くそ!-jesus-






他人が絶望する顔が大好きだった。未来への希望を裏切り、絶望に落とされる瞬間に私は自分の強さを実感する。海の中で私は強い生き物だったし、どんな魚も人魚も私を恐れていた。凶暴なサメを餌とする私は、誰にも負けるはずがないと自負していた。けれど生態系の頂点というのは孤独で寂しい。特に稚魚たちが集まるスクールではそれが浮き彫りになった。誰もが私を遠巻きにする。強さの象徴だけど、やっぱり寂しかった。今思えばそこに付け込まれたのだと思う。
ミドルスクールに上がった頃、タコの人魚に恋をした。銀髪の美しい男だった。そしてかのグレートセブンを思わせる慈悲深さを持ち合わせたとても優しい人魚だった。皆の相談に乗って親身に接していた。そんな彼に私も相談に乗ってもらったのだ。「友達が欲しい」のだと泣きついた。そして彼はあの慈悲深い笑顔でもって、「僕と友達になりましょう」と言ってくれたのだ。
彼の為なら何でもやった。彼が困っていたら何でもしてあげたかった。何せ私は強いから、どんなに調達の難しい場所にある材料だって難なく取りに行けたし、彼に難癖をつけてくる人魚達をコテンパンにすることが出来た。彼といつも一緒にいるウツボの双子なんかより、ずっと役に立っている。そう思っていた。
もちろん優秀な彼は、海の中にまで迎えに来た馬車に乗って陸の学校に行ってしまった。海の中でも有名な名門ナイトレイブンカレッジだ。誇らしかった。私の友人がそんな名門校に通うだなんて。忌々しい事にあの双子も行ったのは納得いかないが。何せ私は雌だから、ついていけないのだ。たまに送られてくるアズールからの手紙で彼の近況を知るのが精いっぱいだ。私は海の中でまた一人になってしまったけど、たまの休みに帰ってくるアズールの成長が本当に嬉しかった。私の大事な友人だから。
そんな折、アズールが陸の学校でオーバーブロットしたと聞いた。びっくりした。誰よりも魔法の才に優れた優秀な魔法士たる彼が、そんなことになるとは思ってなかったのだ。だから私は彼が何か困っていやしないかと、物凄く不味い変身薬を飲んで、尾ひれを二つに割ってまで陸に上がってアズールに会いに行った。久しぶりに会えるアズールに胸の高鳴りを抑えられない。あぁいや駄目だ。きっとアズールは病み上がりで大変だろうに、私ってば舞い上がって。
アズールに会いに来たと言えば、すんなり奥に通してもらえた。奥の支配人室にいると教えてもらって、慣れない尾ひれでゆっくり進む。大分時間がかかってしまったけれど、ようやくついたとドアをあけようとしたとき、声が聞こえた。

「アズール、彼女に連絡していないそうじゃないですか あなたの友人でしょう?」
「あぁ……彼女ですか。伝えたところで何になります? 陸に上がったところで彼女に出来ることなど何もありません」
「おや、随分冷たいんですね。あんなに仲良くしていたというのに」
「もちろん、海の中で彼女は誰にも負けませんでしたからね。お前たち双子だって海の中では彼女に適わない。けれど陸で尾ひれを二つに割った彼女はただの非力な女性だ」
「だから、役に立たないから、と? 酷い人魚ですね。きっと心配していますよ」

まさかそんなはずはない、と思った。私だって魔法を使える。そりゃあアズールみたいに達者ではないけど、私のユニーク魔法をあんなに喜んでくれたのに。
嘘だ。だってアズールは悩んでいる私に寄り添ってくれた大事な友人で、役に立つとかそんな事で仲良くしていたわけじゃないはずで……。

「友人でしょう?」
「えぇもちろん、彼女とはそういう契約を結んでいますから。契約が切れるまでは友人ですよ」
「え〜でもぉ、契約書全部無くなっちゃったじゃん」
「……彼女との契約書は、ここにないですから」
「ふぅん?」

友人の契約……何でそんなことをアズールが言うのか分からない。そんな事を言うような人じゃなかったはずなのに、どうして。
手が震えて、触れていた扉を押してしまった。開いたドアの向こうに、アズールと双子がいる。

「何でここに……」
「アズールが、オーバーブロットしたって聞いて……」
「くそっ、口止めが間に合ってなかったのか……? ジェイド!」
「もちろん、漏らさないようには気を付けていましたが……何分あの時はそれどころじゃありませんでしたので、あまり気を配れなかったのは事実ですね。他寮生は特に。何せアズール、貴方は恨みを買いまくってますから」
「本当に一言多いなお前は……。心配はいりませんよ。それより貴女は」
「ねぇ、私は陸では役に立たないから? だから何も教えてくれなかったの? 友達でしょう?」
「えー、聞いてたんでしょ? アズールがどう思ってたかさぁ」
「フロイド! 余計なことを言うな!」

堪らなくなって、来たばかりの道を走って引き返す。何度も転んでしまって無様な姿だった。走ったとはいえ、とても遅かったはずだ。
けれどもアズールは追いかけてきてはくれなかった。