10.labyrinth-迷路-





あまりにも人生が退屈だと思ってしまって、自分をゲームの主人公だと想定したパラメータ数値化アプリを自作した。
仮にこの世界をゲームの世界だとする。おあつらえ向きにも、周りは二次元から飛び出てきたのではないかと言う程設定を詰め込んだような人間(人外もいる)が多かったし、新学期が始まった途端、異世界からやってきた魔力のない監督生が登場し、しかもその監督生が中心となって学園内で起こる事件を解決していくではないか。まぁ、学園長の体のいい使いっぱしりにされているとも言えるけど。
そんなに面白い事が起きているのに、さて私の周りはと言えば、特に変わらず平々凡々なものだ。ネットやアプリゲームで新キャラが実装されたとか、そんなニュースしか出回らない。別にそんな日常が続いてもいいのだけど、少しでも学園で起こっている事件を目にしてしまうと、なんだかそっちが楽しそうに見えるのだ。我が寮の寮長も、引きこもりの陰キャのくせにそういったイベントごとにちょくちょく巻き込まれている。本人は大層億劫で嫌そうな顔をしているけど、これが俗にいう隣の芝は青いというやつだろうか。
まぁとにかく、人生自分が主役、だなんて言葉もあるしせっかくなら私の人生をシュミレーションゲームと仮定して遊んでみようと思ったのだ。ちなみにこの時ランク戦に参加するために三徹してたけど、脳内はクリアであったことを記しておく。
遊びとは言え、実際に自分のパラメータを上げるならば一石二鳥じゃん、と思ったのも事実。ハイスペックであるに越したことは無い。何せ今の私は底辺で蠢いている真っ暗闇に生息する陰キャだ。真っ暗闇から薄闇の陰キャくらいになってもいいじゃん、なんてちょっと思った。
アプリは、5種類の人間力パラメータが存在する。特定の行動をすることで上昇し、一定値に達するごとにランクが上昇する、という仕組みだ。例えば授業で指名された時に正解すると知識が2pt上昇する、とか、心霊体験の本を読了すると度胸が5pt上昇する、みたいな具合で。
成績や内心も少しずつだけど上がってきてるし、まだ人間関係に戸惑いはするが友達も増えて、確かに私の学園生活はより良いものになってきていると思う。
ただ一つ、パラメータ上昇のための行動で弊害が起きてしまった。

「最近、あまりモストロ・ラウンジに来てくださいませんね……」

しょんぼりしたように眉を下げて言ったのは同じクラスのジェイド・リーチ。出来るだけ関わらないように気を付けたい部類の人間だ。いや、今は人間の姿をしているが実際は人魚である。彼は、何故か私にちょくちょく絡んでくるのだ。まるで口説いているかのような思わせぶりな言動や態度を取られる。相手が私じゃなければ勘違いしてしまうところだ。

「いやぁ、いまちょっと時間なくってですね……」

つい最近まで、モストロ・ラウンジにミステリードリンクを飲みに週一で通ってた。
アプリで設定した内容だと、モストロ・ラウンジに通うには度胸がランク2『男らしい』が必要(女なのに男らしいとはこれ如何に、ではあるがそこは表現の一環であると納得してほしい)である。それをクリア後、モストロ・ラウンジでミステリードリンクを注文すると度胸+魅力が3ptずつ上がるという大変おいしいスポットになっているのだ。魅力値がほぼマイナススタートだったのと、魅力ランクが3の『注目株』にならないとポムフィオーレ寮を訪れられないことになっているため、早急に上げる必要があった。何故ならポムフィオーレ寮に部活の先輩がいる為である。それまではメッセージを送って寮から出てきてもらっていた。
そう。で、少し前に見事魅力ランクが3に上がったので、あまり積極的に上げてなかった器用ランクを今度は上げていこうと、モストロ通いしてた時間をサイエンス部で薬を作る時間に変更したのだ。元々そんなに手先が器用な方ではないので、それをアプリに反映させたためか本当に上昇値が低いのだ。器用さはそのまま魔法薬学や錬金術の実践に関わってくるので、いくらアプリで数値が上がろうとも実際の自分の器用さも上がらないと意味がないのが世知辛いところだ。

「とても熱心に部活動に励んでいらっしゃるとか……」
「え、あ、まぁね……。もうすぐ魔法薬学の実技テストあるし、2年では中々難しい調合が来るはずだ、って先輩も言ってたから予習しておこうかと……」
「それは素晴らしいですね。そうだ、よろしければお教えしましょうか。僕は魔法薬学が得意なんですよ」
「あ、えーっと、そうなんだ。で、でも部の先輩方もいるし……」
「せっかく授業以外で貴女に会える時間でしたのに……。貴女が来てくださらないなら、僕が貴女の元に行くしかないじゃないですか」
「いや、来なくていいっていうか……」
「酷い人だ。そうやって僕の気持ちを弄んでいるのですね」
「そ、そんな言い方……!」

何が目的なのか分からないけど、ジェイドに絡まれるとせっかく新しくできた友人達が寄ってこなくなるので困りものだ。ここ最近はジェイドが私を見つけたと思ったら寄ってくるのだ。ちょっと怖い。それに、ジェイドと話すのに心臓がバクバク言う。多分度胸が足りてないのだ。度胸ランク5『ライオンハート』に達してもきっと足りないだろう。だって怖い。

「今日はラウンジにいらっしゃいませんか? 新作のケーキがあるんです。きっと貴女が好きだろうと思って作ったんです。ぜひ食べてほしいのですが……」
「えー、あー、じゃ、じゃあ今日行きます……」
「あぁ、本当ですか? 嬉しいです。お待ちしていますね」

恋愛シュミレーションゲームのつもりでアプリを作ったんじゃないんだけどなぁ。
本当に嬉しそうに頬を赤らめて笑ったジェイドを見て、これからどうしようか割と真剣に悩んでいる。