングコールをするようになったのか、あまり覚えていない。毎日してほしいと頼まれた覚えもないけど、ジェイド君は嫌だと思ったのなら素直に嫌だというタイプの人だし、毎朝掛かってくる電話を煩わしいと思ってはいないのだろう、と思うことにしている。
「はい、おはよう。じゃあまた後でね」
「はい、いつもありがとうございます」
通話が切れた。30秒前後でいつも終わる。
彼女はまさか本当に僕が朝に弱いのだと思っているのだろうか。海でいつ何時襲われるか分からない生活をしていた人魚が、まさか寝起きが悪いなんてあるわけがないでしょうに。
元から単純に声が好みだな、と思っていた。一年の時に課題をこなすペアを組むことになったことがある。休みの日の朝に急ぎで確認したい事があると、電話が掛かってきた。その時は勿論起きていたのだけど、「おはよう」と耳に届いた瞬間、朝目が覚めた時に一番にこの声を聞きたいと思った。だからわざと彼女と約束した日に寝坊した振りをして電話を貰った。それから朝起きるのが苦手だと、苦手だが植物の世話で早くに起きなくてはいけないのが辛いのだと溢してみれば、彼女は約束した日に起こしてくれるようになった。ただこのままでは課題が終了してしまうと電話もなくなってしまう。この至福を泡沫の如く消えるものにする気は更々なかった。
今はこうして毎朝起きて一番に聞く「おはよう」を彼女で始められる。いつもベッドの中で彼女からの電話を待っているだなんてきっと知らないでしょう。もちろん、今の現状に満足などしていない。「おやすみ」も彼女の声で聞けたなら、それはきっと最高に素晴らしい眠りに付けるだろうと確信している。