三日月-crescent-






月に一度届く手紙を、月明かりで照らされた窓辺で読むのが楽しみの一つになった。真夜中にわざわざ部屋の電気を消すのは、少しでも彼を思うよすがにしたかったから。
幼い頃から隣人であるリドル君を、言葉を交わしたことは少ないけれど、いつも部屋の窓から眺めていた。眺めていたといっても、顔もろくに見えない。夜遅くまで机に向かっているリドル君の手の影がちょうど私の部屋から見えたから。まるで口癖のように「リドル君を見習って」という母の言葉を反芻しながら、ずっとリドル君と遊んでみたいと思っていた。けれどそれは叶うことなく、むしろリドル君は厳しいご家庭にあって酷く期待をされていたものだから、ミドルスクールで一緒になっても、話しかけることすら出来なかった。どうしても優秀なリドル君と比べると、世界が違うのだと思い知らされる様だった。
身の程知らずの恋心を、それでも捨て去る事も出来ずただ燻ぶらせていた時、隣家に黒い馬車がやってきた。魔法士の名門校、ナイトレイブンカレッジからの使者だ。去年は街のケーキ屋さんの長男のところに来ていた。ケーキ屋さんの彼とリドル君は幼少の頃にひと悶着あったけれど、とても仲良く楽しそうに遊んでいたと記憶している。あの時、一緒に遊ぼう、と混ざりに行ける勇気があればもっと違ったのかもしれないと後悔している。
隣家はそれはもうお祭り騒ぎだった。特にリドル君のお母さまの喜びようは尋常じゃなかった。これまでの自分の努力が報われたと言わんばかりに涙していたし、あの時ばかりはリドル君に祝いの言葉を投げかける人々を遠ざけたりしなかった。そんな人だかりに混ざり、届くかどうかもわからない小さな声で「おめでとう」と言うので精いっぱいだった。ただ、気のせいかもしれないけどふいにリドル君と目が合った……ように感じた。やっぱりあれは私の願望が見せた幻だったのだろうか、今でもたまに夢を見る。

17歳の9月の末に、一通の手紙が届いた。
送り主はリドル君からで、何度も確認したけれど宛名は私の名前になっていた。手紙の内容は、カレッジに入学が決定した時の祝いの言葉への礼と、リドル君が学内で開いたお茶会について書いてあった。あんなに小さな声だったのに届いていたのかと知り、嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになった。けれど、手紙から伝わるリドル君が学園生活を楽しんでいるということが何より嬉しかった。たまに見かけるリドル君は、余計なものを視界に入れないよう、まっすぐ前を向いているのに視線は伏せられていたから。楽しい事を楽しいと思えているようで何よりだと思う。もちろん、これは私が心配するような事ではないと分かっているけど。
手紙は嬉しかったけれど、どうしていきなり私に送ってきたのか分からなかった。手紙の内容だって別に何か急な要件があるものではなかった。ただ、どういう意図か分からなくても、手紙が送られてきたことは嬉しかったし、何より一通だけで終わらせてしまうのが惜しいと思ってしまった。だから次の日、急いでレターセットを購入して手紙を書いた。リドル君が書いてくれたように、とりとめのない日常の少し面白かった事をしたためて送った。
それ以来、月に一度の文通が始まった。月初に送られてくるリドル君の手紙を、月末に返す。あまりにも早く返すとリドル君の負担になってしまうのではないかと思ったし、何よりリドル君の手紙にたくさん書けるほど私の日常は劇的ではなかったから。リドル君に「つまらない」と思われてしまうのではないかと思うと、手紙を書く手も慎重になる。

そうして細々と続けてきた手紙も4通目だ。
一番新しい手紙には、ホリデーについて書いてあった。ホリデーにきっとリドル君は帰ってくるだろう。けれど、きっと会うことは無い。挨拶くらいはしたいけれど。そう思いつつ手紙を読み進めていけば、最後にリドル君の丁寧な筆跡とは少し違う、急いで付け足したかのような走り書きのメモがあった。それには日時と場所が書かれていた。書かれている場所は覚えがある。ここいらの地域に繋がる、ナイトレイブンカレッジの鏡への出入口に指定されている場所だった。

『待っていてほしい』

走り書きだったけど、間違いなくリドル君の筆跡だと何故か確信していた。
ちょうどホリデーが始まる日付に、指定された場所。その意味を考えて胸が高鳴った。
リドル君に会えるかもしれない。