超完璧彼氏と別れたい EX04



「ジェイドと別れなさいよ」

 大体あなた、人間でしょう。人魚との間に出来る子を愛せるの? そもそも一回に何匹も産めないじゃない。生存の効率が悪すぎるのよ。そんなんじゃあ優秀な雄であるジェイドの子孫なんて残せないじゃない。私はね、ずーっと稚魚だった頃からあなたには想像も出来ないような過酷な生存競争を勝ち抜いて今ここに生きているの。のほほんと暮らしてきた人間であるあなたになんてわからないでしょうけど。優秀な遺伝子は雄だけが持っていても駄目なの。雌が産む卵の段階から既に選別は始まっているのよ。貴方なんて容姿も普通、声も綺麗と言う程でもない、そもそも綺麗な色の鱗すら持ってないじゃない。一体子供に何を引き継がせるというのよ。身の程を知りなさい!!
 きゃんきゃんと高い声で喚きまくっている目の前の子は、彼女が言う言葉から推測するに人魚なんだろう。今は薬でも飲んでいるのか同じように足が生えてて二足歩行している。いや、少しだけ頼りなさげにぷるぷる震えているかもしれない。
 確かに、自分で言うだけあってとても美しい容姿をしている。声だって今は耳障りなくらい高い声で喚いているだけで、一番最初に声を掛けられた時に聞いた静かな声はなるほど綺麗な声だったように思う。鱗の色は……わからないけど。
 どうにも彼女は、私がジェイドと付き合っていることに文句があるらしい。ジェイドの人魚付き合いがどうなっているのか聞いた事もないし聞かされたこともないので何も知りえないけど、もしかして彼女は所謂『元カノ』みたいなものなのだろうか。それを本人に聞くのは些か憚られるし、ジェイドに聞こうにも今席を外している。

「ちょっと!! 何とか言えないの!!」

 何か言おうとする前にそっちがペラペラペラペラしゃべり続けてるんでしょうに。こちらに口を出させる間もなくまくし立てるのは人魚特有の癖なんだろうか。ジェイドも結構そういうところがある。例えば私が別れ話を持ち掛けようとするタイミングとか。未だに私、ジェイドに対して満足に「別れよう」って言えてないもんなぁ。マジで話聞かないもんねジェイド。よくよく考えればジェイドの片割れのフロイド氏も人の話聞かないで勝手に物事決めてるな。やっぱり人魚って話聞かないのか。これは種族の違いとかで片付けられる問題ではないよね。
 それにしてもジェイド遅い。「やり残していた仕事があるのを忘れていました」と表面上は物凄く申し訳なさそうにしてお詫びにとヒトデのゼリー(青い海みたいなゼリーの上に星型の小さいゼリーがトッピングされてる)を置いてバックヤードに下がっていった。三〇分もかかりませんから、とか言っておきながら……今何分経ったんだろう。こんな訳の分からない言いがかりを聞かされて、体感ではとっくに時間が過ぎてるのだけど、実際はものの数分の出来事なんだろうか。ジェイドは時間にルーズな男ではないし、もし過ぎるようなら先に連絡を入れるマメな男だった。

「ねぇ! 聞いているの!!!」

 とうとう痺れを切らしたのか彼女は適度に保っていた距離を大幅に縮めてこちらに来た。今にも手が出てもおかしくない有様だ。全く、仮にもここが紳士の社交場だというのなら女性のヒスを何とか宥めようとしてくれるジェントルメンはいないものか。スタッフでさえ遠巻きにこちらを見ているのは何なんだ。ジェイドの名前が飛び交っているからだろうなぁ、十中八九。本当、何で私あんな面倒な男と付き合っているんだろうなぁ……。あ、いや弁明させてほしいんだけど、付き合い始めたのはめちゃくちゃ強引に事を進められたからであって、私が迫ったとかそういうのではないことをここに宣言しておきたい。そこを勘違いされるのは名誉に傷がつく。
 ふとまだぎゃんぎゃん騒いでいる彼女の肩越しに「STAFF ONLY」と書かれた扉が開いたのが見えた。そこから出てきた男を見て肩から大きくため息をついた。ヒトデのゼリーじゃ割に合わないから後でケーキ奢ってもらおう。

「ねぇ、そういう文句は全部ジェイド本人に言ってくれる?」

 そう言って私はこちらに近づいてくるジェイドを見てもらうために彼女の後ろを指差した。

「あなたがジェイドに相応しいと思うのなら、ジェイドにアピールしてよ。私に言われたって困るし」
「何か、問題でも?」

 振り向いてジェイドの顔を見た彼女の顔を見ることが出来なかったのはちょっと残念だったな、と思いつつ随分と温くなってしまった紅茶を飲んだ。これも淹れ直してもらおう。