5.ecstasy-絶頂-





「どういう事か、説明していただけますよね」

天を仰げば、自然とジェイドの顔が視界に入る。普段話すときから天を仰いでいるようなものだったのか、とやけに感心してしまった。
嗚呼、と後悔と戸惑いの息が漏れる。こんなはずじゃなかったのに。今更後悔したところで、私に時間を戻すような大魔法は使えない。
がしりと私の肩を掴み、一切逃がしてくれる気のないジェイドを見て再度ため息をつく。これは本当に訳を聞くまで話してくれないだろう。そんなに長い付き合いではないが、彼がそうと決めた事は全く譲らない、相当な頑固であることは良く知っていた。別に話すのは構わない。ただそれがジェイドであるというだけで随分心持が違う。ただ、今現在はジェイドが大分混乱しているらしいので、今のうちに口止めをこちらに有利な条件で行うべきだ。

「……とりあえず、服着ていい?」

ちら、っと肩を掴んでいる手を横目で見れば、ビクリと震えて手が離された。力加減はしていたのか、跡も残っていない。所在なさげに彷徨う手を放置し、床に散らばっているシャツを適当に羽織ってボタンを留めた。何かを言おうとしてはやめて、口をはくはくさせているジェイドは中々お目にかかれないだろう。レア度が高いが、別に誰に自慢できるわけでもないし、今はどうでもいい。今一度しっかりとジェイドと向き合った。椅子を勧めればぎこちなくも座る。いつもであれば、座る前に「紅茶でもお淹れしましょう」とか言ってどこに隠し持っていたのか茶葉を取り出し勝手に棚を漁って用意をするのだが、今日はとてつもなく大人しい。まぁそれもそうか、と独り言ちる。

女性であることがバレた。

一体何のことかと言われればそれに尽きる。ナイトレイブンカレッジはれっきとした男子校で、生徒、教師、職員全て男性だ。例外はない。勿論絵画やゴーストは除く。
では何故、女性である私が通っていたのか。それには我が家庭における事情がある。
男子校に男装して入学する女子の理由として何が浮かぶだろうか。兄弟の身代わり、手違い、能力を買われて? まぁ色々浮かぶだろうけど、全部違う。
勿体ぶっているが、別に我が家の事情というのは浅くはないけど特別深いわけでもない事情なので、どう説明したものかと悩んでしまう。
まず、我が家は母子家庭だ。父親の存在について、母は「多分生きている」と言っていたので生きているんだろう。会ったことも見た事も無いから知らないし、私はほぼ母の生き写しかというくらい容姿が似ているため、父親要素を感じられていないし、必要だとも思っていない。
母は魔女である。それも界隈で名を知らない者はいない、という程高名な魔女だ。家にはしょっちゅう「弟子にしてくれ」と尋ねてくる人がいたほどだった。しかし母は自分の持ちうる魔術や魔法を後世に残すのではなく、自身の腕をどれだけ磨けるかという事にのみ興味があった。近年の母は特に変身薬にご執心で、薬や魔法式を構築しては色々試していた。いよいよ試しきったぞ、というところで娘に目を付けた。
いくらねずみを馬に変え、カボチャを馬車に変えたところで特に生産性がない。従来の薬や変身魔法よりずっと効果は長かったが、それだけ。母と娘しか見ないそれを誰も評価しない。ついでに言えば、それなりに在り来たりな魔法であった。
そして母は、次の魔女集会にて変身薬や魔法についての論文を発表しようと考えていたから、もっと実用性の高いものを研究したかった。
そこで、性別を変えるという変身薬または魔法の開発に着手した。勿論性別を変える魔法や薬は沢山ある。だがどれも体に負担がかかるし持続性も短い。効果が大きすぎて身体が耐え切れず、最終的に見れば寿命を縮めてしまうようなものばかりだった。母はリスクの少ない薬や魔法を開発しようと決めたのだ。
その為、娘である私を実験台にした。これは合意の上なので安心してほしい。
4年間、男子校でバレることなく生活でき、かつ健康でいられれば十分実証できる。そんなわけで私は、母から送られる薬や魔法を定期的に変えて男子として過ごしているのだ。ただし、3か月に一度、一週間程女子に戻る。女性としての人生を捨てるわけではないので、最低ギリギリラインで女性として機能するため生理を迎えるのだ。本来ならきちんと月一にするべきなのだが、何度も返信を繰り返すストレスと、獣人族などの鼻の利く連中を誤魔化すために母と話して決めた。プラス、ホリデーの度に実家に帰り本来の女性としての姿で過ごすことも約束した。

ジェイドが訪れてきた時、ちょうどその時が3か月に一度の変身をしない期間だったのだ。

「……それで、これからどうされるんですか?」

一通りの話を聞いたジェイドは呆然としていた。あのジェイドが、人の弱みを聞いたというのに笑わないだなんて、明日は嵐か。
さて真面目な話、これからどうするかについてはジェイドの出方次第だ。
ジェイドがこの私の弱みをどうするかによって私も身の振り方を決める。

「どうしようか。学園にバレたら退学なんだけど」
「それは駄目です!!」
「は?」
「それは、駄目です。今のところ、僕しか知らない。そうですよね?」
「……まぁ、そうなるね……」

いきなり感情丸出しの大声を出され、その気迫に驚いてしまう。私よりも随分と焦っているようだ。

「貴女を退学させるつもりはありません。この事は勿論、誰にも言いませんから……」
「ジェイド?」
「ここに居てくださるでしょう?」


ジェイドとは寮が違うが、同じクラスでそれなりに話す仲だった。まさかここまでしっかりあのジェイドに友達認定されているとは思わなかった。テーブルに投げ出している手に、そっとジェイドの手が触れた。そのまま好きにさせていれば、少しずつ力が籠められて握られる。

「僕たち二人だけの秘密です。僕も貴女の秘密を守り、生活をサポートします。ですからその代わり貴女のお母様にご紹介頂けませんか?」
「いいけど。母さんは弟子とか取ってないし、取引とかも基本応じないよ。私が口利きしても変わらないと思うけど」
「いえ、取引したいわけではありませんので」

そう言って少し頬を赤らめ微笑んだジェイドに、まぁ秘密がバレずに退学の危機を避けられるならいいか、と頷いた。何せ卒業までまだ2年ある。こんなに早く母の研究を終了させたら、後が怖いのだ。ジェイドには感謝しなくては。こんなに良い人だったなんて思っていなかったな。