永久-eternity-






『まるで死んでいるかのように眠っている君が一番美しい』その姿をぜひ後世に残したいのだと監督からオファーがあった。私を実際に死なせるわけにはいかないから、と私を死なせるためだけに一本の映画を作ると言うのだから呆れたものだ。これでも女優としてそれなりに評価を受け、その売りは「多彩な表現力」だとされる私が、一本丸々死んでいる(振りをするのだけど)役など、気が乗らなかった。私にそっくりな人形でも作ればいいじゃないか、とも思った。だから少し我儘を言ってみたのだ。「あのヴィル・シェーンハイトと共演出来るならやる」と。
世界的人気を誇るヴィル・シェーンハイトのスケジュールを確保することがどれだけ大変な事なのか、良く知っていたからこそ言ったのだ。絶対に無理だと分かりきっていた。それに、あのヴィル・シェーンハイトが私みたいな女優と共演してくれるなんてありえないと思っている。それだけ差があるのだ。ただ我儘を言ってみたかっただけだったので、共演が叶うまいとオファーは受けるつもりでいた。

「よろしく」

それなのに監督は、一体どう口説き落としたのかあのヴィル・シェーンハイトを連れてきたのだ。

「彼に君を殺してもらうことにしたんだ」

監督はそう朗らかに笑いながら紹介した。
美しさに狂った男の役なんだ、とそう説明する監督にヴィル・シェーンハイトは「どんな役でもこなしてみせるわ」と爛々と輝く瞳で言ってのけていた。もちろん目を疑った。『あの』ヴィル・シェーンハイトが受けるような映画でも配役でもないと思っていたからだ。多分、これから制作発表した時にヴィル・シェーンハイトが出ることで話題にはなるだろうが、きっとそれだけ。だって監督に渡された台本を読んだけど、ただ本当に美しさを求める男が女を殺し、死体の世話をするだけの話だ。私は面白いと感じなかった。というか私ほぼセリフ無いし。セリフ無いけど主演。
差し出された手を握り返し、握手したけれど、やっぱり実感はなかった。そんな私を置き去りに、映画製作は進んでいく。ただ目を閉じ横になって眠らないように、でも動かないようにするだけの時間が過ぎていく。私の頭上では私を殺した男役のヴィルがただひたすら死んだ私の美を褒め称えるセリフが延々と続く。ただ、流石一流俳優のヴィル・シェーンハイトだ。気が狂ったとしか思えないあほらしいセリフですら、彼が言えば超一級の愛の言葉に聞こえてくる。制作の女性陣に限らず男性陣も感心のため息をついているのが分かる。それを真正面から受けている私ですら、本当に口説かれているように感じるのだから凄い。このセリフを言い、演じているヴィルの顔を一切見られないのが本当に残念だと思う。このヴィル・シェーンハイトを観るためだけにやってくる客は間違いなくいる。何なら愛を囁いている相手は死んだ女性って事になっているのだから、余計な先入観なく、ヴィル・シェーンハイトに浸れるのではないだろうか。
そんなヴィルを差し置いて、監督だけはひたすらに私を褒めた。「やっぱり死んでいる君は美しいね」「世界の宝と言っても過言ではないよ」褒められすぎて、その内本当に私は殺されるんじゃないかと思い始めたくらいだ。まさか監督にそこまでの倫理観が欠如しているとは思っていないけど、でもちょっと命の危機を感じてしまったのも事実だ。

「君をどれだけ愛そうが伝えきれないこの想いを、けれども愛し続けることしか方法の無い僕をどうか許してくれないか」

そうセリフを言ってヴィルの冷たい手が頬を撫でる。映画の設定で、私の演じる死体は冷凍庫のようなカプセルに入っていることになっている。その為ヴィルの演じる男は、愛しい彼女に触れる前に必ず氷水で冷やしてから触らなくてはいけない。その設定を忠実に守っているヴィルは劇中でもキンキンに冷やした氷水を用意し、念入りに手を冷やすのだ。そのプロ根性たるや、私も見習うべきかと、カプセルに入る前に体を冷やしてみるかと提案したら、当のヴィルに「女が体を冷やすものじゃないわ」とガチで怒られた。

「アタシ、アンタの温かい頬に触れるのが好きなのよね」

だからそのままでいいわ、と言われた。たったこれだけの何の変哲の無い言葉が、劇中で言われるどんな愛の言葉よりも心に刺さった。制作発表の時、絶対にヴィルに惚れることは無いと答えた記憶があるけれど、嘘になってしまうかもしれない。