犠牲-scapegoat-






目の前で地面すれすれまで頭を下げているのは、随分疎遠になってしまった幼馴染だ。彼が所謂不良として過ごす様になってから、それまで一緒に遊んでいたのが嘘だったかのように消えてなくなったのを今でも覚えている。「また明日」と手を振りあっていた頃が懐かしい。記憶は薄れるものだというが、小さい頃から一緒だった彼の事はよく覚えていた。

優等生になりたい、のだそうだ。
彼の元に名門ナイトレイブンカレッジの入学許可証が届いたのは知っている。一瞬嘘かと思ったけど、本人直々にその書類を見せられては疑いようもない。
どうやら彼は、これを機に今までの生活を改め、彼の母に心配を掛けさせまいと「更生」しようと思ったのだそうだ。

「お前は、今の学校でも先生方から頼られる程の優等生だ。母さんもお前の事すげぇ褒めてたし……だからお前に教われば、俺も立派な優等生になれんじゃねーか、って。もう、あのグループとはケジメつけてきた! もちろんお前に影響ないようにするから……頼む!」
「いや、まぁいいんだけどね、別にね……」

そもそも優等生云々っていうのが、成績の事であるならデュースに教えることは私にはないし、レベル的な問題で。そんな時間は無いというか。生活態度的な意味だとしても、出来ることは無いと思う。習慣を変えるって言うのは一朝一夕で出来ることじゃないから。

「とりあえず、シャツにアイロンかけてネクタイきっちり締めとけばいいんじゃない?」

根は真面目な男だし、まぁやれば出来るとは思うけど。私も四六時中見張れるわけないし、と見た目から優等生っぽくしとけばいいんじゃないかとそう言えば、まるで天啓を得たとでも言いたげな顔をして、ネクタイを引っ掴んで戻ってきた。

「ネクタイの結び方教えてくれ!!」

そうしてまた地面すれすれまで頭を下げるデュースに、何だかとてもやるせない気持ちになった。多分きっと、彼の望む優等生生活をナイトレイブンカレッジで送ることは出来ないだろうな、と思ったが言わないでおいた。そうして黙って、彼のネクタイ結びに3時間付き合うことにしたのだ。