3.dandelion-たんぽぽ-
学園を卒業して幾ばくか経つ。真っ黒な馬車に押し込まれ辿り着いた先の学園で過ごした4年間は、今思い出しても鮮やかにあの頃の生活が甦る。個性豊かなクラスメイトや先輩に囲まれて、色々面倒ごとに巻き込まれはしたけど確かに輝いた青春の1ページと言っても過言ではない。
まだ冷たい春風が髪を撫でていった。私の出身地域では春が別れの季節であったけど、あの学園にいた頃は夏が別れの季節だった。
卒業式が終わった後、4年間ずっと同じクラスだったクラスメイトに呼び止められた。それなりに人数がいた学園だったが、4年間一緒のクラスだったのは彼だけだった。新年度を迎え、教室で顔を合わせる度に「またよろしくね」と3回挨拶したのだ。でも、ただそれだけ。お互いの所属寮は違ったし、部活動も違った。選択授業も全然被らなかったし、本当に同じクラスだったというだけだった。
呼び止められて、そこで学園生活の思い出を少し話した時にようやく彼の進路を知ったくらいだ。彼の方は私の進路を知っていたみたいだったが。
「地元に帰られるそうですね」
私の地元は随分遠い。学園にいた頃は魔法の鏡があったから一瞬で帰省出来たけど、学園を卒業したらもうあの鏡は使えない。転移魔法なんて高度な魔法、魔法士として学んだけれど到底使えるようなレベルじゃあない。一年上に在籍していたかのマレウス・ドラコニアは学内でも頻繁に転移魔法を使用していたが、あの先輩が規格外すぎたのだ。地元じゃ魔法を使える人が少ないので、魔法を使えると知られると大体「飛んでみて」とか「炎出してみて」なんて言われるのだが、その中に「瞬間移動して」というのが中々要望として多い。出来ないことを伝えると、途端につまらなそうな顔をするから、魔法学校以外でも魔法原理について学ぶべきだと思う。
話がずれた。
「魔法の必要ないところに勤められるとか」
「そうなの。別に魔法士になりたかったわけじゃないしね」
そんな話を続けていれば、ふいにたんぽぽが目の前に現れた。もうすっかり綿毛になっている。
「この花を占いで使うそうですね」
「綿毛を?」
「ご存じないですか? あぁそう言えばあなたは占星術や占い学を受講されてませんでしたね」
よく覚えているなぁ、と感心しているとジェイド君はどこか可笑しそうに笑った。
「古くから恋占いにこの綿毛を使用していたことから、花言葉の「愛の信託」の由来になったとか」
「へぇ。どうやって占うの」
「一息で全ての綿毛を飛ばすことが出来れば「情熱的に愛されている」、少し残れば「心離れの気配がある」、たくさん残ってしまえば「相手があなたに無関心」だそうです。……どうぞ」
ずっとジェイド君が持っていた綿毛を渡され、促された。
「私がやるの? 特に好きな人いないんだけど……」
「まぁいいじゃありませんか。やってみてください」
ニッコリと笑ったその顔のジェイド君が他人の意見を聞き入れない時の顔だと知っていたから、少し肩をすくめて吹いてみた。特に意識しなかったから、とても軽く息を吹きかけただけだった。きっと綿毛は残るだろうと思っていた。だというのに、まさか全部残らず飛んでいくとは。
「ふふ、「情熱的に愛されている」みたいですね」
楽し気に笑うジェイド君の手にはマジカルペンが握られていた。あぁ魔法を使って飛ばしたんだな、と理解する。抗議しようと口を開く前に、ジェイド君はもう一本の綿毛を取り出した。
「見ていてくださいね」
そう言ってジェイド君は息を吸って勢いよく息を吹きかけた。飛んでいく綿毛と、ジェイド君の横顔になんてマジカメ映えする光景だろうとふと思った。そういえばマジカメグラマーだった先輩を思い出す。更新される記事を見る限り今も元気にやっているようだったし、そういえば卒業式の前に祝いのメッセージが届いていたな。
ジェイド君が吹いた綿毛も、残らず全て飛んでいっていた。あんなに強く吹いたらまぁそれはそうだろうな、と思う。
「僕も「情熱的に愛されてる」ようです」
何だか嬉しそうなジェイド君に、結局何がしたかったのか分からずじまいだったけど、まぁいいかと思ったのを覚えている。
何故今このことを思い出したのかというと、手紙が届いたのだ。ジェイド君の署名が入っている。海中レストランの開店記念パーティーへの招待状だった。手紙と一緒に、綿毛が全て飛んだ後のたんぽぽの押し花が入っていた。
何の意味があるのか分からなかったけれど、久々に級友に会えるのは楽しみだった。華やかな格好をするのも久しぶりだ。そうだ、卒業式後のプラムに誘われたけど、すぐに実家に帰るからとあの時断ったんだった。随分残念な顔をさせてしまったこと、今でも少し後悔しているのだ。
ジェイド君からの手紙に、参加されるなら是非衣装は自分に任せてほしい、と書いてある。そういえばドレスなんて持っていないし、センスもないからお言葉に甘えさせてもらおう、と返事を返せばすぐにジェイド君から連絡が来た。電話越しに聞こえるジェイド君の声は弾んでいて、随分喜んでいるらしかった。そんなに仲良し認定してくれているとは思っていなかったから驚いたけど、悪い気はしない。
久々に会うジェイド君が俄然楽しみになってパーティー当日を指折りで数えていた。
当日、ジェイド君プロディースのドレスに身を包んだ私が、ジェイド君に突然プロポーズされるなんてこと、想像すらしていなかった。