雨-rain-





私が先輩達に助けてもらったように、今度は私が後輩を助けてやらなくてはいけないのではないか、と逃げ出した新入生・エペル・フェルミエの事を考える。
どうにも彼は、寮長の理想とは真逆の位置に美を見出しているらしい。バルガス先生の筋肉をまるで恋焦がれるように見ているのを知ってしまった。その一瞬で彼は寮長とソリが合うことは無いだろう、と確信してしまった。黙っていればもうすぐ先輩らは卒業する。卒業を待たずとも、4年生になればほぼほぼ学園にいない。そうだと分かっていても、我慢の限界が近づいているだろうことは目に見えていた。
どうしたものかな、と悩んでいれば、まるで背中に暗雲でも背負ったかのように悲壮な顔をしたエペルが話しかけてきた。

「あ、あの……ヴィル、サンのこと……。先輩は何でそんな恰好をしてまで言いなりになってるん、ですか?」
「……言いなりねぇ」

そう見えるのだろうか。
確かに私は、他の寮生と比べて格段に受けるレッスンの量も違えば受ける指摘の数も違う。強要されている制限も一層厳しく見えるのだろう。けれど、そもそもの心構えの段階からして違う。大分その形を変えてきたとはいえ、その全ては私の秘密を守るためのモノだ。この2年、危ない場面もなく隠し通せているということは、寮長の考えは間違っていなかったのだと言える。
なんだ、私も結構ヴィル・シェーンハイトに心酔してるんじゃないか。

「そういえばさ、ハーツラビュルの寮長がオーバーブロットした話は知ってる?」
「えっ! それは、まぁ……有名な話、なので」

「ハーツラビュルの一年が、寮長に決闘を申し込んだ結果、そうなったんだってね。ハーツラビュルの寮長はまるで独裁者かのように厳格な法律を寮生に強いてたとか。ハーツラビュル寮はハートの女王の法律に則って生活しているのは有名だけど、その時の寮長によって守る度合いが変わってくるんだって」
「け、決闘!? 寮長に!?」
「そう。決闘で勝てば寮長交代。今のハーツラビュルの寮長も決闘で寮長になった人だし、別に珍しいことではないね」
「で、でも……ヴィル、サンに決闘を申し込むだなんて」

確かに、過去ヴィル・シェーンハイトの見た目にだけ目を向けて力で対抗しようとしたバカがいた。全て返り討ちにあっているけど。寮長は座学も実技も手を抜かない。美の追求のために無駄な筋肉をつけないだけで、実際はゴリラだと思っても間違いではないと思う。絶対本人には言えないけれど。

「まぁ、現状打破の一つの方法としてはね、あるよって話。それに勝てないとは限らないでしょう? ……まぁ、そう簡単に勝てるとは思わないけど。勝利のみが己を認めさせる方法じゃない。可能性がないわけじゃない」
「先輩は、決闘しろ、と言ってる、の? それに、そんなことルーク、サンに知れたら……」

決闘の話をそのまま寮長と自分に当てはめたのはエペルが先だったのだけど、まぁそれはいいだろう。

「別にそうは言ってない。選択肢の一つだってこと。それから副寮長は何もしてこないよ。あの人は他人の決闘に横やりを入れるような野暮、絶対しない。保証する」

目線をうろうろさせているエペルを見る。
ここ最近、エペルは転寮制度について調べていた。入寮早々にそんなことを調べていたら意識しなくても目に付く。ただでさえエペルは目立つ容姿をしているのだし。

「ハーツラビュルに始まって、サバナクロー、オクタヴィネルの寮長が次々とオーバーブロット。ホリデーの間にスカラビアでもひと悶着あったらしいし……。我がポムフィオーレ寮の寮長は、目的の為にはどんな手段でも厭わない。エペル、食われるかもね」
「えっ!」

ポムフィオーレがいつ矢面に立たされることか。そもそも寮長にとってオーバーブロットだなんていう醜態、筆舌に尽くしがたいほどの屈辱だろう。モデルイメージも損なわれる。寮内からそんな問題が出ようものなら、今の寮長が何をしでかすのか分かったものじゃない。その時に割を食うのは……可哀想だが、目の前のエペルだろうな、と思わずにいられないのだ。

「さぁ、」

どうする?
今まで通りただ逃げているだけじゃ、何も変えられやしないよ。