存在する-exist-






「実は」で始まるような言っていない事が沢山ある。別に秘密にしてきたというわけではなく、聞かれなかったから言わなかっただけ、というか。勘違いされたままの方が都合がいいと思ったからというか。
二年生に上がった時、異世界から女の子がやってきた。学園長を筆頭に上から下への大騒ぎ。大変な事になったなぁ、とぼんやりしていれば猫背になっていたらしく、「美しくない」と寮長に背を叩かれた。青い炎を吐き出す狸が暴れているのを横目に、自分の寮に引っ込んだけど、学園長から呼び出しがかかるのも時間の問題だろう。

「え、男子校って言ってましたよね?」

目の前で戸惑ったように私と学園長を交互に見やる子は、学園の雑用係として面倒を見ることになったらしい。

「女性……ですよね?」

恐る恐るといった風に私を見る雑用係さんに、ニッコリと笑顔を返す。学園長と顔を見合わせて頷いた。

「もちろんここは男子校だし、男子生徒しか在籍していないわ。私ももちろん男子生徒として登録されてるもの。ただ単に、女性の格好が似合うし好きなだけよ」
「え? ちょっと」
「貴女はたった一人の女子としてここに居なくてはいけないその辛さを少しでも私が軽減してあげたらと思う。安心して、私の恋愛対象は男だから、間違っても貴女に手を出したりしないわ。誓約書を書いてもいいわよ」

もちろん嘘である。
私は生物学上間違いなく女性である。その事を知っているのは学園長と教師陣、ポムフィオーレの寮長副寮長のみだ。
きっと学園長は雑用係の子を安心させようと私を紹介したんだろうが、そうはいかない。今私は、どんなところから情報が洩れるか分からない恐怖に怯えているのだ。僅かな綻びすら作りたくない。
弱みを握られたら骨の髄まで吸い取られそうな男に狙われているのだ。

「おや、女性お一人で出歩くには些か遅い時間ではありませんか? ご連絡いただけたら何時でもお迎えに上がりますと前にも申し上げたでしょう?」
「……何で学園長室前にいるの」
「貴女をモストロ・ラウンジにお誘いしようとポムフィオーレ寮に伺ったら、学園長に呼び出されたとお聞きしたものですから心配になりまして」

私が呼び出された事なんてごく一部の生徒しか知らない筈なのに、本当にいつもいつもどこから情報を得てくるのか。恐ろしくて関わり合いになりたくないというのに、どれだけ遠ざけようとしても気付けば傍に居る。

「そうそう、アズールがアルバイトをしないかと言っていましたよ。貴女の美しさをプロデュースするのに、ポムフィオーレ寮で燻ったままでいさせるのは忍びない、と。きっとモストロ・ラウンジの雰囲気にマッチすると僕も思います。それに、その方が長く一緒にいられますでしょう?」
「私のプロデュースは全て我がポムフィオーレ寮寮長、ヴィル・シェーンハイトに任せているわ。彼のセンスは間違いがない。そうでしょう?」
「ヴィルさんのセンスについては否やもありませんが……僕の前で他の男を褒めるだなんて……意地悪ですね」

僕の気持ちを知っているくせに、とちらりと人外だとすぐにわかる歯をのぞかせて笑うこの男が一体何を考えているのか計り知れない。我が寮の副寮長が「確信犯」と読んではいるが……どちらにしろ、深入りしない方が身のためだ。
腰に回ろうとする手を避けて歩き出せば、少し後ろで小さく笑い声が聞こえた。

「素直じゃありませんね」

これ以上なく、素直に生きているのに。