超完璧彼氏と別れたい EX






30分以上、トークアプリの画面とにらめっこしている。トーク先は、現在絶賛お別れキャンペーン(須らく失敗しているが)中の、見た目(と体裁)だけ超完璧な彼氏であるジェイド・リーチだ。
明後日、所属寮にて運営している店において支配人代理をも務められるほどの戦力であるジェイドが丸一日休みで空いているので、街のプールもあるレジャー施設の券を手に入れたから行かないかと誘われた。特に断る理由もないしむしろそのレジャー施設は最近リニューアルし大変評判が良くなったと聞いて行ってみたいと思っていたから、渡りに船というか。二つ返事で頷いたのを覚えている。そうして頷いた後に、せっかくだから新しい水着を買うかと思い立ち、そこから私のダイエット戦争が始まるのだけど、その話は今関係ない。いや、めちゃくちゃ頑張ったしめちゃくちゃ水着を吟味して選び抜いたので、その水着の話をしたいのだけど、今は泣く泣く置いておく。結果私の水着は無事に決まったからいいのだ。
問題はそう、ジェイドである。
今の今まですっかり忘れていたのだけど、そういえばジェイドは(自称)人魚であると聞いている。前に聞いた話だと、学園で行われる水泳の授業において、本来の人魚の姿で受講したそうだ。人間の姿でも泳げないことは無いそうだけど、人間の姿で無理に泳ぐ意味がないため、泳ぐなら本来の姿に戻る。とても合理的で納得できる。これまで私はジェイドの本来の姿である人魚の姿を見たことがない。特別どうしても見たいというわけではないので、見たいと言った事もない。あ、いや、一応興味はあるんだけど。
で、何が問題かというと、彼は水着を持っているのかどうか、ということだ。ジェイドが生活するうえで全く必要のない水着をわざわざ持っているとは思えない。何なら彼はあんなにきっちり制服やらを着ているくせに基本的思考は裸族だ。「服というのはなかなか窮屈ですね」だの「服を着るようになってしばらく経ちますがまだ慣れません」だかよく困った顔して言っている。その割にきっちりシャツの第一ボタンまで留めているのだから実際はその窮屈だとかいう服を楽しんでいるのだろう、と思うことにしている。靴等のカタログを見るのが好きみたいで、前に寮の彼の自室の机の上に置いてあるのを見た。なぜか女性ものの下着のカタログもあったのだけど、きっと間違えてしまったのだろうなと思って、優しい私は見なかったことにしてゴミ箱に捨てておいてあげた。あのカタログ、私が憧れているブランドのカタログだったんだよな……。いや、考えるのはよそう。そうやってカタログを見ても別に購入したりしないため、ジェイドのワードローブの中身は多くない。基本寮生活しているから、私服を揃える必要もないのだろう。明後日行く予定のレジャー施設は、大きなところだし、水着のレンタルもしているはずだ。けれど、ジェイドは一般男性に比べても身長が高い。身長が高いし足も長い。ついでに言えば腰も細い。それなりに肩などはがっちりしているのに。もしや私より腰細いんじゃないだろうな、とジェイドが寝ているときにこっそり制服のズボンを履いてみた事があるが、何とか私の方がまだ腰細くて心から安心した。でも多分ベルトしたら普通に履けちゃう。いや足の長さ違うから引きずるけど、ハーフパンツとかなら多分……。いややめよう。私はダイエットに成功し、満足のいく腰の括れを手に入れた。あの時より腰が細くなっているはずだから今履いたらきっとずり落ちるだろう。あ、そう、つまりジェイドは高身長モデル体型なのだ。だからレンタルの水着で良い感じのサイズのものが見つかるかなぁ、とずっと悩んでいるのである。柄とかは正直どうでもいい。どんな柄だろうが顔で全てカバーできるくらいの顔面力なんだから心配することは無い。けど、サイズが無くてつんつるてんとかになると話は別だ。どんなに顔が良くてモデル体型だろうが、サイズが合っていない服ってかっこ悪い。そして私はもしかしたらそんなかっこ悪いジェイドと丸一日いなくてはならないかもしれないのだ。ちょっとそれは嫌だなぁ、と思ってジェイドに「水着持ってる?」と聞こうと思い、トークアプリを開いて――30分経ったのだ。
「水着持ってる?」って聞いて、持っていないと返ってきたらきっと「じゃあ買いに行こうか」という話になるだろう。十中八九。家まで迎えに来られてジェイドの水着選びに連行される。持っていると帰ってきたならそれで私の要件は終わりだけど、何かそもそも「水着持ってる?」ってわざわざ聞くのって何だか物凄く「プール楽しみにしてます」感出てない? あぁ何で自分の水着買いに行った時にジェイドの水着について思い浮かばなかったんだ。あ、いやでもあの時ジェイドが何も言わなかったって事は水着持ってるってことなのだろうか。普通彼女の水着買いに付き合って、その時自分が水着持ってなかったら一緒に買おうとするよね? するする。私ならする。わざわざ別日にまた買いに行くとか面倒なことしない。ましてや中々に忙しいジェイドだし。私よりスケジュール管理しっかり出来る男なんだし、無駄なことはしないでしょう。あ、なんかそう思うと聞かなくてもいいかもって思えてきた。いやでもなぁ、万が一持ってなかったらっていう可能性も無きにしも非ずっていうか……。一回心配になると確かめておきたい。でもジェイドに自分から連絡したくないし……。
そうしてまた無駄な時間を費やし始めたところ、アプリの画面が更新された。「あ」ジェイドから明後日の時間についての連絡だった。トーク画面を開いていたから早々にジェイドのメッセージに既読がついてしまっただろう。やばい、と思った時には今度は電話が掛かってきた。相手は勿論、ジェイドである。こちらが何かを言う前に「何かありましたか?」とジェイドが言う。本来であればこんな秒で電話かけてきたジェイドが言うべきセリフじゃない。けれど用事があったからトーク画面を開いていたわけで。だから秒で既読が付いちゃったわけで。いつもは最低でも6時間は既読付けないようにしているのに。ていうかホント、ジェイドそういうところだよ。何で秒で電話してくるの。「メッセージでやりとりするのも勿論良いですが、どうせなら声が聞きたいでしょう?」とそもそもジェイドは通話を好む。毎日会えるわけじゃないのだから、という言い分だ。その考えは理解できないことじゃない。ただこう……あまりジェイドの声を耳元で聞き続けたくないというか。本人はそう思っていないらしいが、私にとってジェイドの声は毒だ。いい声してる、と思う。そう思っている事を知っているからジェイドはたまにわざと耳元で囁くように話しかけてくるので意地が悪い。今だってそうだ。まるでくすぐられているかのように感じる。前に「落としたい女の子の耳元で囁いたら一瞬で落とせる」と言ってしまった事がある。そうしたらがっちりと頭を固定されて逃げられないようにされた後、ジェイドにひたすら耳元で囁かれ続けた。「何度落ちてくださいました?」とニッコリ笑ったあの顔が憎たらしい。
結局、通話をするしかないならと水着について聞けば、あっさりと持っていると言われた。何でも陸に上がってすぐに準備したらしい。水泳の授業があることを知っていて、けれどまだその時は本来の姿で受けていいとは知らなかったために用意していたものがあるとか。それってスクール用の水着で遊ぶためのモノじゃないんじゃないか、と思ったけど「じゃあ買いに付き合ってください」と言われるのも面倒だな、と思ってあるならいいか、と特に何も言わないことにした。そのまま話は進み、ついでに当日の打ち合わせを終えてさっさと通話を切った。電話の向こうでまだ何かジェイドが言っていた気がするけど、まぁ必要であればジェイドが迎えに来た時にでも聞けばいい。

朝、メッセージアプリの通知音で目が覚めた。ジェイドからだ。予定通り11時に迎えに来るらしい。最初は午後待ち合わせでプールに行けばいいと思っていたのに、ジェイドが行きたいカフェがあると言うので、そこで昼食を取ってから行こうという話になった。何でもそのカフェが海をコンセプトにしてリニューアルしたとかで、人気を集めているとか。ジェイドが勤めているモストロ・ラウンジは学内のカフェだし、そもそも競うものではないが、コンセプトが被っているのでどんなものか調べたいらしい。こちらとしては、そのリニューアルした店は気になっていたけど、これから水着になるのにお腹いっぱい食べる気分にはならない。けど、デザートが大変可愛らしい見た目で凄く気になる。ジェイドも「どれにしますか?」と真っ先にデザートのページを見せてくる。やめろせっかくくびれを作ってきたのに!
結局誘惑に負けてデザート食べるんですけどね。せめて食事は控えめにしよう、とシーフードピザを頼みその2/3をジェイドに押し付けた。ジェイドは燃費が悪いだの何だの言って、あの細長い体のどこに消えていくのか分からないくらい食べる。だから押し付けたところでぺろりと食べてしまうだろう。普段はもちろん、ジェイドに食べかけを押し付けたりしないので「行儀がなってない」とか言わないでほしい。これからプールに行って水着を着るのだ。大目に見て。